5.灰かぶり姫

エピソード文字数 1,424文字

ユダヤ人撲滅の勅令を知ったモルデカイは激しく泣き叫んだ。

着物を引き裂き、粗布(あらぬの)をまとい、灰をかぶった。

そんな格好で王宮の門前で騒ぐのだから、当然中には入れてもらえない。

おっさん何しとんねん。

抗議活動か何かやろか。

灰をかぶることは、その者の価値を引き下げることを表している。

ここでは無念の意思表示だね。

灰かぶり……。

どこかで聞いたような響きですわね。

『シンデレラ』のことかな。

和名を『灰かぶり姫』と言うね。

cinder(スィンダー)という「灰」を意味する英単語がある。

Cinderella(シンデレラ)はその派生単語だよ。

シンデレラは女の子の憧れやな。

せやけど、何で灰かぶりなんやろ。

具体的には、寒さを凌ぐために余熱のある灰の上で寝たからだったと思う。

意地悪な継母に毛布も与えられず、台所で寝泊りさせられたからだね。

そんな話やったんか。
抽象的な話をすれば、灰は彼女の惨めさの象徴だったろうね。

聖書との繋がりは分からないけれど、メタファーとして通じるところがある。

モルデカイは宦官ハタクを通じ、エステルに王への執り成しを願った。

しかしエステルはためらった。

召し出し無しに王の前に出る者は死刑となるからである。

会いに来ただけで死刑か。

王妃やのに召し出しを待つだけってのも辛いもんやな。

モルデカイはまたエステルへの返事を言付けた。

エステル自身もユダヤ人であり、王妃であっても勅令の適用外ではないと言う。

エステルは三日間の断食を経て、王に直訴することを決めた。

死を覚悟してのことであった。

モルデカイの必死さが伝わってくるね。

おそらく、王宮の中に入ったエステルとでは危機感の抱き方も違ってただろう。

その感覚の違いをすり合わせて、エステルに執り成しを頼んだんだ。

エステルはモルデカイにも断食をするように言った。

彼はエステルに従って神に祈りを捧げた。

そしてもちろん、エステルも神に祈りを捧げる。

エステルは美しい服を脱ぎ、苦痛と悲嘆の服をまとう。

高価な香油の代わりに、灰と汚物で頭を覆う。

その身をひどく痛めつけ、乱れた髪のままに祈った。

ここでも「灰かぶり」が表現されていますわね。

姫ですから、モルデカイよりも「シンデレラ」的ではなくって?

せやけど、祈りを捧げる時にそんな汚くしてええんやろか。

むしろ体を清めてからやるべきなんちゃうか?

これは僕の想像だけれど、日本の「持衰(じさい)」に近いものかもしれないね。
じさい?
有名な魏志倭人伝に以下のような記載がある。

「不梳頭不去蟣蝨衣服垢汚不食肉不近婦人如喪人 名之為持衰」

髪は切らず、付いた蚤なんかもそのまま。

服は汚れっぱなしで、肉食は禁じて、女性を近づけない。

まるで死人のように扱う人のことを持衰(じさい)と名づけたのさ。

えぐいな。

なんで、そないなことしたんや。

穢れを一身に背負うことで、航海の安全を願うためさ。

悪いことは全部この持衰に引き取らせることで、周囲を助けたわけだ。

もし仮に航海が安全に終われば、持衰には褒美が与えられた。

けれど途中で嵐に見舞われたら、持衰は生贄として海に突き落とされたと言う。

持衰にしてみれば博打ね。

そんなことをしても何の意味もないけれど。

率先して苦しみを引き受けることで願いを通そうとする。

多かれ少なかれ、そういう願掛けは今でも行われているだろう?

確かに。

それで死んだり病気なったりしたらかなわんけどな。

三日目になり、エステルは祈りを終えた。

嘆願者の衣服を脱ぎ、晴れ着をまとった。

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登場人物紹介

【ミカ】(性別:無性 時々 男性)

神様の命令で人々を見守ることになった大天使ミカエル。サタニャエルくんに色々教えてもらう生徒役。ただ何も知らないお馬鹿ではなく、それなりに常識人。特に戦争に関することはなかなか詳しい。無意味な殺戮は嫌うが、戦争そのものは悪と見做さない。ビヨンデッタの作った「ケーキ」にトラウマがある。


(うんちく)

その名は「神に似たるものは誰か」という意味を持つ。ミカエルはMa-Ha-Elと分解され、「偉大なる神」の意味ともされる。天軍の総帥であり、右手に剣を持った姿で描かれる。


聖書において天使の翼に関する記述は無い。その造形はギリシア神話における勝利の女神ニケ(Nike)が由来であると考えられている。


ミカエル、最大の見せ場は新約聖書『ヨハネの黙示録』12である。そこには以下のような記載がある。

「かくて天に戰爭おこれり、ミカエル及びその使たち龍とたたかふ。龍もその使たちも之と戰ひしが、勝つこと能はず、天には、はや其の居る所なかりき。かの大なる龍、すなわち惡魔と呼ばれ、サタンと呼ばれたる全世界をまどはす古き蛇は落され、地に落され、その使たちも共に落されたり。」

おそらくは翼の生えた勝利の女神と、戦争における戦士の姿とが融合され、現代におけるミカエルのイメージを形作ったのであろう。

【サタニャエル】(性別:???)

ミカちゃん一人だと心配なので付いて来た。色んなことに詳しい黒猫。「サタニャエル」を名乗っているが、悪魔サタナエルと同一視されるかは謎。ビヨンデッタから「サマエル」と呼ばれてもおり、そうであれば楽園でイヴを誘惑した蛇であるとも言える。非常に好奇心旺盛で勉強熱心。たまに悪魔っぽいが、基本的には常識的。


(うんちく)

「猫に九生有り」のことわざは、高いところから落ちてもうまく着地してしぶとく生き残る、タフさから来ていると考えられる。何故「九生」なのかは定説は無いが、エジプト神話の猫頭の女神バステトが九つの魂を持っていたことに由来するのではないか、と言われる。そのようにしぶとい猫を殺すには「好奇心」が効果的であるとことわざは言う(「好奇心は猫を殺す」)。つまり人に知恵を与えたサマエルが、その罪によって神の罰を受けることの暗示として、サタニャエルというキャラクタは造られている。


サマエルは「神の悪意」という意味を持つ。12枚の翼を持つことから、堕天使ルシファーとも同一視される。

【ビヨンデッタ】(性別:男性 or 女性)

ミカを「お姉さま」と慕う悪魔の少女。その正体はソロモン72柱序列第1位ともされる魔王ベルゼブブ。ニーチェを好み、強き者が強くある世界こそが最も美しいと考えている。人間を「草」と呼び、その愚鈍さを嘲笑する。


(うんちく)

作中にあるように、ベルゼブブの由来はウガリット神話における豊穣の神バアル・ゼブル。バアルの信仰は旧約聖書において偶像崇拝として忌み嫌われ、度々敵対した。バアル・ゼブルをバアル・ゼブブと読み替えることで、その意味を「気高き主」から「蠅の王」へと貶めた。


「ビヨンデッタ」の名前は幻想小説の父J・カゾットの『悪魔の恋』に由来する。主人公のアルヴァーレは知的好奇心により悪魔ベルゼブブを呼び寄せ、そのベルゼブブは「ビヨンデット」という名の少年として彼に仕えた。やがて「ビヨンデット」は「ビヨンデッタ」という少女となり、アルヴァーレに強く愛を語る。そしてアルヴァーレは苦悩の末にビヨンデッタを愛してしまう。あまりにあっけない結末についてはここで語らない。


ウィリアム・ゴールディングの『蠅の王』は死の象徴として蠅が描かれる。また、理性を凌駕する闘争心は豚の首として表れた。作中でビヨンデッタが豚肉を好んでいるのも、そうした背景による。

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