3.真の幸福

エピソード文字数 1,238文字

僕の好きな本の話をしよう。

中島義道という哲学者が書いた『不幸論』という本だ。

不幸論?

幸福論やのうてか?

そう。

本の中で彼はとてもユニークな発想をする。

結論を言えば、人は幸福になどなれない、ということだ。

そんなご無体な。

幸福になられへんとか、お先真っ暗やないか。

真実の幸福は得られなくとも、仮初のものなら得られるよ。

方法はとても簡単だ。

他人の不幸など気にしないことさ。

世界を見渡せば病気や飢えに苦しむ人が大勢いる。

そうでなくとも、身近に辛い思いをしている人がいたりするだろう?

そういう人たちのことを全く気にしないでいられたら、その人は幸福感が高いだろうね。

「客観的に生き、自由な愛情と幅広い興味を持つ」

「興味と愛情を通して逆に多くの人々の興味と愛情の対象となる」

これこそが「幸福な人」だとバートランド・ラッセルは『幸福論』で語っていましてよ。

ではその「興味」とやらの対象に不幸な者はいれぬ方が良いでしょう。

不幸な者に優しくしたところで、噛み付かれるのが関の山。

幸福は弱者の切り捨てによって得られるものです。

二人とも辛辣やな。

救いは無いんか?

こう見えても悪魔だからね。
どう見ても悪魔ですわね。
うう……。

神様、なんとかしてくれ。

なんと幸いでしょう。

悪者のたくらみに耳を貸したり、罪人といっしょになって神のことをさげすんだりしない人は。


その人は、主がお望みになることを何でも喜んで行い、

いつも、主の教えを思い巡らしては、もっと主のみそばを歩もうと考えます。

『詩編』の序文にあたると言われている。

第1編「真の幸福」だね。

ここでは幸福について難しいことは何も語っていない。

悪人や罪人と一緒にならず、神の教えを尊び、従う者こそ幸福だと言っている。

幼稚なおしゃべりですこと。
しかし、それゆえに強い。

浄土真宗の開祖、親鸞の語る「無碍(むげ)の一道」に近いものを感じるよ。

「無碍」ってなんや?
「碍」は訓読みで「さまたげる」となり、「邪魔をする」という意味の言葉だ。

だから「無碍」は「さまたげの無い」状態を表しているね。

「無碍の一道」とは、一切が障害とならない幸福な者ということだ。

阿弥陀仏に救われ念仏する者は「無碍の一道」となり、神々からも敬意を授かると言う。

阿弥陀仏。

サンスクリットではアミターバ、だったかしら。

「他力本願」は主に忠誠を誓う草どもの姿に重なりますわね。

理屈で言えば人の幸福などたかが知れている。

けれどそこに神や仏が関与すると論破できるものでもない。

そもそも論破するものでもないのだからね。

せやろ。

やっぱうちのボスはすごいんやで。

普段、好き勝手言ってるくせに。

主はご自分に従う人の行く道を、

守ってくださいますが、

神に背く者の行き着く先は滅びです。

そしてこれも親鸞の語るところに近い。

神々に敬される者となっても、それを理解しないものたちは誹謗中傷を繰り返す。

幸福とは今の生活が楽しいとか嬉しいとか、そういう類のものじゃない。

悪魔の僕には理解できない、何か得体のしれないものってことさ。
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登場人物紹介

【ミカ】(性別:無性 時々 男性)

神様の命令で人々を見守ることになった大天使ミカエル。サタニャエルくんに色々教えてもらう生徒役。ただ何も知らないお馬鹿ではなく、それなりに常識人。特に戦争に関することはなかなか詳しい。無意味な殺戮は嫌うが、戦争そのものは悪と見做さない。ビヨンデッタの作った「ケーキ」にトラウマがある。


(うんちく)

その名は「神に似たるものは誰か」という意味を持つ。ミカエルはMa-Ha-Elと分解され、「偉大なる神」の意味ともされる。天軍の総帥であり、右手に剣を持った姿で描かれる。


聖書において天使の翼に関する記述は無い。その造形はギリシア神話における勝利の女神ニケ(Nike)が由来であると考えられている。


ミカエル、最大の見せ場は新約聖書『ヨハネの黙示録』12である。そこには以下のような記載がある。

「かくて天に戰爭おこれり、ミカエル及びその使たち龍とたたかふ。龍もその使たちも之と戰ひしが、勝つこと能はず、天には、はや其の居る所なかりき。かの大なる龍、すなわち惡魔と呼ばれ、サタンと呼ばれたる全世界をまどはす古き蛇は落され、地に落され、その使たちも共に落されたり。」

おそらくは翼の生えた勝利の女神と、戦争における戦士の姿とが融合され、現代におけるミカエルのイメージを形作ったのであろう。

【サタニャエル】(性別:???)

ミカちゃん一人だと心配なので付いて来た。色んなことに詳しい黒猫。「サタニャエル」を名乗っているが、悪魔サタナエルと同一視されるかは謎。ビヨンデッタから「サマエル」と呼ばれてもおり、そうであれば楽園でイヴを誘惑した蛇であるとも言える。非常に好奇心旺盛で勉強熱心。たまに悪魔っぽいが、基本的には常識的。


(うんちく)

「猫に九生有り」のことわざは、高いところから落ちてもうまく着地してしぶとく生き残る、タフさから来ていると考えられる。何故「九生」なのかは定説は無いが、エジプト神話の猫頭の女神バステトが九つの魂を持っていたことに由来するのではないか、と言われる。そのようにしぶとい猫を殺すには「好奇心」が効果的であるとことわざは言う(「好奇心は猫を殺す」)。つまり人に知恵を与えたサマエルが、その罪によって神の罰を受けることの暗示として、サタニャエルというキャラクタは造られている。


サマエルは「神の悪意」という意味を持つ。12枚の翼を持つことから、堕天使ルシファーとも同一視される。

【ビヨンデッタ】(性別:男性 or 女性)

ミカを「お姉さま」と慕う悪魔の少女。その正体はソロモン72柱序列第1位ともされる魔王ベルゼブブ。ニーチェを好み、強き者が強くある世界こそが最も美しいと考えている。人間を「草」と呼び、その愚鈍さを嘲笑する。


(うんちく)

作中にあるように、ベルゼブブの由来はウガリット神話における豊穣の神バアル・ゼブル。バアルの信仰は旧約聖書において偶像崇拝として忌み嫌われ、度々敵対した。バアル・ゼブルをバアル・ゼブブと読み替えることで、その意味を「気高き主」から「蠅の王」へと貶めた。


「ビヨンデッタ」の名前は幻想小説の父J・カゾットの『悪魔の恋』に由来する。主人公のアルヴァーレは知的好奇心により悪魔ベルゼブブを呼び寄せ、そのベルゼブブは「ビヨンデット」という名の少年として彼に仕えた。やがて「ビヨンデット」は「ビヨンデッタ」という少女となり、アルヴァーレに強く愛を語る。そしてアルヴァーレは苦悩の末にビヨンデッタを愛してしまう。あまりにあっけない結末についてはここで語らない。


ウィリアム・ゴールディングの『蠅の王』は死の象徴として蠅が描かれる。また、理性を凌駕する闘争心は豚の首として表れた。作中でビヨンデッタが豚肉を好んでいるのも、そうした背景による。

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