5.神の律法と罪の原理

エピソード文字数 1,203文字

洗礼を受けることで、イエス様の死にあやかれる。

それがパウロの主張やったな。

せやけど、それって結局どういうことなん?

イエス様の死にあやかるってのが、いまいち理解できひん。

そうだろうとも。

よく分からない言葉で誤魔化しているんじゃないか……。

そんな風にすら思えそうだね。

いや、そこまでは言わへんよ?

別に死にあやかることなくても、普通に信仰持ってたらええんちゃうかなって。

パウロの考えでは必要なことだったのさ。

イエスの死にあやかることを、パウロは律法に対して死んだ者になるとも言った。

具体例を添えてね。

夫が生きている間に、他の男のものとなるなら、姦通の女と呼ばれます。

しかし、夫が死ねば、律法からは自由になります。

他の男のものとなっても、姦通の女とはなりません。

当然ですわね。

妻や夫を失った者が死ぬまで独りでなければならぬ法などありません。

死ねば律法とは無縁となる。

キリスト教徒たちはイエスの死にあやかることで、律法からの解放を得たのさ。

わたしたちを縛っていた律法に対して、わたしたちは死んだのです。

その支配から解かれています。

文字による古い生き方ではなく、霊による新しい生き方で神に仕えているのです。

非キリスト者から言わせていただきますと。

いや、あなた生きてましてよ?

そらそうや。
てか、そんなこと言うて大丈夫なんか?

律法は言うたらそん時の法律やろ。

簡単に解放されてもうて、無法状態になってまうやんか。

パウロは律法からの解放を語りながら、律法そのものを否定してはいないのさ。

洗礼を受けて赦されているのなら、何をやっても構わないかと言うとそうではない。

「律法は霊的なもの」であり、人々は「霊による新しい生き方」をすると言うんだ。

律法は罪でしょうか。決してそうではありません。

律法によらなければ、わたしは罪を知るようにならなかったでしょう。

律法が「貪ってはならない」と言わなかったら、わたしは貪りを知らなかったでしょう。

『申命記』第5章21節

お前の隣人の妻を貪り求めてはならない。

隣人の家、畑、男女の奴隷、牛、ろば、また隣人の持ち物は何であれ貪り求めてはならない。

法を基準として善悪を考える足掛かりとする。

とは言え、何事においても法の定めが善となるわけではない。

それは状況に応じて変化するもの。

100年も経てばもはやそこは別世界。

法の定めとそぐわない環境が生まれてもおかしくありますまい。

律法は霊的なものだ。

しかし、人は肉の弱さをまとった人間である。

そのために「かえって憎んでいることをしている」のだとパウロは言う。

そしてそれを行うのが、己の内にある罪ってやつなのさ。

「にく」だけに。
わたしは何とみじめな人間でしょう。

死に定められたこの体から、誰がわたしを救い出してくれるでしょうか。

わたしたちの主イエス・キリストを通して神に感謝します。

要するに、わたし自身は理性では神の律法に仕え、肉では罪の原理に仕えているのです。

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登場人物紹介

【ミカ】(性別:無性 時々 男性)

神様の命令で人々を見守ることになった大天使ミカエル。サタニャエルくんに色々教えてもらう生徒役。ただ何も知らないお馬鹿ではなく、それなりに常識人。特に戦争に関することはなかなか詳しい。無意味な殺戮は嫌うが、戦争そのものは悪と見做さない。ビヨンデッタの作った「ケーキ」にトラウマがある。


(うんちく)

その名は「神に似たるものは誰か」という意味を持つ。ミカエルはMa-Ha-Elと分解され、「偉大なる神」の意味ともされる。天軍の総帥であり、右手に剣を持った姿で描かれる。


聖書において天使の翼に関する記述は無い。その造形はギリシア神話における勝利の女神ニケ(Nike)が由来であると考えられている。


ミカエル、最大の見せ場は新約聖書『ヨハネの黙示録』12である。そこには以下のような記載がある。

「かくて天に戰爭おこれり、ミカエル及びその使たち龍とたたかふ。龍もその使たちも之と戰ひしが、勝つこと能はず、天には、はや其の居る所なかりき。かの大なる龍、すなわち惡魔と呼ばれ、サタンと呼ばれたる全世界をまどはす古き蛇は落され、地に落され、その使たちも共に落されたり。」

おそらくは翼の生えた勝利の女神と、戦争における戦士の姿とが融合され、現代におけるミカエルのイメージを形作ったのであろう。

【サタニャエル】(性別:???)

ミカちゃん一人だと心配なので付いて来た。色んなことに詳しい黒猫。「サタニャエル」を名乗っているが、悪魔サタナエルと同一視されるかは謎。ビヨンデッタから「サマエル」と呼ばれてもおり、そうであれば楽園でイヴを誘惑した蛇であるとも言える。非常に好奇心旺盛で勉強熱心。たまに悪魔っぽいが、基本的には常識的。


(うんちく)

「猫に九生有り」のことわざは、高いところから落ちてもうまく着地してしぶとく生き残る、タフさから来ていると考えられる。何故「九生」なのかは定説は無いが、エジプト神話の猫頭の女神バステトが九つの魂を持っていたことに由来するのではないか、と言われる。そのようにしぶとい猫を殺すには「好奇心」が効果的であるとことわざは言う(「好奇心は猫を殺す」)。つまり人に知恵を与えたサマエルが、その罪によって神の罰を受けることの暗示として、サタニャエルというキャラクタは造られている。


サマエルは「神の悪意」という意味を持つ。12枚の翼を持つことから、堕天使ルシファーとも同一視される。

【ビヨンデッタ】(性別:男性 or 女性)

ミカを「お姉さま」と慕う悪魔の少女。その正体はソロモン72柱序列第1位ともされる魔王ベルゼブブ。ニーチェを好み、強き者が強くある世界こそが最も美しいと考えている。人間を「草」と呼び、その愚鈍さを嘲笑する。


(うんちく)

作中にあるように、ベルゼブブの由来はウガリット神話における豊穣の神バアル・ゼブル。バアルの信仰は旧約聖書において偶像崇拝として忌み嫌われ、度々敵対した。バアル・ゼブルをバアル・ゼブブと読み替えることで、その意味を「気高き主」から「蠅の王」へと貶めた。


「ビヨンデッタ」の名前は幻想小説の父J・カゾットの『悪魔の恋』に由来する。主人公のアルヴァーレは知的好奇心により悪魔ベルゼブブを呼び寄せ、そのベルゼブブは「ビヨンデット」という名の少年として彼に仕えた。やがて「ビヨンデット」は「ビヨンデッタ」という少女となり、アルヴァーレに強く愛を語る。そしてアルヴァーレは苦悩の末にビヨンデッタを愛してしまう。あまりにあっけない結末についてはここで語らない。


ウィリアム・ゴールディングの『蠅の王』は死の象徴として蠅が描かれる。また、理性を凌駕する闘争心は豚の首として表れた。作中でビヨンデッタが豚肉を好んでいるのも、そうした背景による。

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