7.投石器の歴史

文字数 1,418文字

投石器……。

うちの中にある男心をくすぐる、ええ響きや。

しかしお姉さまは剣の一振りで万の大軍を蹴散らすお方。

今さらこのようなおもちゃが必要とは思われませんわ。

ちゃうねん、ビヨンデッタ。

いるとかいらんとかやのうて、これはロマンなんや。

新しい武器と新しい戦い方。

その創意工夫が何よりも美しい。

ミカちゃんは相変わらず戦いのことになると目をキラキラさせるよね。

僕みたいな平和主義者はドキドキしちゃうよ。

そんなスガシカオみたいなセリフ言わんでええ。

はよ話を進めようや。

タイトルの通りだよ。

旧約聖書において投石器とクロスボウの存在が初めて示唆されるのさ。

ヨアシュ、アマツヤに次いで王となったウジヤの治世においてね。

ウジヤは発明者の工夫により、矢や大きな石を放てる装置を造らせた。

そしてそれを塔や城壁の角の上に設置した。

ウジヤの時代は紀元前800年頃。

ただ記載がシンプルで、それが投石器やクロスボウと言えるものか確証が無い。

それに『歴代誌』が書かれたのは紀元前5世紀頃だ。

後世の人間が付けたしただけかもしれない。

そういったあれこれを度外視すれば、投石器の最古の記録と言えるだろうね。
かっこええやん。

やっぱ投石器は夢が詰まっとるな。

「投石器」と一言で言って、実は色んな形のものがある。

上の写真はおそらくマンゴネルと呼ばれる形状のものだね。

聖書の記載は「矢や大きな石を放てるようにした」と書かれている。

だからこの場合はバリスタのことを言っているんだと思う。

ええやん!

めっちゃ、かっこええ。

イスラエルのハイファ大学にある、ヘクト博物館(Hecht Museum)所蔵のものだよ。

巨大なパチンコとでも言えそうな形状だね。

投石器は他にもいくつか種類があってね。

バリスタの強化版とも言えるスプリンガルド。

形状は様々で、ねじ巻きの要領で絞った糸の反動を利用するものがある。

形状によっては複数の矢を一度に放てるというメリットがありますわね。

セッティングに少々時間がかかるのが難点かしら。

それでもバリスタより射程距離がぐっと伸びる。

遠くの敵を相手にするんなら、こっちの方がええやろな。

あと有名なのは、マンゴネルの改良版、トレビュシェット。

マンゴネルが人力なのに対して、こちらはおもりの位置エネルギーを利用したものだ。

なんだか複雑でよく分かりませんわ。
トレビュシェットは100キログラム以上の石を300メートルほど先に飛ばせたらしい。

人力のマンゴネルでは太刀打ちできない威力だね。

映画『ロード・オブ・ザ・リング』でモンスターが城に攻めてくる場面がある。

そこでは投石器による戦いが繰り広げられた。

実はよく見ると使っている投石器に違いがあるんだ。

うちも観たで。

モンスター側と人間側とが投石器を撃ち合う場面あったなあ。

せやけど、投石器に違いなんかあったかな。

実はモンスター側が使っていたのはマンゴネル。

対する人間側の投石器はトレビュシェット。

性能においては人間側が圧倒していたのさ。

だから単純な投石器の撃ち合いだけなら人間の方が強かったわけだ。

そんな細かいところまで作りこんであったんか。

今さらながらすごい映画やで。

こと戦争において、投石器はなんと第一次世界大戦の初期まで使われる。

その用途は、手榴弾を敵の塹壕(trenches)に放り込むというものだ。

その名もソートレル(Sauterelle)

フランス語で「バッタ(昆虫)」という意味さ。

なんとも牧歌的なネーミングセンスやな。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

【ミカ】(性別:無性 時々 男性)

神様の命令で人々を見守ることになった大天使ミカエル。サタニャエルくんに色々教えてもらう生徒役。ただ何も知らないお馬鹿ではなく、それなりに常識人。特に戦争に関することはなかなか詳しい。無意味な殺戮は嫌うが、戦争そのものは悪と見做さない。ビヨンデッタの作った「ケーキ」にトラウマがある。


(うんちく)

その名は「神に似たるものは誰か」という意味を持つ。ミカエルはMa-Ha-Elと分解され、「偉大なる神」の意味ともされる。天軍の総帥であり、右手に剣を持った姿で描かれる。


聖書において天使の翼に関する記述は無い。その造形はギリシア神話における勝利の女神ニケ(Nike)が由来であると考えられている。


ミカエル、最大の見せ場は新約聖書『ヨハネの黙示録』12である。そこには以下のような記載がある。

「かくて天に戰爭おこれり、ミカエル及びその使たち龍とたたかふ。龍もその使たちも之と戰ひしが、勝つこと能はず、天には、はや其の居る所なかりき。かの大なる龍、すなわち惡魔と呼ばれ、サタンと呼ばれたる全世界をまどはす古き蛇は落され、地に落され、その使たちも共に落されたり。」

おそらくは翼の生えた勝利の女神と、戦争における戦士の姿とが融合され、現代におけるミカエルのイメージを形作ったのであろう。

【サタニャエル】(性別:???)

ミカちゃん一人だと心配なので付いて来た。色んなことに詳しい黒猫。「サタニャエル」を名乗っているが、悪魔サタナエルと同一視されるかは謎。ビヨンデッタから「サマエル」と呼ばれてもおり、そうであれば楽園でイヴを誘惑した蛇であるとも言える。非常に好奇心旺盛で勉強熱心。たまに悪魔っぽいが、基本的には常識的。


(うんちく)

「猫に九生有り」のことわざは、高いところから落ちてもうまく着地してしぶとく生き残る、タフさから来ていると考えられる。何故「九生」なのかは定説は無いが、エジプト神話の猫頭の女神バステトが九つの魂を持っていたことに由来するのではないか、と言われる。そのようにしぶとい猫を殺すには「好奇心」が効果的であるとことわざは言う(「好奇心は猫を殺す」)。つまり人に知恵を与えたサマエルが、その罪によって神の罰を受けることの暗示として、サタニャエルというキャラクタは造られている。


サマエルは「神の悪意」という意味を持つ。12枚の翼を持つことから、堕天使ルシファーとも同一視される。

【ビヨンデッタ】(性別:男性 or 女性)

ミカを「お姉さま」と慕う悪魔の少女。その正体はソロモン72柱序列第1位ともされる魔王ベルゼブブ。ニーチェを好み、強き者が強くある世界こそが最も美しいと考えている。人間を「草」と呼び、その愚鈍さを嘲笑する。


(うんちく)

作中にあるように、ベルゼブブの由来はウガリット神話における豊穣の神バアル・ゼブル。バアルの信仰は旧約聖書において偶像崇拝として忌み嫌われ、度々敵対した。バアル・ゼブルをバアル・ゼブブと読み替えることで、その意味を「気高き主」から「蠅の王」へと貶めた。


「ビヨンデッタ」の名前は幻想小説の父J・カゾットの『悪魔の恋』に由来する。主人公のアルヴァーレは知的好奇心により悪魔ベルゼブブを呼び寄せ、そのベルゼブブは「ビヨンデット」という名の少年として彼に仕えた。やがて「ビヨンデット」は「ビヨンデッタ」という少女となり、アルヴァーレに強く愛を語る。そしてアルヴァーレは苦悩の末にビヨンデッタを愛してしまう。あまりにあっけない結末についてはここで語らない。


ウィリアム・ゴールディングの『蠅の王』は死の象徴として蠅が描かれる。また、理性を凌駕する闘争心は豚の首として表れた。作中でビヨンデッタが豚肉を好んでいるのも、そうした背景による。

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色