7.深淵をのぞく時

文字数 1,269文字

友人たちに怒りをぶちまけたあと、ヨブは神に訴える。

いったい自分がどれほどの罪を犯したと言うのか。

どうして弱い者を裁きの場に引き出すのか、と。

そのようなヨブの泣き言は友人たちの気に入らない。

彼らはやはりヨブを非難し、説教し始める。

エリファズはヨブに言った。

人がどうして清くありえようか。

女から生まれた者が。どうして正しくあり得ようか。

女から生まれた者?

そら、人は誰かて女から生まれるやろ。

つまり、ヨブは最初の人間、アダムではないと釘を刺しているのさ。

それほどの知恵者でも、純粋な者でもない。

もちろん天使でもないヨブが神に対して不義を示すのはどういうわけか、とね。

ビルダドはヨブに言った。

いつ、あなたは話にけりをつけるのか。

悪人は天幕から追い出され、恐怖の王のもとに連れて行かれる。

恐怖の王?

どなたかしら。

恐怖の王とはすなわち死そのものだ。

バビロニア神話ならネルガル、ギリシア神話ならハデス。

ローマ神話ならプルートー。

個人的にはウガリット神話のモトのイメージかな。

モトはバアルの敵対者で、ウガリット神話では死を司る神だ。

その名そのものも「死」を意味する。

あらあら、あの小童(こわっぱ)ですの……。
前回は遅れを取りましたが、次はそうはいかなくてよ。

妻アナトや太陽神シャプシュに頼るばかりと思われては癪ですわ。

ツォファルはヨブに言った。

苛立つ思いがあなたに答えるよう促す。

悪人は自分の汚物のように滅びるだろうと。

うんこ……。
このように、しばらくはヨブと友人たちの間で議論が行われる。

自らの潔白を主張するヨブに対し、友人たちはそれを疑う。

エリファズなどはヨブに「悪が大きく、不正が果てしない」のではないかとまで言った。

ヨブが何を言おうとも相変わらず神は現れない。

友人たちは友人と思えぬほどに薄情。

17世紀の画家ジェラルド・ゼーガース(Gerard Seghers)

周囲が険しい表情をしているのに、ヨブが呆れ顔で┐(´д`)┌ やれやれって感じだ。

ヨブは知恵を賞賛した。

知恵を見出そうとしても、深淵は「それはわたしの中にない」と言う。

知恵は金銀財宝や死をもってしても得られず、神のみぞ知る。

覗けば覗き返すことで定評のある深遠さんじゃない。
「大衆は、底の見えないものなら何でも深いと思ってしまう」

これはニーチェが『喜ばしき知恵』にて語った言葉ですが。

『ヨブ記』においてすでに「ない」と明言されていたということかしら。

深いと思って知恵があると勘違いする草どもの、なんと滑稽なこと。

深淵と深遠ってなんか違いあるんやろか?
だいたい同じだと思うよ。

人や集団によって多少のニュアンスは異なるかもしれないけどね。

ヨブは知恵を賞賛し、神を称えた。

その上で己の過去、現在について語り、最後まで潔白であると主張した。

それでようやく3人の友人たちは黙ったんだ。

納得したと言うより、納得させられなかったからかな。

そらええわ。

こいつら慰問どころか追い討ちに来とったからな。

しかし、この友人以外にもヨブに説教したがる人物が現れた。

正義感を燃やす、エリフという名の若者が登場する。

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登場人物紹介

【ミカ】(性別:無性 時々 男性)

神様の命令で人々を見守ることになった大天使ミカエル。サタニャエルくんに色々教えてもらう生徒役。ただ何も知らないお馬鹿ではなく、それなりに常識人。特に戦争に関することはなかなか詳しい。無意味な殺戮は嫌うが、戦争そのものは悪と見做さない。ビヨンデッタの作った「ケーキ」にトラウマがある。


(うんちく)

その名は「神に似たるものは誰か」という意味を持つ。ミカエルはMa-Ha-Elと分解され、「偉大なる神」の意味ともされる。天軍の総帥であり、右手に剣を持った姿で描かれる。


聖書において天使の翼に関する記述は無い。その造形はギリシア神話における勝利の女神ニケ(Nike)が由来であると考えられている。


ミカエル、最大の見せ場は新約聖書『ヨハネの黙示録』12である。そこには以下のような記載がある。

「かくて天に戰爭おこれり、ミカエル及びその使たち龍とたたかふ。龍もその使たちも之と戰ひしが、勝つこと能はず、天には、はや其の居る所なかりき。かの大なる龍、すなわち惡魔と呼ばれ、サタンと呼ばれたる全世界をまどはす古き蛇は落され、地に落され、その使たちも共に落されたり。」

おそらくは翼の生えた勝利の女神と、戦争における戦士の姿とが融合され、現代におけるミカエルのイメージを形作ったのであろう。

【サタニャエル】(性別:???)

ミカちゃん一人だと心配なので付いて来た。色んなことに詳しい黒猫。「サタニャエル」を名乗っているが、悪魔サタナエルと同一視されるかは謎。ビヨンデッタから「サマエル」と呼ばれてもおり、そうであれば楽園でイヴを誘惑した蛇であるとも言える。非常に好奇心旺盛で勉強熱心。たまに悪魔っぽいが、基本的には常識的。


(うんちく)

「猫に九生有り」のことわざは、高いところから落ちてもうまく着地してしぶとく生き残る、タフさから来ていると考えられる。何故「九生」なのかは定説は無いが、エジプト神話の猫頭の女神バステトが九つの魂を持っていたことに由来するのではないか、と言われる。そのようにしぶとい猫を殺すには「好奇心」が効果的であるとことわざは言う(「好奇心は猫を殺す」)。つまり人に知恵を与えたサマエルが、その罪によって神の罰を受けることの暗示として、サタニャエルというキャラクタは造られている。


サマエルは「神の悪意」という意味を持つ。12枚の翼を持つことから、堕天使ルシファーとも同一視される。

【ビヨンデッタ】(性別:男性 or 女性)

ミカを「お姉さま」と慕う悪魔の少女。その正体はソロモン72柱序列第1位ともされる魔王ベルゼブブ。ニーチェを好み、強き者が強くある世界こそが最も美しいと考えている。人間を「草」と呼び、その愚鈍さを嘲笑する。


(うんちく)

作中にあるように、ベルゼブブの由来はウガリット神話における豊穣の神バアル・ゼブル。バアルの信仰は旧約聖書において偶像崇拝として忌み嫌われ、度々敵対した。バアル・ゼブルをバアル・ゼブブと読み替えることで、その意味を「気高き主」から「蠅の王」へと貶めた。


「ビヨンデッタ」の名前は幻想小説の父J・カゾットの『悪魔の恋』に由来する。主人公のアルヴァーレは知的好奇心により悪魔ベルゼブブを呼び寄せ、そのベルゼブブは「ビヨンデット」という名の少年として彼に仕えた。やがて「ビヨンデット」は「ビヨンデッタ」という少女となり、アルヴァーレに強く愛を語る。そしてアルヴァーレは苦悩の末にビヨンデッタを愛してしまう。あまりにあっけない結末についてはここで語らない。


ウィリアム・ゴールディングの『蠅の王』は死の象徴として蠅が描かれる。また、理性を凌駕する闘争心は豚の首として表れた。作中でビヨンデッタが豚肉を好んでいるのも、そうした背景による。

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