3.割礼の意味

エピソード文字数 1,499文字

パウロは偶像崇拝する異邦人を批判した。

そして返す刀で今度は律法主義的なユダヤ人たちも批判したんだ。

その論理はイエスと同じさ。

律法を単に知っているとかではダメで、それを実行しなければならない。

中でも象徴的なのが割礼だ。

割礼については何度も触れてきたね。

「男子の性器の包皮の一部を切除する風習」のことだよ。

元々は衛生管理のために行ったものと思われる。

今では完全に宗教的な行為と認識されているね。

なんせ割礼せんかったら神様がめっちゃ怒るくらいやもんな。

現代のユダヤ人も基本的には守り続けてる風習やで。

初期のキリスト教徒たちでも論争になりましたわね。

異邦人が割礼をすべきか否か。

しかしこれはむしろ律法をきちんと実行していることになるのでは?

特に文句を言うことも無い気がいたしますが。

パウロは形だけの割礼など無意味だと言ったのさ。

律法を守らなければ、外面的な割礼は本当の割礼ではないとね。

『エレミヤ書』第9章24-25節

身よ、時が来る――主の言葉。

体に割礼を受けているにすぎない者を、わたしがことごとく罰する時が来る。

エジプト、ユダ、エドム、アンモンの子ら、モアブ、および荒れ野に住み、

もみあげを短く刈っている者たちすべてを罰する時が。

それは、これらの国はみな、実は割礼を受けておらず、

イスラエルのすべての家は、心に割礼を受けていないからだ。

心に割礼を受けていない……。

割礼ってのはあくまで外面上の儀式に過ぎへん。

ほんまの割礼は心の中にある。

そう言うことなんかな。

『申命記』第30章6節

あなたの神、主は、あなたとあなたの子らの心に割礼を施し、あなたが心を尽くし、

精神を尽くして、あなたの神、主を愛し、生きるようにしてくださる。

内面への割礼は別に取って付けた屁理屈というわけではない。

その重要性は律法の書、トーラーにも書かれているというわけ。

パウロの見解は「正しい人は一人もいない」ということだ。

異邦人もユダヤ人もみな罪深い。

『ローマの人々への手紙』ではパウロがこんな言葉を引用する。

正しい人はいない、一人もいない。

悟る者はいない、神を求める者もいない。

みな、道を踏み外し、役に立たない者となった。

善いことをする者はいない、一人としていない。

悲観的やなあ。

これは何を引用したものなんや?

フランシスコ会聖書研究所の注釈では初代教会の「聖句集」だろうと言う。

特にこの箇所は『詩編』第14章1-3節の改変だと思われる。

『詩編』第14章1-3節

愚かな者は心のうちに言う、「神はいない」。

彼らは、腐った忌まわしい業(わざ)を行う。

善い事を行う者はいない。

主は、天から人の子らを見下ろされる、神を求める賢い者はいないかと。

彼らはみな脇道にそれ、等しく汚れ、善い事を行う者はいない、一人もいない。

誰もかれもが罪人(つみびと)である。

ならばいかにして救われると?

「信仰によって人は義とされる」、だそうだ。

割礼があろうがなかろうが、信仰を持つ者を義とするんだ。

割礼という狭い社会の習慣を乗り越えて、心の問題に移行したわけだ。

宗教は時に複雑な儀式や習慣を求める。

その難易度が高ければ、内部の結束は強まるけれど、外からの参入は難しい。

普段気にせず食べているものを諦めるとか、毎日欠かさず祈りを捧げるとか。

そんなしんどい思いをしてまで入りたい宗教かとなってしまう。

割礼もけっこうハードル高いしな。

仮にキリスト教が割礼を義務化しとったら、そんなに数増えへんかったやろ。

ユダヤ教の一宗派でおしまいや。

神はユダヤ人だけの神なのですか。

異邦人にとっても神なのではありませんか。

そうです。異邦人の神でもあります。

神が唯一である限りそうなのです。

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登場人物紹介

【ミカ】(性別:無性 時々 男性)

神様の命令で人々を見守ることになった大天使ミカエル。サタニャエルくんに色々教えてもらう生徒役。ただ何も知らないお馬鹿ではなく、それなりに常識人。特に戦争に関することはなかなか詳しい。無意味な殺戮は嫌うが、戦争そのものは悪と見做さない。ビヨンデッタの作った「ケーキ」にトラウマがある。


(うんちく)

その名は「神に似たるものは誰か」という意味を持つ。ミカエルはMa-Ha-Elと分解され、「偉大なる神」の意味ともされる。天軍の総帥であり、右手に剣を持った姿で描かれる。


聖書において天使の翼に関する記述は無い。その造形はギリシア神話における勝利の女神ニケ(Nike)が由来であると考えられている。


ミカエル、最大の見せ場は新約聖書『ヨハネの黙示録』12である。そこには以下のような記載がある。

「かくて天に戰爭おこれり、ミカエル及びその使たち龍とたたかふ。龍もその使たちも之と戰ひしが、勝つこと能はず、天には、はや其の居る所なかりき。かの大なる龍、すなわち惡魔と呼ばれ、サタンと呼ばれたる全世界をまどはす古き蛇は落され、地に落され、その使たちも共に落されたり。」

おそらくは翼の生えた勝利の女神と、戦争における戦士の姿とが融合され、現代におけるミカエルのイメージを形作ったのであろう。

【サタニャエル】(性別:???)

ミカちゃん一人だと心配なので付いて来た。色んなことに詳しい黒猫。「サタニャエル」を名乗っているが、悪魔サタナエルと同一視されるかは謎。ビヨンデッタから「サマエル」と呼ばれてもおり、そうであれば楽園でイヴを誘惑した蛇であるとも言える。非常に好奇心旺盛で勉強熱心。たまに悪魔っぽいが、基本的には常識的。


(うんちく)

「猫に九生有り」のことわざは、高いところから落ちてもうまく着地してしぶとく生き残る、タフさから来ていると考えられる。何故「九生」なのかは定説は無いが、エジプト神話の猫頭の女神バステトが九つの魂を持っていたことに由来するのではないか、と言われる。そのようにしぶとい猫を殺すには「好奇心」が効果的であるとことわざは言う(「好奇心は猫を殺す」)。つまり人に知恵を与えたサマエルが、その罪によって神の罰を受けることの暗示として、サタニャエルというキャラクタは造られている。


サマエルは「神の悪意」という意味を持つ。12枚の翼を持つことから、堕天使ルシファーとも同一視される。

【ビヨンデッタ】(性別:男性 or 女性)

ミカを「お姉さま」と慕う悪魔の少女。その正体はソロモン72柱序列第1位ともされる魔王ベルゼブブ。ニーチェを好み、強き者が強くある世界こそが最も美しいと考えている。人間を「草」と呼び、その愚鈍さを嘲笑する。


(うんちく)

作中にあるように、ベルゼブブの由来はウガリット神話における豊穣の神バアル・ゼブル。バアルの信仰は旧約聖書において偶像崇拝として忌み嫌われ、度々敵対した。バアル・ゼブルをバアル・ゼブブと読み替えることで、その意味を「気高き主」から「蠅の王」へと貶めた。


「ビヨンデッタ」の名前は幻想小説の父J・カゾットの『悪魔の恋』に由来する。主人公のアルヴァーレは知的好奇心により悪魔ベルゼブブを呼び寄せ、そのベルゼブブは「ビヨンデット」という名の少年として彼に仕えた。やがて「ビヨンデット」は「ビヨンデッタ」という少女となり、アルヴァーレに強く愛を語る。そしてアルヴァーレは苦悩の末にビヨンデッタを愛してしまう。あまりにあっけない結末についてはここで語らない。


ウィリアム・ゴールディングの『蠅の王』は死の象徴として蠅が描かれる。また、理性を凌駕する闘争心は豚の首として表れた。作中でビヨンデッタが豚肉を好んでいるのも、そうした背景による。

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