4.サタンの誘惑

文字数 1,462文字

『歴代誌』において「サタン」の名が初めて登場する。

そのサタンはダビデを誘惑するんだ。

へえ。

どないなことを誘惑したんや?

人口調査、やらないか……?
……。
それはまた。

とても大胆な誘惑ですこと。

ダビデは総司令官ヨアブの反対を振り切って人口調査を行ってしまう。

そしてそれは神の怒りに触れることになってしまった。

いやいや、それもなんでやねん。

てか、人口調査は罪なんか?

人口調査それ自体は罪じゃない。

実際、旧約聖書では多くの場面で人口調査が行われている。

では、なにゆえに神は怒るのでしょう。
分からない。
そうか。

サタニャエルくんでも分からんか。

それっぽい説明は沢山見かけるよ。

神に任せるのではなく、自らの力で戦力を測ろうとしたのが罪だったとか。

神の指示もなく人口調査をしたからだ、とかね。

でも、明確な根拠が無い。

はっきりと「勝手に人口調査をしてはいけない」と書かれているわけではないんだ。

これはサタンの誘惑なのでしょう?

であれば、その誘惑に負けたことが罪なのではなくって?

しかし実は『サムエル記』の同じ場面では、

なんと神の指示によって人口調査をしたということになっている。

はあ?

自分でやれ言うといて、やったら怒るとか、どんな我侭っ子やねん。

このわけの分からない状況について、ユダヤ人たちは必死に悩んだろうね。

タルムード(Berakhot 62b)にその理由について書かれていた。

曰く、ダビデは「あがない金」のことを忘れてしまった、と。

あがない金?
『出エジプト記』に人口調査についてのルールが書かれているんだ。

登録の際に各々が金銭を支払わなければならないとね。

それが「あがない金」だよ。

登録料みたいなもんか。
学者のラシや、ラームバーン(Ramban)も同様の説明をしているらしい。

けれどバハヤ・ベン・アシャー(Bahya ben Asher)は少し違った解釈だ。

彼は先に挙げた「勝手に人口調査をしてはいけない」の意見を述べている。

その根拠もまた『出エジプト記』の同じ箇所。

そこで各々が金を払うということは、各人が神と契約を結ぶことになる。

それほど重大な行為を、それほどの理由もなく行ってはいけないと言う。

それはちょっと無理な気ぃするな。

ほんまに何の理由も無しに人口調査はせえへんやろ。

基本は軍事力の把握やで。

まさにそれこそが神の怒りに触れた……

などという意見もあれば、堂々巡りの様相ですわ。

実は人口調査そのものを危険視していた、という説がある。

人や牛を数えることが死を招くという迷信があったらしい。

タルムード(Pesachim64b)にそれを示唆する話が書かれている。

王アグリッパがユダヤ人を数える時、過越し祭りの羊肉を数えたというんだ。

羊一頭で10人以上のユダヤ人、と言う風に間接的にユダヤ人を数えていた。

数えられると死ぬ、みたいな恐怖があったんやろかな。
この迷信と「あがない金」が組み合わさると一つの推測が立つ。

そもそも人口調査は危険な行為だと思われていた。

だから、危急の時でもなければ実施したくないものなんだ。

そのように考えれば、ヨアブが反対した理由も納得できますわね。
そしてダビデは本来慎重に行うべき人口調査で、何かしらのミスを犯した。

それはおそらく「あがない金」に関することだったろうと考えられる。

支払いも年齢や保有資産によってまちまちで、覚えていても間違える可能性はある。

そのせいで神様が怒ってしもうたんやな。
あくまで聖書やタルムード、複数の資料を組み合わせた推測ではある。

けれど今のところ、これが一番妥当な線なんじゃないかな。

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登場人物紹介

【ミカ】(性別:無性 時々 男性)

神様の命令で人々を見守ることになった大天使ミカエル。サタニャエルくんに色々教えてもらう生徒役。ただ何も知らないお馬鹿ではなく、それなりに常識人。特に戦争に関することはなかなか詳しい。無意味な殺戮は嫌うが、戦争そのものは悪と見做さない。ビヨンデッタの作った「ケーキ」にトラウマがある。


(うんちく)

その名は「神に似たるものは誰か」という意味を持つ。ミカエルはMa-Ha-Elと分解され、「偉大なる神」の意味ともされる。天軍の総帥であり、右手に剣を持った姿で描かれる。


聖書において天使の翼に関する記述は無い。その造形はギリシア神話における勝利の女神ニケ(Nike)が由来であると考えられている。


ミカエル、最大の見せ場は新約聖書『ヨハネの黙示録』12である。そこには以下のような記載がある。

「かくて天に戰爭おこれり、ミカエル及びその使たち龍とたたかふ。龍もその使たちも之と戰ひしが、勝つこと能はず、天には、はや其の居る所なかりき。かの大なる龍、すなわち惡魔と呼ばれ、サタンと呼ばれたる全世界をまどはす古き蛇は落され、地に落され、その使たちも共に落されたり。」

おそらくは翼の生えた勝利の女神と、戦争における戦士の姿とが融合され、現代におけるミカエルのイメージを形作ったのであろう。

【サタニャエル】(性別:???)

ミカちゃん一人だと心配なので付いて来た。色んなことに詳しい黒猫。「サタニャエル」を名乗っているが、悪魔サタナエルと同一視されるかは謎。ビヨンデッタから「サマエル」と呼ばれてもおり、そうであれば楽園でイヴを誘惑した蛇であるとも言える。非常に好奇心旺盛で勉強熱心。たまに悪魔っぽいが、基本的には常識的。


(うんちく)

「猫に九生有り」のことわざは、高いところから落ちてもうまく着地してしぶとく生き残る、タフさから来ていると考えられる。何故「九生」なのかは定説は無いが、エジプト神話の猫頭の女神バステトが九つの魂を持っていたことに由来するのではないか、と言われる。そのようにしぶとい猫を殺すには「好奇心」が効果的であるとことわざは言う(「好奇心は猫を殺す」)。つまり人に知恵を与えたサマエルが、その罪によって神の罰を受けることの暗示として、サタニャエルというキャラクタは造られている。


サマエルは「神の悪意」という意味を持つ。12枚の翼を持つことから、堕天使ルシファーとも同一視される。

【ビヨンデッタ】(性別:男性 or 女性)

ミカを「お姉さま」と慕う悪魔の少女。その正体はソロモン72柱序列第1位ともされる魔王ベルゼブブ。ニーチェを好み、強き者が強くある世界こそが最も美しいと考えている。人間を「草」と呼び、その愚鈍さを嘲笑する。


(うんちく)

作中にあるように、ベルゼブブの由来はウガリット神話における豊穣の神バアル・ゼブル。バアルの信仰は旧約聖書において偶像崇拝として忌み嫌われ、度々敵対した。バアル・ゼブルをバアル・ゼブブと読み替えることで、その意味を「気高き主」から「蠅の王」へと貶めた。


「ビヨンデッタ」の名前は幻想小説の父J・カゾットの『悪魔の恋』に由来する。主人公のアルヴァーレは知的好奇心により悪魔ベルゼブブを呼び寄せ、そのベルゼブブは「ビヨンデット」という名の少年として彼に仕えた。やがて「ビヨンデット」は「ビヨンデッタ」という少女となり、アルヴァーレに強く愛を語る。そしてアルヴァーレは苦悩の末にビヨンデッタを愛してしまう。あまりにあっけない結末についてはここで語らない。


ウィリアム・ゴールディングの『蠅の王』は死の象徴として蠅が描かれる。また、理性を凌駕する闘争心は豚の首として表れた。作中でビヨンデッタが豚肉を好んでいるのも、そうした背景による。

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