1.共観福音書

文字数 1,274文字

「共観福音書」という言葉は、福音書正典の内三つを指す。

すなわち『マタイ』『マルコ』そして『ルカ』だ。

これらの三つは特に類似性が高く、共観表を作って比較検討がされた。

それゆえに「共観福音書」と呼ばれるようになったんだ。

似たようなもんが並ぶと、どこが似てて、どこが似てないか調べたなる。

人の性(さが)ってやつやな。

気持ちは分かりますが、それを始めると大変でしてよ。

相違が見いだせれば、その相違は何故生まれたのかを知りたくなる。

新たな知は新たな好奇心を生み、その連鎖は限りなし。

まこと、草どもの業(ごう)と言えましょう。

全くだね。

この共観福音書に関するトピックは踏み込むのに躊躇する。

とんでもなく複雑な話が広がっていくんだ。

ここではそのさわりについてだけ話すとしよう。

これは19世紀以降、多くの学者に支持されたという関係図だ。

『マタイ』と『ルカ』は『マルコ』をベースに書かれたというものだね。

確か、地名のゲラサをガダラに書き換えたりしとったな。

マタイが「ゲラサは遠すぎるやろ」言うて名前変えたやつ。

まだ先ではありますが、『ルカ』ではゲラサとなっていますわね。

一方では書き換え、もう一方では書き換えなかったということかしら。

順序として、そんな感じだね。

この順序を「聖マルコ優先理論(Marcan Priority)」と呼んでいる。

ただ、ここに別の要素が加わり、話はややこしくなっていく。

Q資料?
Qというのはドイツ語のクヴェレ(Quelle)の頭文字だ。

その意味は「泉」「源」「情報源」「原典」となる。

その「Q資料」なるものが見つかったということ?
いいや、これはあくまで別の原典があったのではないかという仮説に過ぎない。

『マタイ』と『ルカ』は『マルコ』と「Q資料」をベースに書かれたというね。

話は徐々に複雑化していく。

これは20世紀イギリスの聖書学者、オースティン・ファラーの案だ。

『ルカ』が『マルコ』だけではなく、『マタイ』と一緒に参照している。

しかし、それではゲラサの件はどういたしますの?

『マタイ』でゲラサをガダラに変えたものの、やはりゲラサに訂正した?

前後関係を知ってか知らずか『マルコ』が正しいと解釈したのかしら。

Q資料を絡めるとそのへん解決するかもしれないね。

Q資料の中身が分からないから、想像に想像を重ねることになるけど。

Q資料を許容すると、かなり話が大きくなってくる。

19世紀から20世紀にかけての聖書学者ブルネット・ヒルマン・ストリーター。

彼は出典を拡張して「M」と「L」を追加した。

もっとすごいのがある。

20世紀フランスの聖書学者マリー・エミール・ボイスマード。

そしてフィリップ・ローランド、デルバート・ロイス・バーケット。

彼らによって発展された「複数資料仮説(Multi-source hypothesis)」だ。

自由過ぎる。
さらに「聖マタイ優先理論(Matthaean priority)」とか。

「聖ルカ優先理論(Lukan Priority)」まで含めると何が何やら。

この分野は深く入り込むとやばい、ってことだけ把握してスルーだね。

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登場人物紹介

【ミカ】(性別:無性 時々 男性)

神様の命令で人々を見守ることになった大天使ミカエル。サタニャエルくんに色々教えてもらう生徒役。ただ何も知らないお馬鹿ではなく、それなりに常識人。特に戦争に関することはなかなか詳しい。無意味な殺戮は嫌うが、戦争そのものは悪と見做さない。ビヨンデッタの作った「ケーキ」にトラウマがある。


(うんちく)

その名は「神に似たるものは誰か」という意味を持つ。ミカエルはMa-Ha-Elと分解され、「偉大なる神」の意味ともされる。天軍の総帥であり、右手に剣を持った姿で描かれる。


聖書において天使の翼に関する記述は無い。その造形はギリシア神話における勝利の女神ニケ(Nike)が由来であると考えられている。


ミカエル、最大の見せ場は新約聖書『ヨハネの黙示録』12である。そこには以下のような記載がある。

「かくて天に戰爭おこれり、ミカエル及びその使たち龍とたたかふ。龍もその使たちも之と戰ひしが、勝つこと能はず、天には、はや其の居る所なかりき。かの大なる龍、すなわち惡魔と呼ばれ、サタンと呼ばれたる全世界をまどはす古き蛇は落され、地に落され、その使たちも共に落されたり。」

おそらくは翼の生えた勝利の女神と、戦争における戦士の姿とが融合され、現代におけるミカエルのイメージを形作ったのであろう。

【サタニャエル】(性別:???)

ミカちゃん一人だと心配なので付いて来た。色んなことに詳しい黒猫。「サタニャエル」を名乗っているが、悪魔サタナエルと同一視されるかは謎。ビヨンデッタから「サマエル」と呼ばれてもおり、そうであれば楽園でイヴを誘惑した蛇であるとも言える。非常に好奇心旺盛で勉強熱心。たまに悪魔っぽいが、基本的には常識的。


(うんちく)

「猫に九生有り」のことわざは、高いところから落ちてもうまく着地してしぶとく生き残る、タフさから来ていると考えられる。何故「九生」なのかは定説は無いが、エジプト神話の猫頭の女神バステトが九つの魂を持っていたことに由来するのではないか、と言われる。そのようにしぶとい猫を殺すには「好奇心」が効果的であるとことわざは言う(「好奇心は猫を殺す」)。つまり人に知恵を与えたサマエルが、その罪によって神の罰を受けることの暗示として、サタニャエルというキャラクタは造られている。


サマエルは「神の悪意」という意味を持つ。12枚の翼を持つことから、堕天使ルシファーとも同一視される。

【ビヨンデッタ】(性別:男性 or 女性)

ミカを「お姉さま」と慕う悪魔の少女。その正体はソロモン72柱序列第1位ともされる魔王ベルゼブブ。ニーチェを好み、強き者が強くある世界こそが最も美しいと考えている。人間を「草」と呼び、その愚鈍さを嘲笑する。


(うんちく)

作中にあるように、ベルゼブブの由来はウガリット神話における豊穣の神バアル・ゼブル。バアルの信仰は旧約聖書において偶像崇拝として忌み嫌われ、度々敵対した。バアル・ゼブルをバアル・ゼブブと読み替えることで、その意味を「気高き主」から「蠅の王」へと貶めた。


「ビヨンデッタ」の名前は幻想小説の父J・カゾットの『悪魔の恋』に由来する。主人公のアルヴァーレは知的好奇心により悪魔ベルゼブブを呼び寄せ、そのベルゼブブは「ビヨンデット」という名の少年として彼に仕えた。やがて「ビヨンデット」は「ビヨンデッタ」という少女となり、アルヴァーレに強く愛を語る。そしてアルヴァーレは苦悩の末にビヨンデッタを愛してしまう。あまりにあっけない結末についてはここで語らない。


ウィリアム・ゴールディングの『蠅の王』は死の象徴として蠅が描かれる。また、理性を凌駕する闘争心は豚の首として表れた。作中でビヨンデッタが豚肉を好んでいるのも、そうした背景による。

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