4.善いいちじくと悪いいちじく

文字数 1,258文字

主よ、あなたがわたしをそそのかし、わたしはそそのかされました。

あなたはわたしを捕まえられました。

あなたの勝ちです。

わたしは一日じゅう、笑いものにされ、人はみな、わたしをあざけります。

エレミヤは神の命により結婚もできぬ身。

一夫多妻制の中、結婚もせずに独身主義を貫けば、笑われるのも当然。

彼はイスラエルの民に向かって偶像崇拝をやめろと言い続けた。

しかしそれは当時にあって少数派。

エレミヤだけが見えもしない神なるものを拝む変人なのさ。

わたしの生まれた日は、呪われた日。

母がわたしを産んだ日は、祝福されなかった。

父に善い知らせをもたらし、

「あなたに男の子が生まれました」と言って、

大いに喜ばせた人は、呪われた者。

なんかどっかで聞いた話やな……。
『ヨブ記』だね。

不幸に見舞われたヨブは己が生まれて来たことを嘆くんだ。

『ヨブ記』第3章3節

滅びよ、わたしが生まれた日。

『男の子が胎に宿った』と言ったその夜も。

エレミヤはヨブと同じくらい、辛い気持ちになったということ。

ヨブに比べれば平気なようにも思えますが……。

やはり妻を娶れぬ侘しさは格別でありましょうか。

ヨブにはちゃんと口うるさい嫁さんがおったからな。
こんな風にエレミヤが不平を言っているのに、

なんとそれに対する回答は一切ない。

エレミヤの不平は無視して、神はバビロンの脅威について預言を授ける。

不平は黙殺か。

神様は正しいんやから、黙って言うこと聞けっちゅうことやな。

まったく、エレミヤは健気だよ。

どれほど辛くとも神の言葉に従い続ける。

それで周囲にどれほど敵を増やそうともね。

彼の周りには多くの自称預言者たちがいた。

それは異教の神バアルの預言者たちだけではない。

なんと神の預言者もそこに含まれ、エレミヤとは反対の預言を行っていた。

ポピュリスト、と呼ばれる連中のことでしょう。

元々は古代ローマにおいて「民衆派」と呼ばれる者たちのことですわ。

それが現代においては「大衆迎合主義者」と蔑まれております。

バビロニアが攻めてくるとか、聞きたないからな。

そんなことあらへん言うてくれる人を支持したなる。

人は自分にとって都合の良いものしか見ない。

それは悲観論者も楽観論者も同じこと。

知識に基づく論理的な結論は往々にして無視されるものさ。

そして神はイスラエルの民を二つに分けると言う。

「善いいちじく」と「悪いいちじく」に。

それは、どういう意味なんやろか。
イスラエルの民がバビロニアに捕囚されるのは確定だ。

しかし全員が連れていかれるわけではない。

そのへんのことは『エズラ記』にもあったよね。

土地に残った連中は、捕囚から戻った民を疎んじておりましたわね。

数十年の時を経て、すっかり文化が変わってしまった様子。

神への信仰を抱き続けたのは捕囚された側だった。

それをふまえてか、神は捕囚された民はまた繁栄を得ると語る。

彼らこそが「善いいちじく」というわけだ。

なるほど。

そんで、残った人らは神様を拝まんくなるから、悪いいちじくか。

その通り。

「彼らはわたしが彼らとその先祖に与えた土地から滅びる」と神は告げる。

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登場人物紹介

【ミカ】(性別:無性 時々 男性)

神様の命令で人々を見守ることになった大天使ミカエル。サタニャエルくんに色々教えてもらう生徒役。ただ何も知らないお馬鹿ではなく、それなりに常識人。特に戦争に関することはなかなか詳しい。無意味な殺戮は嫌うが、戦争そのものは悪と見做さない。ビヨンデッタの作った「ケーキ」にトラウマがある。


(うんちく)

その名は「神に似たるものは誰か」という意味を持つ。ミカエルはMa-Ha-Elと分解され、「偉大なる神」の意味ともされる。天軍の総帥であり、右手に剣を持った姿で描かれる。


聖書において天使の翼に関する記述は無い。その造形はギリシア神話における勝利の女神ニケ(Nike)が由来であると考えられている。


ミカエル、最大の見せ場は新約聖書『ヨハネの黙示録』12である。そこには以下のような記載がある。

「かくて天に戰爭おこれり、ミカエル及びその使たち龍とたたかふ。龍もその使たちも之と戰ひしが、勝つこと能はず、天には、はや其の居る所なかりき。かの大なる龍、すなわち惡魔と呼ばれ、サタンと呼ばれたる全世界をまどはす古き蛇は落され、地に落され、その使たちも共に落されたり。」

おそらくは翼の生えた勝利の女神と、戦争における戦士の姿とが融合され、現代におけるミカエルのイメージを形作ったのであろう。

【サタニャエル】(性別:???)

ミカちゃん一人だと心配なので付いて来た。色んなことに詳しい黒猫。「サタニャエル」を名乗っているが、悪魔サタナエルと同一視されるかは謎。ビヨンデッタから「サマエル」と呼ばれてもおり、そうであれば楽園でイヴを誘惑した蛇であるとも言える。非常に好奇心旺盛で勉強熱心。たまに悪魔っぽいが、基本的には常識的。


(うんちく)

「猫に九生有り」のことわざは、高いところから落ちてもうまく着地してしぶとく生き残る、タフさから来ていると考えられる。何故「九生」なのかは定説は無いが、エジプト神話の猫頭の女神バステトが九つの魂を持っていたことに由来するのではないか、と言われる。そのようにしぶとい猫を殺すには「好奇心」が効果的であるとことわざは言う(「好奇心は猫を殺す」)。つまり人に知恵を与えたサマエルが、その罪によって神の罰を受けることの暗示として、サタニャエルというキャラクタは造られている。


サマエルは「神の悪意」という意味を持つ。12枚の翼を持つことから、堕天使ルシファーとも同一視される。

【ビヨンデッタ】(性別:男性 or 女性)

ミカを「お姉さま」と慕う悪魔の少女。その正体はソロモン72柱序列第1位ともされる魔王ベルゼブブ。ニーチェを好み、強き者が強くある世界こそが最も美しいと考えている。人間を「草」と呼び、その愚鈍さを嘲笑する。


(うんちく)

作中にあるように、ベルゼブブの由来はウガリット神話における豊穣の神バアル・ゼブル。バアルの信仰は旧約聖書において偶像崇拝として忌み嫌われ、度々敵対した。バアル・ゼブルをバアル・ゼブブと読み替えることで、その意味を「気高き主」から「蠅の王」へと貶めた。


「ビヨンデッタ」の名前は幻想小説の父J・カゾットの『悪魔の恋』に由来する。主人公のアルヴァーレは知的好奇心により悪魔ベルゼブブを呼び寄せ、そのベルゼブブは「ビヨンデット」という名の少年として彼に仕えた。やがて「ビヨンデット」は「ビヨンデッタ」という少女となり、アルヴァーレに強く愛を語る。そしてアルヴァーレは苦悩の末にビヨンデッタを愛してしまう。あまりにあっけない結末についてはここで語らない。


ウィリアム・ゴールディングの『蠅の王』は死の象徴として蠅が描かれる。また、理性を凌駕する闘争心は豚の首として表れた。作中でビヨンデッタが豚肉を好んでいるのも、そうした背景による。

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