16.不正な裁判官とやもめ

文字数 1,298文字

「やもめ」という言葉はこれまでにも何度か聞きましてよ。

夫を亡くした女、未亡人のことですわね。

ちなみに逆の、妻を亡くした男のことは「やもお」と申します。

『ルツ記』のルツとかはやもめの代表格やな。

あと、『ユディト記』のユディトもやもめやったわ。

やもめの意味はその通り。

そして同時に、彼女らは弱者の代表格でもある。

それゆえ、律法においてもやもめを保護する記載がある。

『申命記』第10章18節

(神は)孤児や、やもめのために正しい裁きを行い、

在留する者を愛し、食物と衣服を与えてくださる。


『申命記』第24章17節

在留する他国の者や孤児の権利を侵してはならない。

やもめから衣服を質に取ってはならない。

また、やもめに害する行為を罰する記載もあった。
『出エジプト記』第22章21-23節

やもめや孤児を苦しめてはならない。

万一お前が彼を苦しめ、もし彼がわたしに向かって叫ぶなら、

わたしは必ずその叫びを聞く。

わたしは怒りに燃え、剣でお前たちを殺す。

お前たちの妻はやもめになり、子供は孤児となる。

まさに因果応報の掟ですわね。

弱者を苦しめる行為によって、自らの身内を弱者に貶めるという。

さらに情緒的な文章が『シラ書』に見られる。
『シラ書』第35章17-19節

主は孤児の願いをないがしろにされず、やもめの打ち明ける嘆きを聞き届けられる。

やもめの涙が頬を流れているではないか。

彼女の叫びは、涙を流させた者を責めているではないか。

これほどに、やもめとは救うべき弱者であった。

それを踏まえての、イエスのたとえ話だ。

ある町に、神を畏れず、人を人と思わない裁判官がいた。

一人のやもめがいつも彼のところに来て「わたしの敵を裁いてください」と言っていた。

しばらくの間、この裁判官は聞き入れようとしなかった。

なんで聞き入れてくれへんのや?

やもめが困っとるのに。

理由は明確にされていない。

解説によっては、彼はやもめの敵に買収されていたとか言う。

個人的には、単に面倒だっただけじゃないかと思うけどね。

何せ「人を人と思わない」のだから。

裁判官はやがて心の中で思った、

「あのやもめは煩わしいから、裁いてやることにしよう」

それから主は仰せになった、

「この不正な裁判官の言うことを聞きなさい」

しつこく要求することで権利を勝ち取ったのですね。

これは以前に見た、友人に対する執拗な願いと同じですわね。

必要のために繰り返し求めよと仰っていましたでしょう?

確かに、この二つは類似の話として語られるね。

ただ、やもめの話の方が少しばかり剣呑だ。

彼女には「敵」の存在が示されている。

この「敵」とは何か邪悪なもの、人を悩ませ続ける罪である。

ヘブライ語聖書教授のドナルド・W・パリーと作家のジェイ・A・パリー。

二人の共著でそんな風に解釈をしているらしい。

(Understanding the Parables of Jesus Christ 未参照)

罪を免れるためにも、祈りを捧げ続けなあかんってことやな。
抹香臭い話ですこと。
強く祈ること。

そうすれば神は決して放置しない。

ただ、その時がいつかは人の知るところではない。

神が適切と判断した時にそれはなされるというわけだ。

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登場人物紹介

【ミカ】(性別:無性 時々 男性)

神様の命令で人々を見守ることになった大天使ミカエル。サタニャエルくんに色々教えてもらう生徒役。ただ何も知らないお馬鹿ではなく、それなりに常識人。特に戦争に関することはなかなか詳しい。無意味な殺戮は嫌うが、戦争そのものは悪と見做さない。ビヨンデッタの作った「ケーキ」にトラウマがある。


(うんちく)

その名は「神に似たるものは誰か」という意味を持つ。ミカエルはMa-Ha-Elと分解され、「偉大なる神」の意味ともされる。天軍の総帥であり、右手に剣を持った姿で描かれる。


聖書において天使の翼に関する記述は無い。その造形はギリシア神話における勝利の女神ニケ(Nike)が由来であると考えられている。


ミカエル、最大の見せ場は新約聖書『ヨハネの黙示録』12である。そこには以下のような記載がある。

「かくて天に戰爭おこれり、ミカエル及びその使たち龍とたたかふ。龍もその使たちも之と戰ひしが、勝つこと能はず、天には、はや其の居る所なかりき。かの大なる龍、すなわち惡魔と呼ばれ、サタンと呼ばれたる全世界をまどはす古き蛇は落され、地に落され、その使たちも共に落されたり。」

おそらくは翼の生えた勝利の女神と、戦争における戦士の姿とが融合され、現代におけるミカエルのイメージを形作ったのであろう。

【サタニャエル】(性別:???)

ミカちゃん一人だと心配なので付いて来た。色んなことに詳しい黒猫。「サタニャエル」を名乗っているが、悪魔サタナエルと同一視されるかは謎。ビヨンデッタから「サマエル」と呼ばれてもおり、そうであれば楽園でイヴを誘惑した蛇であるとも言える。非常に好奇心旺盛で勉強熱心。たまに悪魔っぽいが、基本的には常識的。


(うんちく)

「猫に九生有り」のことわざは、高いところから落ちてもうまく着地してしぶとく生き残る、タフさから来ていると考えられる。何故「九生」なのかは定説は無いが、エジプト神話の猫頭の女神バステトが九つの魂を持っていたことに由来するのではないか、と言われる。そのようにしぶとい猫を殺すには「好奇心」が効果的であるとことわざは言う(「好奇心は猫を殺す」)。つまり人に知恵を与えたサマエルが、その罪によって神の罰を受けることの暗示として、サタニャエルというキャラクタは造られている。


サマエルは「神の悪意」という意味を持つ。12枚の翼を持つことから、堕天使ルシファーとも同一視される。

【ビヨンデッタ】(性別:男性 or 女性)

ミカを「お姉さま」と慕う悪魔の少女。その正体はソロモン72柱序列第1位ともされる魔王ベルゼブブ。ニーチェを好み、強き者が強くある世界こそが最も美しいと考えている。人間を「草」と呼び、その愚鈍さを嘲笑する。


(うんちく)

作中にあるように、ベルゼブブの由来はウガリット神話における豊穣の神バアル・ゼブル。バアルの信仰は旧約聖書において偶像崇拝として忌み嫌われ、度々敵対した。バアル・ゼブルをバアル・ゼブブと読み替えることで、その意味を「気高き主」から「蠅の王」へと貶めた。


「ビヨンデッタ」の名前は幻想小説の父J・カゾットの『悪魔の恋』に由来する。主人公のアルヴァーレは知的好奇心により悪魔ベルゼブブを呼び寄せ、そのベルゼブブは「ビヨンデット」という名の少年として彼に仕えた。やがて「ビヨンデット」は「ビヨンデッタ」という少女となり、アルヴァーレに強く愛を語る。そしてアルヴァーレは苦悩の末にビヨンデッタを愛してしまう。あまりにあっけない結末についてはここで語らない。


ウィリアム・ゴールディングの『蠅の王』は死の象徴として蠅が描かれる。また、理性を凌駕する闘争心は豚の首として表れた。作中でビヨンデッタが豚肉を好んでいるのも、そうした背景による。

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