10.グノーシス主義

文字数 1,289文字

ところで、サマリアの町にシモンという人がいた。

彼は以前から魔術を行って、サマリアの人々を驚かせ、自分は偉大な者だと称していた。

シモン・マグス(魔術師シモン)と呼ばれる。

彼はグノーシス主義の創始者ではないか、と言われる人物だ。

グノーシス主義なあ。

なんかたまに聞くけど、よう分からへんやつや。

キリスト教にとったら異端扱いのやつやろ?

異端も異端。

これを認めてしまえば2000年の教えが吹っ飛ぶ話でしてよ。

グノーシス主義はとても複雑だけれど、ここではシモンに絡む神話を見てみよう。

始まりの神はまず思考した。

この思考はエンノイアという女性として存在したんだ。

思考、エンノイアが最初にあったんやな。

これは「はじめに言葉ありき」って聖書の話とも通じてるな。

ではその「思考」とはいったい、何を考えたのか。

神は天使を作ろうと考えたんだ。

そして天の国における下層域に天使たちが生み出された。

しかし天使たちは神に嫉妬する。

そして世界を創造し、エンノイアをそこに封じ込めてしまった。

天使の名はデミウルゴ、またの名は無知なる神ヤルダバオト。

愚かなる神サクラス、盲目の神サマエルという呼び名もある。

サマエル? どこかで聞いた名ですわね。
猫違いじゃにゃいかにゃ?
いやいや、待ってや。

世界を創造したって、それは神様の仕事やろ?

デミウルゴとかが出てくる話とちゃうはずや。

その神が実は偽物だったとしたら?

いったい人の身で、誰がそれを見抜けると思う?

神の奇跡が悪魔の所業でないとどうやって証明する?

そんなん、うちがいくらでも証明したるわ。

なんせエデンの園からの付き合いやからな。

天使が悪意を持って嘘をついているかもしれない。

どうあがいたところで客観的な証拠なんか出せやしない。

ううっ……、そないいけずなこと言わんでも。
エンノイアは女性の体に封じ込められ、天の国へと戻れなくなってしまった。

死んでも繰り返し転生し、そのたびに苦しい思いをしてきた。

そしてヘレンという名の奴隷、売春婦となっていた。

そんなヘレンを助けるため、神はシモン・マグスの姿を持って降臨したのさ。

まさしく、迷える子羊を救いに来たというわけだ。

イエスが神の子であるのに対し、シモンは神そのもの。

しかも『創世記』から続く価値観をひっくり返す思想を持つ。

これはとんだ劇薬ですわね。

なかなかとんでもない話だけれど、『使徒言行録』には全く書かれていない話だ。

むしろシモンは十二使徒のフィリポに感銘を受けて洗礼を受ける。

その時、シモンはペトロから聖霊を授ける権威を金で買おうとした。

するとペトロは激怒した、という流れになっている。

神そのものかと思いきや、随分と小者扱いされておりますこと。
新約聖書外典だと、もっと激しいやり取りがある。

例えば『ペトロ行伝』では、シモンは自身が神であることを示すために空を飛ぶ。

しかしペトロが神に祈ってそれを阻止すると、シモンは落下して死んでしまった。

てか、空は飛べたんやな。

めっちゃすごいやんか。

『使徒言行録』だとただ謝って終わるけどね。
ペトロはシモンに「神の賜物」は得られないと言った。

シモンは悔い改めて、ペトロに祈りを願った。

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登場人物紹介

【ミカ】(性別:無性 時々 男性)

神様の命令で人々を見守ることになった大天使ミカエル。サタニャエルくんに色々教えてもらう生徒役。ただ何も知らないお馬鹿ではなく、それなりに常識人。特に戦争に関することはなかなか詳しい。無意味な殺戮は嫌うが、戦争そのものは悪と見做さない。ビヨンデッタの作った「ケーキ」にトラウマがある。


(うんちく)

その名は「神に似たるものは誰か」という意味を持つ。ミカエルはMa-Ha-Elと分解され、「偉大なる神」の意味ともされる。天軍の総帥であり、右手に剣を持った姿で描かれる。


聖書において天使の翼に関する記述は無い。その造形はギリシア神話における勝利の女神ニケ(Nike)が由来であると考えられている。


ミカエル、最大の見せ場は新約聖書『ヨハネの黙示録』12である。そこには以下のような記載がある。

「かくて天に戰爭おこれり、ミカエル及びその使たち龍とたたかふ。龍もその使たちも之と戰ひしが、勝つこと能はず、天には、はや其の居る所なかりき。かの大なる龍、すなわち惡魔と呼ばれ、サタンと呼ばれたる全世界をまどはす古き蛇は落され、地に落され、その使たちも共に落されたり。」

おそらくは翼の生えた勝利の女神と、戦争における戦士の姿とが融合され、現代におけるミカエルのイメージを形作ったのであろう。

【サタニャエル】(性別:???)

ミカちゃん一人だと心配なので付いて来た。色んなことに詳しい黒猫。「サタニャエル」を名乗っているが、悪魔サタナエルと同一視されるかは謎。ビヨンデッタから「サマエル」と呼ばれてもおり、そうであれば楽園でイヴを誘惑した蛇であるとも言える。非常に好奇心旺盛で勉強熱心。たまに悪魔っぽいが、基本的には常識的。


(うんちく)

「猫に九生有り」のことわざは、高いところから落ちてもうまく着地してしぶとく生き残る、タフさから来ていると考えられる。何故「九生」なのかは定説は無いが、エジプト神話の猫頭の女神バステトが九つの魂を持っていたことに由来するのではないか、と言われる。そのようにしぶとい猫を殺すには「好奇心」が効果的であるとことわざは言う(「好奇心は猫を殺す」)。つまり人に知恵を与えたサマエルが、その罪によって神の罰を受けることの暗示として、サタニャエルというキャラクタは造られている。


サマエルは「神の悪意」という意味を持つ。12枚の翼を持つことから、堕天使ルシファーとも同一視される。

【ビヨンデッタ】(性別:男性 or 女性)

ミカを「お姉さま」と慕う悪魔の少女。その正体はソロモン72柱序列第1位ともされる魔王ベルゼブブ。ニーチェを好み、強き者が強くある世界こそが最も美しいと考えている。人間を「草」と呼び、その愚鈍さを嘲笑する。


(うんちく)

作中にあるように、ベルゼブブの由来はウガリット神話における豊穣の神バアル・ゼブル。バアルの信仰は旧約聖書において偶像崇拝として忌み嫌われ、度々敵対した。バアル・ゼブルをバアル・ゼブブと読み替えることで、その意味を「気高き主」から「蠅の王」へと貶めた。


「ビヨンデッタ」の名前は幻想小説の父J・カゾットの『悪魔の恋』に由来する。主人公のアルヴァーレは知的好奇心により悪魔ベルゼブブを呼び寄せ、そのベルゼブブは「ビヨンデット」という名の少年として彼に仕えた。やがて「ビヨンデット」は「ビヨンデッタ」という少女となり、アルヴァーレに強く愛を語る。そしてアルヴァーレは苦悩の末にビヨンデッタを愛してしまう。あまりにあっけない結末についてはここで語らない。


ウィリアム・ゴールディングの『蠅の王』は死の象徴として蠅が描かれる。また、理性を凌駕する闘争心は豚の首として表れた。作中でビヨンデッタが豚肉を好んでいるのも、そうした背景による。

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