8.盲人セリドニアス

エピソード文字数 1,225文字

さて、イエスは通りがかりに、生まれつき目が見えない人をご覧になった。

弟子たちはイエスに尋ねて言った、

「ラビ、この人が生まれつき目が見えないのは、誰が罪を犯したからですか。

この人ですか。それともこの人の両親ですか」。

盲人の名は聖書に記されていない。

東方正教会やカトリックでは伝統的にセリドニアスと呼ばれている。

生まれながらの盲人を前にして、弟子たちは罪のありかを問うた。

病などの苦しみは罪によるものという因果応報の価値観だね。

そんなん言うたかて、何も悪いことしとらんでも病気にはなるやろ。

セリドニアスも、その両親にも罪があるとは限らへん。

そうだね。

イエスもセリドニアスとその両親に罪は無いと答えたんだ。

むしろ、神の業(わざ)が彼のうちに現れるためと言った。

神のパフォーマンスのために、盲人にされたと?
ひどい言い方だけど外れてはいないかもしれない。

18世紀の聖書学者ジョン・ギルもこれを「奇跡の機会」と表現した。

盲人を癒やす行為はイエスの神性を示すものだとね。

わたしをお遣わしになった方の業(わざ)を、

わたしたちはまだ日のあるうちに行わなければならない。

誰も働くことのできない夜が来る。

世にいる間、わたしは世の光である。

イエスはこう語って、地面に唾を吐いて泥を作り、盲人の目に塗った。
ばっちぃ……。
いやいや、あかんあかん。

イエス様の唾液やからな、汚いわけあらへん。

そこは素直に汚いと仰っていただいてもよろしくてよ、お姉さま。
唾を吐くという行為には呪術的な側面もある。

ギリシア神話にポリュイードスという占い師がいた。

彼はクレタ王ミノスの子グラウコスを蘇生させたとされる。

ミノスは感心して、グラウコスに予言の術を教えるよう頼んだ。

教えるまでクレタ島を出ることを許さないというので、仕方なくその術を教えた。

しかしその後、ポリュイードスはグラウコスに、自分の口めがけて唾を吐くよう命じた。

グラウコスがそれに従うと、教わったことを全て忘れてしまったという。

予言の術は大事な商売道具やからな。

そうやすやすと教えるわけにはいかんのやろ。

唾を吐くという場面は『日本書紀』にも、一説として書かれている。

ニニギノミコトがイワナガヒメを「醜い」という理由で追い払った時のことだ。

イワナガヒメは恨んで唾を吐き、泣いて、人は木の花のように移ろい衰えると言った。

ゆえに人の寿命は短くなったという伝説だね。

オオヤマツミの娘、コノハナサクヤヒメとイワナガヒメ。

両名はそれぞれ繁栄と長寿を表す存在ですわね。

しかしニニギノミコトは美人のコノハナサクヤヒメだけで良いと言った。

まったく、外見に惑わされる愚かな男ですこと。

ともあれ、イエスの作った泥は奇跡を起こす。

塗られた泥を洗い流すと、彼は目が見えるようになった。

イエス様は「世の光」や。

暗闇に苦しんでた盲人に光を与える存在なんやな。

これもまた何かのたとえのような印象を受けるね。

迷い苦しむ人々に道を照らす、そういう存在だと示しているようだ。

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登場人物紹介

【ミカ】(性別:無性 時々 男性)

神様の命令で人々を見守ることになった大天使ミカエル。サタニャエルくんに色々教えてもらう生徒役。ただ何も知らないお馬鹿ではなく、それなりに常識人。特に戦争に関することはなかなか詳しい。無意味な殺戮は嫌うが、戦争そのものは悪と見做さない。ビヨンデッタの作った「ケーキ」にトラウマがある。


(うんちく)

その名は「神に似たるものは誰か」という意味を持つ。ミカエルはMa-Ha-Elと分解され、「偉大なる神」の意味ともされる。天軍の総帥であり、右手に剣を持った姿で描かれる。


聖書において天使の翼に関する記述は無い。その造形はギリシア神話における勝利の女神ニケ(Nike)が由来であると考えられている。


ミカエル、最大の見せ場は新約聖書『ヨハネの黙示録』12である。そこには以下のような記載がある。

「かくて天に戰爭おこれり、ミカエル及びその使たち龍とたたかふ。龍もその使たちも之と戰ひしが、勝つこと能はず、天には、はや其の居る所なかりき。かの大なる龍、すなわち惡魔と呼ばれ、サタンと呼ばれたる全世界をまどはす古き蛇は落され、地に落され、その使たちも共に落されたり。」

おそらくは翼の生えた勝利の女神と、戦争における戦士の姿とが融合され、現代におけるミカエルのイメージを形作ったのであろう。

【サタニャエル】(性別:???)

ミカちゃん一人だと心配なので付いて来た。色んなことに詳しい黒猫。「サタニャエル」を名乗っているが、悪魔サタナエルと同一視されるかは謎。ビヨンデッタから「サマエル」と呼ばれてもおり、そうであれば楽園でイヴを誘惑した蛇であるとも言える。非常に好奇心旺盛で勉強熱心。たまに悪魔っぽいが、基本的には常識的。


(うんちく)

「猫に九生有り」のことわざは、高いところから落ちてもうまく着地してしぶとく生き残る、タフさから来ていると考えられる。何故「九生」なのかは定説は無いが、エジプト神話の猫頭の女神バステトが九つの魂を持っていたことに由来するのではないか、と言われる。そのようにしぶとい猫を殺すには「好奇心」が効果的であるとことわざは言う(「好奇心は猫を殺す」)。つまり人に知恵を与えたサマエルが、その罪によって神の罰を受けることの暗示として、サタニャエルというキャラクタは造られている。


サマエルは「神の悪意」という意味を持つ。12枚の翼を持つことから、堕天使ルシファーとも同一視される。

【ビヨンデッタ】(性別:男性 or 女性)

ミカを「お姉さま」と慕う悪魔の少女。その正体はソロモン72柱序列第1位ともされる魔王ベルゼブブ。ニーチェを好み、強き者が強くある世界こそが最も美しいと考えている。人間を「草」と呼び、その愚鈍さを嘲笑する。


(うんちく)

作中にあるように、ベルゼブブの由来はウガリット神話における豊穣の神バアル・ゼブル。バアルの信仰は旧約聖書において偶像崇拝として忌み嫌われ、度々敵対した。バアル・ゼブルをバアル・ゼブブと読み替えることで、その意味を「気高き主」から「蠅の王」へと貶めた。


「ビヨンデッタ」の名前は幻想小説の父J・カゾットの『悪魔の恋』に由来する。主人公のアルヴァーレは知的好奇心により悪魔ベルゼブブを呼び寄せ、そのベルゼブブは「ビヨンデット」という名の少年として彼に仕えた。やがて「ビヨンデット」は「ビヨンデッタ」という少女となり、アルヴァーレに強く愛を語る。そしてアルヴァーレは苦悩の末にビヨンデッタを愛してしまう。あまりにあっけない結末についてはここで語らない。


ウィリアム・ゴールディングの『蠅の王』は死の象徴として蠅が描かれる。また、理性を凌駕する闘争心は豚の首として表れた。作中でビヨンデッタが豚肉を好んでいるのも、そうした背景による。

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