1.タルタロス

エピソード文字数 1,438文字

『ペトロの第二の手紙』第2章4節

神は、罪を犯したみ使いたちを容赦なさらず、闇の綱で縛って、

地獄に引き渡し、裁きのために閉じ込められました。

「闇の綱」とか、なんかかっこええやん。

ゲームの必殺技とかになりそうで。

『ペトロの第二の手紙』は、本当に使徒ペトロが書いたのかが強く疑われている。

疑いはけっこう古くて、3世紀頃の歴史家エウセビオスが疑問を述べている。

とは言え、手紙の著者が不明でも、その内容は正当だと考えられた。

そして4世紀頃には広く正典であると言われるようになったんだ。

まあ、その後もあれこれ言われる、いわくつきの正典ではあるけどね。
み使いが地獄に引き渡される……。

つまり、ここでは堕天使について語られているのかしら。

そうだね。

そしてここで言う「地獄」はギリシア語でタルタロス(Tartaros)

新約聖書中、「タルタロス」が使われるのはここだけだ。

『ユダの手紙』に似た文章があるけれど、「地獄」とは書かれていない。

『ユダの手紙』第1章6節

また、主は、自分たちの身分を守らず、

自分たちの住まいを捨てたみ使いたちを、大いなる日の裁きのために、

永遠の鎖につないだまま、暗闇の中に閉じ込められました。

今までなんとなく地獄っぽいとこは表現されとったけど。

はっきり堕天使のおるとこって明示されたんは初めてちゃうか?

地獄に対するイメージがちょっとずつ固まってきとる。

ギリシア神話におけるタルタロスは元は神の名だ。

ガイア(大地)やウラノス(天)のように、空間の意味合いを持っている。

そのタルタロスの場所は、冥界ハデスよりもさらに下だとされている。

それが後世においては地獄として扱われるようになったんだ。

偽典とされる『エノク書』のギリシア語訳でも「タルタロス」は登場する。

第20章2節では大天使ウリエルが世界とタルタロスを統べる者として紹介されている。

タルタロスは広い意味で「地獄」的な意味を持っていたのかしら。

キリスト教の話をしていたのに、急にタルタロスに引き渡されたと言われても。

手紙を受け取った者は困惑するのではなくて?

確かに、せやな。

日本神話でスサノオが「冥界ハデスに行く」とか言い始めたらビビるで。

19世紀の聖書学者アダム・クラークはある種の関連付けだと考えたらしい。

ギリシア神話にはティターン族と呼ばれる神々が存在する。

彼らはティタノマキアと呼ばれる戦争でオリュンポスの神々に敗れた。

その後に、タルタロスへと封印されてしまったんだよ。

そのティターン族は巨人族ともされる。

巨人たちを堕天使になぞらえて表現したのではないかという話さ。

ネフィリムを思い出しますわね。

あれらは巨人で、堕天使であるとも言われていたような。

タルタロスに繋がれたティターンを堕天使と同一視したとか。

ありそうな話ではあるな。

『神統記』713-721(ヘシオドス著/廣川洋一訳)

さて コットス ブリアレオス 合戦に飽くこと知らぬギュゲスは

第一線の者どもに伍し 凄まじい戦闘を惹き起した。

すなわち 彼らは 三百もの巌(いわお)を その頑丈な手から

釣瓶打ちに 間断なく 投げつけて ティタンどもを その矢弾なる

巌で 被いつくし 路広の大地の下に

彼らを送った 辛い縄目で 縛めたのだ

軒昂たる意気の彼らではあったが 腕力でもって撃ち負かして。

この者どもを大地の下へと送ったのだ

天が大地から離れているのと同じほど地のはるかなところに。

というのも 大地から 曖々(あいあい)たるタルタロスまではそれほど遠く隔たっているのだ。

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登場人物紹介

【ミカ】(性別:無性 時々 男性)

神様の命令で人々を見守ることになった大天使ミカエル。サタニャエルくんに色々教えてもらう生徒役。ただ何も知らないお馬鹿ではなく、それなりに常識人。特に戦争に関することはなかなか詳しい。無意味な殺戮は嫌うが、戦争そのものは悪と見做さない。ビヨンデッタの作った「ケーキ」にトラウマがある。


(うんちく)

その名は「神に似たるものは誰か」という意味を持つ。ミカエルはMa-Ha-Elと分解され、「偉大なる神」の意味ともされる。天軍の総帥であり、右手に剣を持った姿で描かれる。


聖書において天使の翼に関する記述は無い。その造形はギリシア神話における勝利の女神ニケ(Nike)が由来であると考えられている。


ミカエル、最大の見せ場は新約聖書『ヨハネの黙示録』12である。そこには以下のような記載がある。

「かくて天に戰爭おこれり、ミカエル及びその使たち龍とたたかふ。龍もその使たちも之と戰ひしが、勝つこと能はず、天には、はや其の居る所なかりき。かの大なる龍、すなわち惡魔と呼ばれ、サタンと呼ばれたる全世界をまどはす古き蛇は落され、地に落され、その使たちも共に落されたり。」

おそらくは翼の生えた勝利の女神と、戦争における戦士の姿とが融合され、現代におけるミカエルのイメージを形作ったのであろう。

【サタニャエル】(性別:???)

ミカちゃん一人だと心配なので付いて来た。色んなことに詳しい黒猫。「サタニャエル」を名乗っているが、悪魔サタナエルと同一視されるかは謎。ビヨンデッタから「サマエル」と呼ばれてもおり、そうであれば楽園でイヴを誘惑した蛇であるとも言える。非常に好奇心旺盛で勉強熱心。たまに悪魔っぽいが、基本的には常識的。


(うんちく)

「猫に九生有り」のことわざは、高いところから落ちてもうまく着地してしぶとく生き残る、タフさから来ていると考えられる。何故「九生」なのかは定説は無いが、エジプト神話の猫頭の女神バステトが九つの魂を持っていたことに由来するのではないか、と言われる。そのようにしぶとい猫を殺すには「好奇心」が効果的であるとことわざは言う(「好奇心は猫を殺す」)。つまり人に知恵を与えたサマエルが、その罪によって神の罰を受けることの暗示として、サタニャエルというキャラクタは造られている。


サマエルは「神の悪意」という意味を持つ。12枚の翼を持つことから、堕天使ルシファーとも同一視される。

【ビヨンデッタ】(性別:男性 or 女性)

ミカを「お姉さま」と慕う悪魔の少女。その正体はソロモン72柱序列第1位ともされる魔王ベルゼブブ。ニーチェを好み、強き者が強くある世界こそが最も美しいと考えている。人間を「草」と呼び、その愚鈍さを嘲笑する。


(うんちく)

作中にあるように、ベルゼブブの由来はウガリット神話における豊穣の神バアル・ゼブル。バアルの信仰は旧約聖書において偶像崇拝として忌み嫌われ、度々敵対した。バアル・ゼブルをバアル・ゼブブと読み替えることで、その意味を「気高き主」から「蠅の王」へと貶めた。


「ビヨンデッタ」の名前は幻想小説の父J・カゾットの『悪魔の恋』に由来する。主人公のアルヴァーレは知的好奇心により悪魔ベルゼブブを呼び寄せ、そのベルゼブブは「ビヨンデット」という名の少年として彼に仕えた。やがて「ビヨンデット」は「ビヨンデッタ」という少女となり、アルヴァーレに強く愛を語る。そしてアルヴァーレは苦悩の末にビヨンデッタを愛してしまう。あまりにあっけない結末についてはここで語らない。


ウィリアム・ゴールディングの『蠅の王』は死の象徴として蠅が描かれる。また、理性を凌駕する闘争心は豚の首として表れた。作中でビヨンデッタが豚肉を好んでいるのも、そうした背景による。

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