3.3本の矢

エピソード文字数 1,196文字

戦国大名毛利元就が息子3人に伝えたっちゅう話や。

1本やと簡単に折れてまう矢も、3本束にしたら容易には折られへん。

そんで3人兄弟仲良うせえよって言いよったんやな。

元就が直接そんな話を伝えたという資料は残っていない。

実際には『三子教訓状』という書状を元にした後世の創作だろうね。

その『三子教訓状』にも「矢」の話は特に出てこない。

おそらく第三条にある文章が元ネタじゃないかな。

「三人之半、少にてもかけこへたても候はゝ、たゝーー三人御滅亡と可被思召候ーー、(中略)一人二人かゝはり候ては、何之用にすへく候哉」

3人の関係は分け隔てのうせんと、皆滅亡してまう、か。

1人や2人では立ち行かん。

しっかり力合わせにゃあならん。

それで?

3本の矢とやらがどうかしまして?

実は類似の話は世界中に存在している。

例えばイソップ寓話の『老人と息子たち(別名:棒の束)』

老人が息子たちに棒の束を折るように言ったけれど、誰も折ることができない。

なら1本なら折れるかと言うと、誰でも折れる。

このことから団結することの重要さを説いたというわけだ。

ちなみに日本だと『3本の棒』という話に変えられている。

これはたぶん、毛利元就の話を混ぜてしまったんだろうね。

時代に合わせた改変はあるだろうけど、ちょっとどうかと思う。

こんな風に、17世紀のイラストでは7人になっている。

原作では人数も明示されていない。

3本程度の棒切れであれば、たやすく折れるのではなくて?
ビヨンデッタなら100本束にしたところで、大して違いあらへんわな。
他には中国五胡十六国時代の阿豺(あさい)という人物がいる。

彼は20人の子たちの前で19本の矢を束ねて折れない様を示した。

单则易折、众则难摧。(dān zé yì zhé,zhòng zé nán cuī。)

これまた、団結を促すお話ですわね。

さらに古くは古代メソポタミアの王、かの有名なギルガメシュの物語。

そこに「三つよりの綱」の話が出てくる。

出たな金ぴか。
ギルガメシュは友人のエンキドゥを誘ってフンババ退治に行こうとする。

その時、エンキドゥを説得するために言ったセリフさ。

「引いている舟は沈まない。三本の綱はだれも切ることができないから」ってね。

そして古代イスラエルにおいて、同じ表現のことわざが表れる。

『コヘレト』第4章12節

もし、襲われたとき、一人なら負けるが、二人ならともに立ち向かうことができる。

「三本縒(よ)りの紐は、たやすくは切れない」。

ここでは「孤独」について語られている。

一人ぼっちは不幸で、助け合う仲間が必要と言うのさ。

一人で生きられぬ弱者はそうでしょうとも。

せいぜい群れて生きるがよろしい。

仲間もなく、子もなく、兄弟もいない、一人ぼっちの人がいる。

それでも彼の労苦は尽きず、その目は富に飽くことがない。

「誰のために労苦するのか。どうして自分を楽しませないのか」。

これもまた空しく、哀れなことだ。

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登場人物紹介

【ミカ】(性別:無性 時々 男性)

神様の命令で人々を見守ることになった大天使ミカエル。サタニャエルくんに色々教えてもらう生徒役。ただ何も知らないお馬鹿ではなく、それなりに常識人。特に戦争に関することはなかなか詳しい。無意味な殺戮は嫌うが、戦争そのものは悪と見做さない。ビヨンデッタの作った「ケーキ」にトラウマがある。


(うんちく)

その名は「神に似たるものは誰か」という意味を持つ。ミカエルはMa-Ha-Elと分解され、「偉大なる神」の意味ともされる。天軍の総帥であり、右手に剣を持った姿で描かれる。


聖書において天使の翼に関する記述は無い。その造形はギリシア神話における勝利の女神ニケ(Nike)が由来であると考えられている。


ミカエル、最大の見せ場は新約聖書『ヨハネの黙示録』12である。そこには以下のような記載がある。

「かくて天に戰爭おこれり、ミカエル及びその使たち龍とたたかふ。龍もその使たちも之と戰ひしが、勝つこと能はず、天には、はや其の居る所なかりき。かの大なる龍、すなわち惡魔と呼ばれ、サタンと呼ばれたる全世界をまどはす古き蛇は落され、地に落され、その使たちも共に落されたり。」

おそらくは翼の生えた勝利の女神と、戦争における戦士の姿とが融合され、現代におけるミカエルのイメージを形作ったのであろう。

【サタニャエル】(性別:???)

ミカちゃん一人だと心配なので付いて来た。色んなことに詳しい黒猫。「サタニャエル」を名乗っているが、悪魔サタナエルと同一視されるかは謎。ビヨンデッタから「サマエル」と呼ばれてもおり、そうであれば楽園でイヴを誘惑した蛇であるとも言える。非常に好奇心旺盛で勉強熱心。たまに悪魔っぽいが、基本的には常識的。


(うんちく)

「猫に九生有り」のことわざは、高いところから落ちてもうまく着地してしぶとく生き残る、タフさから来ていると考えられる。何故「九生」なのかは定説は無いが、エジプト神話の猫頭の女神バステトが九つの魂を持っていたことに由来するのではないか、と言われる。そのようにしぶとい猫を殺すには「好奇心」が効果的であるとことわざは言う(「好奇心は猫を殺す」)。つまり人に知恵を与えたサマエルが、その罪によって神の罰を受けることの暗示として、サタニャエルというキャラクタは造られている。


サマエルは「神の悪意」という意味を持つ。12枚の翼を持つことから、堕天使ルシファーとも同一視される。

【ビヨンデッタ】(性別:男性 or 女性)

ミカを「お姉さま」と慕う悪魔の少女。その正体はソロモン72柱序列第1位ともされる魔王ベルゼブブ。ニーチェを好み、強き者が強くある世界こそが最も美しいと考えている。人間を「草」と呼び、その愚鈍さを嘲笑する。


(うんちく)

作中にあるように、ベルゼブブの由来はウガリット神話における豊穣の神バアル・ゼブル。バアルの信仰は旧約聖書において偶像崇拝として忌み嫌われ、度々敵対した。バアル・ゼブルをバアル・ゼブブと読み替えることで、その意味を「気高き主」から「蠅の王」へと貶めた。


「ビヨンデッタ」の名前は幻想小説の父J・カゾットの『悪魔の恋』に由来する。主人公のアルヴァーレは知的好奇心により悪魔ベルゼブブを呼び寄せ、そのベルゼブブは「ビヨンデット」という名の少年として彼に仕えた。やがて「ビヨンデット」は「ビヨンデッタ」という少女となり、アルヴァーレに強く愛を語る。そしてアルヴァーレは苦悩の末にビヨンデッタを愛してしまう。あまりにあっけない結末についてはここで語らない。


ウィリアム・ゴールディングの『蠅の王』は死の象徴として蠅が描かれる。また、理性を凌駕する闘争心は豚の首として表れた。作中でビヨンデッタが豚肉を好んでいるのも、そうした背景による。

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