9.ゲダルヤとイシュマエル

文字数 1,192文字

エルサレムは滅びたけれど、イスラエル人は生き残った。

そのうちの多くがバビロニアに連れていかれた。

けれど、エルサレムの近くに居を構えた人たちもいる。

そうした人たちを統治したのがゲダルヤ。

親バビロニア派のヘブライ人だ。

部下たちとともに野にいた軍隊の隊長たちはみな、

バビロンの王がアヒカムの子ゲダルヤにその地を委ね、

捕囚としてバビロンへ移送されなかった、

この地の貧しい民である、男、女、子供を彼に委ねたことを聞いた。

野にいた軍隊?

エルサレムとは別んとこで戦ってたってことやろか。

彼らはおそらく、逃げた兵士たちだ。

『エレミヤ書』の付記にそのような記述がある。

『エレミヤ書』第52章8節

カルデア軍は王の後を追い、エリコの平原でゼデキヤに追いついた。

王の軍隊はみな、王を捨てて散り散りになった。

忠義は無いんか。

まったくけしからん連中やな。

命あっての物種さ。

基本的に兵隊には逃亡が付き物だ。

かのナポレオンが散兵戦術で勝利できたのも、愛国心あってのことだと言う。

それが無ければ兵を散らせばさっさと逃げられてしまうわけだ。

ゆえにさして責められるほどのこともなし。

当時としては当たり前の感覚の連中が生き残っただけのこと。

そして敗戦国の民としてみじめに暮らすのでしょう。

エルサレムは荒廃した土地ですぐに住めるものでもない。

城の再建はバビロン捕囚が終わった後のことだ。

ゲダルヤはミツパという町を統治した。

エルサレムのすぐ北。

現代の、テル・エン・ナズベと呼ばれる地が、ミツパだと言われている。

負けたにせよ、しばらくは戦争も無しやな。

ゲダルヤがうまいこと治めてくれたらええんやけど。

そううまくいかないのが世の中さ。

ゲダルヤの統治を快く思わない人物がいた。

イシュマエルという、ユダ王族の生き残りだ。

敗北を認められずにあがく……。

嫌いではありません。

しかし、己の分を弁えぬ者に未来などあろうはずもなし。

不幸な結末が目に見えております。

ネタンヤの子イシュマエルが十人の部下を連れ、ゲダルヤのもとに来た。

そこで食事をともにしたとき、部下たちがゲダルヤを剣で打ち殺した。

やりおったな。

バビロニアに負けて悔しいんは分かる。

せやけど、同族殺しは筋が違うやろ。

いつの世も、まず倒すべきは「裏切者」ということでしょう。

しかし、現状の見えていない愚か者がよく口にする言葉な気もいたしますわ。

イシュマエルはゲダルヤだけでなく、カルデアの兵士たちも殺した。

その後、ミツパの民を連れて、アンモン王の下に連れ去ろうとする。

しかしそれについてはカレアの子ヨハナンの追撃にあって断念した。

結局、ゲダルヤは多くの人を殺すだけ殺して、アンモンに逃げて終わる。

それで世の大勢に影響があるわけでもない。

王族として身勝手な振る舞いと言わざるを得ない。

当人には大義でもあったのかもしれません。

しかし結果どころか過程を見ても、褒めるところの無い有様ですわね。

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登場人物紹介

【ミカ】(性別:無性 時々 男性)

神様の命令で人々を見守ることになった大天使ミカエル。サタニャエルくんに色々教えてもらう生徒役。ただ何も知らないお馬鹿ではなく、それなりに常識人。特に戦争に関することはなかなか詳しい。無意味な殺戮は嫌うが、戦争そのものは悪と見做さない。ビヨンデッタの作った「ケーキ」にトラウマがある。


(うんちく)

その名は「神に似たるものは誰か」という意味を持つ。ミカエルはMa-Ha-Elと分解され、「偉大なる神」の意味ともされる。天軍の総帥であり、右手に剣を持った姿で描かれる。


聖書において天使の翼に関する記述は無い。その造形はギリシア神話における勝利の女神ニケ(Nike)が由来であると考えられている。


ミカエル、最大の見せ場は新約聖書『ヨハネの黙示録』12である。そこには以下のような記載がある。

「かくて天に戰爭おこれり、ミカエル及びその使たち龍とたたかふ。龍もその使たちも之と戰ひしが、勝つこと能はず、天には、はや其の居る所なかりき。かの大なる龍、すなわち惡魔と呼ばれ、サタンと呼ばれたる全世界をまどはす古き蛇は落され、地に落され、その使たちも共に落されたり。」

おそらくは翼の生えた勝利の女神と、戦争における戦士の姿とが融合され、現代におけるミカエルのイメージを形作ったのであろう。

【サタニャエル】(性別:???)

ミカちゃん一人だと心配なので付いて来た。色んなことに詳しい黒猫。「サタニャエル」を名乗っているが、悪魔サタナエルと同一視されるかは謎。ビヨンデッタから「サマエル」と呼ばれてもおり、そうであれば楽園でイヴを誘惑した蛇であるとも言える。非常に好奇心旺盛で勉強熱心。たまに悪魔っぽいが、基本的には常識的。


(うんちく)

「猫に九生有り」のことわざは、高いところから落ちてもうまく着地してしぶとく生き残る、タフさから来ていると考えられる。何故「九生」なのかは定説は無いが、エジプト神話の猫頭の女神バステトが九つの魂を持っていたことに由来するのではないか、と言われる。そのようにしぶとい猫を殺すには「好奇心」が効果的であるとことわざは言う(「好奇心は猫を殺す」)。つまり人に知恵を与えたサマエルが、その罪によって神の罰を受けることの暗示として、サタニャエルというキャラクタは造られている。


サマエルは「神の悪意」という意味を持つ。12枚の翼を持つことから、堕天使ルシファーとも同一視される。

【ビヨンデッタ】(性別:男性 or 女性)

ミカを「お姉さま」と慕う悪魔の少女。その正体はソロモン72柱序列第1位ともされる魔王ベルゼブブ。ニーチェを好み、強き者が強くある世界こそが最も美しいと考えている。人間を「草」と呼び、その愚鈍さを嘲笑する。


(うんちく)

作中にあるように、ベルゼブブの由来はウガリット神話における豊穣の神バアル・ゼブル。バアルの信仰は旧約聖書において偶像崇拝として忌み嫌われ、度々敵対した。バアル・ゼブルをバアル・ゼブブと読み替えることで、その意味を「気高き主」から「蠅の王」へと貶めた。


「ビヨンデッタ」の名前は幻想小説の父J・カゾットの『悪魔の恋』に由来する。主人公のアルヴァーレは知的好奇心により悪魔ベルゼブブを呼び寄せ、そのベルゼブブは「ビヨンデット」という名の少年として彼に仕えた。やがて「ビヨンデット」は「ビヨンデッタ」という少女となり、アルヴァーレに強く愛を語る。そしてアルヴァーレは苦悩の末にビヨンデッタを愛してしまう。あまりにあっけない結末についてはここで語らない。


ウィリアム・ゴールディングの『蠅の王』は死の象徴として蠅が描かれる。また、理性を凌駕する闘争心は豚の首として表れた。作中でビヨンデッタが豚肉を好んでいるのも、そうした背景による。

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