10.執拗な願い

エピソード文字数 1,422文字

本題に入る前にまず、イスラエルのもてなしの文化について見ておこう。

イスラエル、というより中東近辺における旅人を歓待する習慣かな。

漫画とかアニメでもたまに見るなあ。

旅人はよその情報を持ってきてくれる貴重な存在やろ。

映画『BLAME!』で霧亥が訪れた村でも、おやっさんがそう言っとったわ。

おやっさん……。
『出エジプト記』第2章20節

(ファラオから逃れたモーセが、祭司レウエルの娘を手助けした後の場面)

父は娘たちに言った、

「その方はどこにおられるのか。置き去りにしてくるとは何事か。

その方を呼んできて食事を差し上げなさい」。

旅人をもてなす風習はこんな風に聖書にも描かれている。

もてなしを忘れた娘に対し「何事か」とまで言って怒っているね。

ええんやで。

人間、失敗を積み重ねて成長していくんやからな。

『テトスへの手紙』第1章8節

(使徒パウロがテトスに向けて宣教師たるものの教えを説く)

かえって、人を厚くもてなし、善を愛し、思慮深く、正しく、信心深く、自分を制し、

こちらはイエスの復活よりも後の時代ですわね。

ここで「人を厚くもてなし」と言うのが歓待の文化を表している、と。

欽定訳聖書では「歓待の愛(a lover of hospitality)」とされている。

口語訳ではもっと分かりやすく「旅人をもてなし」と訳されているんだ。

『コーラン』第17章(夜の旅の章)26節

近親者に当然与えるべきものは与えよ。

貧者と旅人にも。しかし濫費(らんぴ)してはならない。

自分の身近な者だけではなく、貧しい者や旅の者にも分け与えよと。

旅人の歓待は、ユダヤ、キリスト、イスラエルを通した共通概念ですのね。

ここでそろそろ本題に入ろう。

イエスは弟子たちにむけてまた、たとえ話を持ち出した。

弟子自身に友人がいて、仮に真夜中にその友人を訪問したとする。

急な訪問だ。

当然、その友人には何のもてなしの準備もない。

しかし「朋あり遠方より来る、また楽しからずや」の精神だ。

なんとかもてなすために、友人は別の友人にパン三つを貸してもらいに行く。

とは言え真夜中の訪問が急であることに変わりはない。

パンを貸してくれと頼まれた友人も断るに違いないとイエスは言う。

しかし、執拗に頼めば聞き入れてくれるだろうと言うのさ。

友人だからといって、その人が起きて、貸してくれないかもしれない。

しかしその執拗さに起き出して、必要なものを何でも貸してくれるだろう。

他者の迷惑を顧みずに頼み込めとは。

随分と身勝手な話ではございませんこと?

違いない。

だから僕個人の解釈になるけれど、ここでは願う内容の正当性が前提にあると思う。

旅人の歓待は当然しなければならない文化だ。

そしてそのために他人を頼るとしても、たったのパン三つという謙虚さがある。

たとえで語られはしないけれど、恩を受ければ返しもする。

客観的に見て妥当性のある中で、ようやく「執拗」さが認められるんじゃないかな。

自分勝手な願いをしつこく言い募るのとはわけが違う。

しつこく言うてくれんと、それがどれだけ大事なことか伝わらんかったりするしな。

よく「お前がそこまで言うのなら」みたいな言い回しあるやろ。

それって、そこまで言われんと分からんかったってことやん。

「執拗」って言うと語弊もあるけど。

それが「必要」な場面ってのはあるんちゃうかな。

あれ、うまいこと言うてもうたかな?

求めなさい。そうすれば与えられる。

探しなさい。そうすれば見出す。

たたきなさい。そうすれば開かれる。

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登場人物紹介

【ミカ】(性別:無性 時々 男性)

神様の命令で人々を見守ることになった大天使ミカエル。サタニャエルくんに色々教えてもらう生徒役。ただ何も知らないお馬鹿ではなく、それなりに常識人。特に戦争に関することはなかなか詳しい。無意味な殺戮は嫌うが、戦争そのものは悪と見做さない。ビヨンデッタの作った「ケーキ」にトラウマがある。


(うんちく)

その名は「神に似たるものは誰か」という意味を持つ。ミカエルはMa-Ha-Elと分解され、「偉大なる神」の意味ともされる。天軍の総帥であり、右手に剣を持った姿で描かれる。


聖書において天使の翼に関する記述は無い。その造形はギリシア神話における勝利の女神ニケ(Nike)が由来であると考えられている。


ミカエル、最大の見せ場は新約聖書『ヨハネの黙示録』12である。そこには以下のような記載がある。

「かくて天に戰爭おこれり、ミカエル及びその使たち龍とたたかふ。龍もその使たちも之と戰ひしが、勝つこと能はず、天には、はや其の居る所なかりき。かの大なる龍、すなわち惡魔と呼ばれ、サタンと呼ばれたる全世界をまどはす古き蛇は落され、地に落され、その使たちも共に落されたり。」

おそらくは翼の生えた勝利の女神と、戦争における戦士の姿とが融合され、現代におけるミカエルのイメージを形作ったのであろう。

【サタニャエル】(性別:???)

ミカちゃん一人だと心配なので付いて来た。色んなことに詳しい黒猫。「サタニャエル」を名乗っているが、悪魔サタナエルと同一視されるかは謎。ビヨンデッタから「サマエル」と呼ばれてもおり、そうであれば楽園でイヴを誘惑した蛇であるとも言える。非常に好奇心旺盛で勉強熱心。たまに悪魔っぽいが、基本的には常識的。


(うんちく)

「猫に九生有り」のことわざは、高いところから落ちてもうまく着地してしぶとく生き残る、タフさから来ていると考えられる。何故「九生」なのかは定説は無いが、エジプト神話の猫頭の女神バステトが九つの魂を持っていたことに由来するのではないか、と言われる。そのようにしぶとい猫を殺すには「好奇心」が効果的であるとことわざは言う(「好奇心は猫を殺す」)。つまり人に知恵を与えたサマエルが、その罪によって神の罰を受けることの暗示として、サタニャエルというキャラクタは造られている。


サマエルは「神の悪意」という意味を持つ。12枚の翼を持つことから、堕天使ルシファーとも同一視される。

【ビヨンデッタ】(性別:男性 or 女性)

ミカを「お姉さま」と慕う悪魔の少女。その正体はソロモン72柱序列第1位ともされる魔王ベルゼブブ。ニーチェを好み、強き者が強くある世界こそが最も美しいと考えている。人間を「草」と呼び、その愚鈍さを嘲笑する。


(うんちく)

作中にあるように、ベルゼブブの由来はウガリット神話における豊穣の神バアル・ゼブル。バアルの信仰は旧約聖書において偶像崇拝として忌み嫌われ、度々敵対した。バアル・ゼブルをバアル・ゼブブと読み替えることで、その意味を「気高き主」から「蠅の王」へと貶めた。


「ビヨンデッタ」の名前は幻想小説の父J・カゾットの『悪魔の恋』に由来する。主人公のアルヴァーレは知的好奇心により悪魔ベルゼブブを呼び寄せ、そのベルゼブブは「ビヨンデット」という名の少年として彼に仕えた。やがて「ビヨンデット」は「ビヨンデッタ」という少女となり、アルヴァーレに強く愛を語る。そしてアルヴァーレは苦悩の末にビヨンデッタを愛してしまう。あまりにあっけない結末についてはここで語らない。


ウィリアム・ゴールディングの『蠅の王』は死の象徴として蠅が描かれる。また、理性を凌駕する闘争心は豚の首として表れた。作中でビヨンデッタが豚肉を好んでいるのも、そうした背景による。

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