32.王子の結婚披露宴

エピソード文字数 1,220文字

王子の結婚披露宴もまた一つのたとえ話だ。

天の国について、結婚披露宴をもって説明するんだ。

結婚は人生のいっちゃん輝く瞬間や思う人もおるしな。

そら、天の国を喩えんのにふさわしいとこやで。

わたくしとお姉さまの結婚披露宴は盛大に執り行いましょう。

場所はコキュートスでよろしくて?

ある王が王子のために、結婚の披露宴を催した。

王は披露宴に招いた人々を迎えに、僕(しもべ)たちを遣わしたが、

その人々は来ようとしなかった。

ある者は畑に、ある者は商売に出かけ、他の者たちは王の僕を殺してしまった。

なんでやねん。

来おへんのは構わんとして、殺すとかおかしいやろ。

王は怒って軍隊を出動させた。

そして人殺したちを滅ぼして、町を焼き払ったという。

当然かしら。

王の僕を殺すなど、反逆に等しい行為ですわ。

個人の判断ではなく、町全体の意図と見るのが自然でしてよ。

せやけど招待した人誰も来おへんとか……。

寂しい結婚披露宴になってまうなあ。

こうなっては仕方ない。

寂しい結婚披露宴を開くよりは、とにかく大勢の人を集めてしまおうと考えた。

王は僕たちに言った、

「大通りに行って、誰でもよいから、出会う人を披露宴に招きなさい」。

僕たちは通りに出て、悪人であれ善人であれ集めてきた。

こうして、披露宴は客でいっぱいになった。

ええやん。

賑やかな方が楽しいで。

知らぬ者を大勢集めて行う披露宴ですか。

まるでインドの結婚式のようですわね。

そこに婚礼の礼服をつけていない者がいるのに気づいた。

王は彼に向って、

「友よ、どうして婚礼の礼服をつけずに、ここに入ってきたのか」

と尋ねたが、その人は何も答えなかった。

誰でも言うてかき集めたら、そら礼服着てへん人もおるやろ。
ここでの礼服とは何かが一つのポイントになる。

王は給仕たちに命じて、その礼服をつけていない人を外に放り出させた。

礼服とはつまりイエスの語る正しい神の教え。

従来のユダヤの服を脱ぎ、新しい服に着替えよという比喩表現なのさ。

『イザヤ書』第64章5節

わたしたちはみな、汚れた者のようになり、

正しい行いもみな、汚れた下着のようになっています。

わたしたちはみな、木の葉のように枯れ、

悪行は、風のようにわたしたちを吹き払います。

『イザヤ書』第61章10節

主のことで、わたしは大いに喜び、

わたしたちの神のことで、わたしの心は弾む。

まことに、主はわたしに救いの衣を身につけさせ、

正義のマントをまとわせてくださった。

花婿が栄冠で、

花嫁が宝石で身を飾るように。

ユダヤの教えは汚れた古い衣服。

ゆえにイエス・キリストの「礼服」に着替えよと。

さもなければ披露宴、すなわち天の国から締め出される。

なんと傲慢な物言いかしら。

こうなると対立は決定的だね。

互いに「天の国」についての解釈が大きく異なっている。

まるで違う神を拝んでいるかのようだ。

違う神……。

その話は少々早いのではなくて?

そうだね。

混乱するし、この場はこれで終いとしよう。

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登場人物紹介

【ミカ】(性別:無性 時々 男性)

神様の命令で人々を見守ることになった大天使ミカエル。サタニャエルくんに色々教えてもらう生徒役。ただ何も知らないお馬鹿ではなく、それなりに常識人。特に戦争に関することはなかなか詳しい。無意味な殺戮は嫌うが、戦争そのものは悪と見做さない。ビヨンデッタの作った「ケーキ」にトラウマがある。


(うんちく)

その名は「神に似たるものは誰か」という意味を持つ。ミカエルはMa-Ha-Elと分解され、「偉大なる神」の意味ともされる。天軍の総帥であり、右手に剣を持った姿で描かれる。


聖書において天使の翼に関する記述は無い。その造形はギリシア神話における勝利の女神ニケ(Nike)が由来であると考えられている。


ミカエル、最大の見せ場は新約聖書『ヨハネの黙示録』12である。そこには以下のような記載がある。

「かくて天に戰爭おこれり、ミカエル及びその使たち龍とたたかふ。龍もその使たちも之と戰ひしが、勝つこと能はず、天には、はや其の居る所なかりき。かの大なる龍、すなわち惡魔と呼ばれ、サタンと呼ばれたる全世界をまどはす古き蛇は落され、地に落され、その使たちも共に落されたり。」

おそらくは翼の生えた勝利の女神と、戦争における戦士の姿とが融合され、現代におけるミカエルのイメージを形作ったのであろう。

【サタニャエル】(性別:???)

ミカちゃん一人だと心配なので付いて来た。色んなことに詳しい黒猫。「サタニャエル」を名乗っているが、悪魔サタナエルと同一視されるかは謎。ビヨンデッタから「サマエル」と呼ばれてもおり、そうであれば楽園でイヴを誘惑した蛇であるとも言える。非常に好奇心旺盛で勉強熱心。たまに悪魔っぽいが、基本的には常識的。


(うんちく)

「猫に九生有り」のことわざは、高いところから落ちてもうまく着地してしぶとく生き残る、タフさから来ていると考えられる。何故「九生」なのかは定説は無いが、エジプト神話の猫頭の女神バステトが九つの魂を持っていたことに由来するのではないか、と言われる。そのようにしぶとい猫を殺すには「好奇心」が効果的であるとことわざは言う(「好奇心は猫を殺す」)。つまり人に知恵を与えたサマエルが、その罪によって神の罰を受けることの暗示として、サタニャエルというキャラクタは造られている。


サマエルは「神の悪意」という意味を持つ。12枚の翼を持つことから、堕天使ルシファーとも同一視される。

【ビヨンデッタ】(性別:男性 or 女性)

ミカを「お姉さま」と慕う悪魔の少女。その正体はソロモン72柱序列第1位ともされる魔王ベルゼブブ。ニーチェを好み、強き者が強くある世界こそが最も美しいと考えている。人間を「草」と呼び、その愚鈍さを嘲笑する。


(うんちく)

作中にあるように、ベルゼブブの由来はウガリット神話における豊穣の神バアル・ゼブル。バアルの信仰は旧約聖書において偶像崇拝として忌み嫌われ、度々敵対した。バアル・ゼブルをバアル・ゼブブと読み替えることで、その意味を「気高き主」から「蠅の王」へと貶めた。


「ビヨンデッタ」の名前は幻想小説の父J・カゾットの『悪魔の恋』に由来する。主人公のアルヴァーレは知的好奇心により悪魔ベルゼブブを呼び寄せ、そのベルゼブブは「ビヨンデット」という名の少年として彼に仕えた。やがて「ビヨンデット」は「ビヨンデッタ」という少女となり、アルヴァーレに強く愛を語る。そしてアルヴァーレは苦悩の末にビヨンデッタを愛してしまう。あまりにあっけない結末についてはここで語らない。


ウィリアム・ゴールディングの『蠅の王』は死の象徴として蠅が描かれる。また、理性を凌駕する闘争心は豚の首として表れた。作中でビヨンデッタが豚肉を好んでいるのも、そうした背景による。

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