20.イエスの苦しみ

文字数 1,165文字

十二人の一人で、イスカリオテと呼ばれたユダの中に、サタンが入った。

ユダは金銭を対価とし、イエスを祭司長らに引き渡す機会を狙っていた。

いつものユダの裏切りについてですわね。

しかし、マタイやマルコの福音書と異なり、サタンが入ったと……。

サタニャエル、記憶にありまして?

さて、どうだったかな。

実はユダは少年時代にサタンに取りつかれたとされる話がある。

正典ではなく、外典の『シリア語の幼少期福音書』に書かれている。

この福音書は『トマスによる幼少期福音書』をベースとしていると言われている。

『トマスによる福音書』とは別物だから、混同しないようにね。

ちっちゃい頃からサタンに取りつかれてたんか?

えらい、難儀しよるなあ。

そのサタンに取りつかれた少年ユダは、少年イエスの脇腹を噛んだ。

その脇腹とは、後にイエスが槍で貫かれる箇所だったとも言われている。

なんと。

それでは、イエスとユダは幼馴染だったということかしら。

そうとも言えるね。

そして少年であってもイエスは神の力を宿している。

ユダに入り込んだサタンを追い払ったんだよ。

せっかく追い払ってもろたんに、また取りつかれたっちゅうことか。

ユダさん……。

そして最後の晩餐において裏切りの予告がなされる。

しかし『ルカによる福音書』ではユダを名指しする場面が描かれていない。

その方が自然な気がいたしますわね。

裏切者が名指しされているのに、誰も立ち上がらないのですから。

そして逮捕直前。

舞台はオリーブ山での祈りへと移る。

そこで『マタイ』や『マルコ』には描かれていない場面があるんだ。

『ルカによる福音書』第22章43-44節

すると、み使いが天から現れて、イエスを力づけた。

イエスは苦しみ悶え、さらに熱心に祈られた。

汗が血の滴(しずく)のように大地に滴(したた)り落ちた。

『出エジプト記』の第3章でモーセは神と対話し、苦しみの胸中をさらす。

イエスのこの苦しみもまた同じようなものとして考えられる。

しかし、この箇所は多くの学者にとって議論の的となっているんだ。

どうやら初期の写本ではこの箇所が抜け落ちていたりするらしい。

面白い。

では、この箇所は後から何者かの意図によって挿入されたのかしら。

アメリカの新約聖書学者バート・デントン・アーマンはそう主張している。

これはいわゆるキリスト仮現説に対抗するための文章だと考えたんだ。

仮現説は、イエスは幻のようなもので実在しないという説だね。

もちろん異端とされている。

いやいや、ほんまにおったんやで。

ちゃんと汗も流してますよっていうのを示すためのものか。

他にも色々と可能性は考えられそうかな。

逆に写本で削られたのが復活したということもありうる。

神性を強調すれば幻のようだと言われる。

であればこそ人間らしさも強調しなければならない。

まるで綱渡りのようなバランス感覚が必要ですこと。

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登場人物紹介

【ミカ】(性別:無性 時々 男性)

神様の命令で人々を見守ることになった大天使ミカエル。サタニャエルくんに色々教えてもらう生徒役。ただ何も知らないお馬鹿ではなく、それなりに常識人。特に戦争に関することはなかなか詳しい。無意味な殺戮は嫌うが、戦争そのものは悪と見做さない。ビヨンデッタの作った「ケーキ」にトラウマがある。


(うんちく)

その名は「神に似たるものは誰か」という意味を持つ。ミカエルはMa-Ha-Elと分解され、「偉大なる神」の意味ともされる。天軍の総帥であり、右手に剣を持った姿で描かれる。


聖書において天使の翼に関する記述は無い。その造形はギリシア神話における勝利の女神ニケ(Nike)が由来であると考えられている。


ミカエル、最大の見せ場は新約聖書『ヨハネの黙示録』12である。そこには以下のような記載がある。

「かくて天に戰爭おこれり、ミカエル及びその使たち龍とたたかふ。龍もその使たちも之と戰ひしが、勝つこと能はず、天には、はや其の居る所なかりき。かの大なる龍、すなわち惡魔と呼ばれ、サタンと呼ばれたる全世界をまどはす古き蛇は落され、地に落され、その使たちも共に落されたり。」

おそらくは翼の生えた勝利の女神と、戦争における戦士の姿とが融合され、現代におけるミカエルのイメージを形作ったのであろう。

【サタニャエル】(性別:???)

ミカちゃん一人だと心配なので付いて来た。色んなことに詳しい黒猫。「サタニャエル」を名乗っているが、悪魔サタナエルと同一視されるかは謎。ビヨンデッタから「サマエル」と呼ばれてもおり、そうであれば楽園でイヴを誘惑した蛇であるとも言える。非常に好奇心旺盛で勉強熱心。たまに悪魔っぽいが、基本的には常識的。


(うんちく)

「猫に九生有り」のことわざは、高いところから落ちてもうまく着地してしぶとく生き残る、タフさから来ていると考えられる。何故「九生」なのかは定説は無いが、エジプト神話の猫頭の女神バステトが九つの魂を持っていたことに由来するのではないか、と言われる。そのようにしぶとい猫を殺すには「好奇心」が効果的であるとことわざは言う(「好奇心は猫を殺す」)。つまり人に知恵を与えたサマエルが、その罪によって神の罰を受けることの暗示として、サタニャエルというキャラクタは造られている。


サマエルは「神の悪意」という意味を持つ。12枚の翼を持つことから、堕天使ルシファーとも同一視される。

【ビヨンデッタ】(性別:男性 or 女性)

ミカを「お姉さま」と慕う悪魔の少女。その正体はソロモン72柱序列第1位ともされる魔王ベルゼブブ。ニーチェを好み、強き者が強くある世界こそが最も美しいと考えている。人間を「草」と呼び、その愚鈍さを嘲笑する。


(うんちく)

作中にあるように、ベルゼブブの由来はウガリット神話における豊穣の神バアル・ゼブル。バアルの信仰は旧約聖書において偶像崇拝として忌み嫌われ、度々敵対した。バアル・ゼブルをバアル・ゼブブと読み替えることで、その意味を「気高き主」から「蠅の王」へと貶めた。


「ビヨンデッタ」の名前は幻想小説の父J・カゾットの『悪魔の恋』に由来する。主人公のアルヴァーレは知的好奇心により悪魔ベルゼブブを呼び寄せ、そのベルゼブブは「ビヨンデット」という名の少年として彼に仕えた。やがて「ビヨンデット」は「ビヨンデッタ」という少女となり、アルヴァーレに強く愛を語る。そしてアルヴァーレは苦悩の末にビヨンデッタを愛してしまう。あまりにあっけない結末についてはここで語らない。


ウィリアム・ゴールディングの『蠅の王』は死の象徴として蠅が描かれる。また、理性を凌駕する闘争心は豚の首として表れた。作中でビヨンデッタが豚肉を好んでいるのも、そうした背景による。

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