1.福音書の正典とは何か

文字数 1,418文字

めっちゃ今さらで申し訳ないんやけど。

そもそも「福音書」って何のことなん?

確かに今さらだけど、ちゃんと確認しておかないとね。

古代ギリシア語でエウアンゲリオン(εὐαγγέλιον)と言って、意味は「良い知らせ」だ。

英語のゴスペル(gospel)は古英語のゴッドスペル(godspel)が短くなったものだよ。

では具体的に何が良い知らせなのか。

それは神の国が近づいてくるということの知らせさ。

『マルコによる福音書』第1章14-15節

ヨハネが捕らえられた後、イエスはガリラヤに行き、

神の福音を宣べ伝えて仰せになった、

「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」。

ヨハネが捕らえられた話などは『マタイによる福音書』にもありましてよ。

同じ話を別の福音書で語っているということかしら。

福音書とはすなわち、イエスを通した神と人々との和解、その知らせだ。

聖書の正典として知られる福音書は全部で四つ。

先に見た『マタイによる福音書』、今回見る『マルコによる福音書』

そして『ルカによる福音書』と『ヨハネによる福音書』

そしたら、その四つ全部同じ話っちゅうことか?
基本的な筋は同じだね。

イエスが磔にされないとか、弟子の数が異なるとか、そういうこともない。

ただ、福音書によって書かれている出来事や、描写が異なっていたりする。

そう言えば以前に『ユダの福音書』がどうとか言っていましたわね。

それは正典には含まれておりませんの?

残念ながらね。

『ユダの福音書』は外典の一つとされる。

そもそも正典という概念を持ち出したのは2世紀のマルキオンという人物だ。

彼は『ルカによる福音書』をベースに独自の正典を打ち立てた。

しかし彼は後に異端として強く批判される。

特に有名なのがテルトゥリアヌスで、『マルキオン反駁』という著書がある。

ちょっと過激過ぎたんやろな。

いわゆる「解釈違い」ってやつやで。

池袋でよう聞くわ。

勝手な正典編集をされると困る、と思ったのかもしれない。

教会で正典をまとめる作業が進み、エイレナイオスが四つの福音書と定めたんだ。

それが現代にも続く福音書の正典なんだよ。

しかし何故四つもの福音書を正典と定めたのかしら。

普通、ただ一つのものを正とするのではなくて?

『日本書紀』なども、複数の説は「一書(あるふみ)」としていますわよ。

実はビヨンデッタの言うように、一つだけを正とすべき声はあった。

『マタイ』『マルコ』『ルカ』『ヨハネ』

この四つについても、それぞれ唯一の正典と主張するグループがあった。

しかし最終的には四つと定めた。

これは地上が平面であると考えられていた時代。

大地には四つの隅があり、そこから風が吹くという考えが根底にあるんだ。

『ヨハネの黙示録』第7章1節

その後、わたしは四人のみ使いを見た。

彼らは地の四隅に立って、四方の風をしっかりと押さえ、

地にも海にもどんな樹木にも吹きつけないようにしていた。

四人のみ使いかあ……。

他人事な気ぃせえへんな。

「大地の四つ隅」は現代では慣用句となっていますわね。

「from the four corners of the earth」で「世界各地から」を意味しますわ。

さらに教会建築には四つの柱を用いたという。

こうした理由から福音書の正典は四つと定められた。

その数はそれ以上でもそれ以下でもいけないのさ。

(『Bart Ehrman - Misquoting Jesus』「34 Misquoting Jesus」参照)

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登場人物紹介

【ミカ】(性別:無性 時々 男性)

神様の命令で人々を見守ることになった大天使ミカエル。サタニャエルくんに色々教えてもらう生徒役。ただ何も知らないお馬鹿ではなく、それなりに常識人。特に戦争に関することはなかなか詳しい。無意味な殺戮は嫌うが、戦争そのものは悪と見做さない。ビヨンデッタの作った「ケーキ」にトラウマがある。


(うんちく)

その名は「神に似たるものは誰か」という意味を持つ。ミカエルはMa-Ha-Elと分解され、「偉大なる神」の意味ともされる。天軍の総帥であり、右手に剣を持った姿で描かれる。


聖書において天使の翼に関する記述は無い。その造形はギリシア神話における勝利の女神ニケ(Nike)が由来であると考えられている。


ミカエル、最大の見せ場は新約聖書『ヨハネの黙示録』12である。そこには以下のような記載がある。

「かくて天に戰爭おこれり、ミカエル及びその使たち龍とたたかふ。龍もその使たちも之と戰ひしが、勝つこと能はず、天には、はや其の居る所なかりき。かの大なる龍、すなわち惡魔と呼ばれ、サタンと呼ばれたる全世界をまどはす古き蛇は落され、地に落され、その使たちも共に落されたり。」

おそらくは翼の生えた勝利の女神と、戦争における戦士の姿とが融合され、現代におけるミカエルのイメージを形作ったのであろう。

【サタニャエル】(性別:???)

ミカちゃん一人だと心配なので付いて来た。色んなことに詳しい黒猫。「サタニャエル」を名乗っているが、悪魔サタナエルと同一視されるかは謎。ビヨンデッタから「サマエル」と呼ばれてもおり、そうであれば楽園でイヴを誘惑した蛇であるとも言える。非常に好奇心旺盛で勉強熱心。たまに悪魔っぽいが、基本的には常識的。


(うんちく)

「猫に九生有り」のことわざは、高いところから落ちてもうまく着地してしぶとく生き残る、タフさから来ていると考えられる。何故「九生」なのかは定説は無いが、エジプト神話の猫頭の女神バステトが九つの魂を持っていたことに由来するのではないか、と言われる。そのようにしぶとい猫を殺すには「好奇心」が効果的であるとことわざは言う(「好奇心は猫を殺す」)。つまり人に知恵を与えたサマエルが、その罪によって神の罰を受けることの暗示として、サタニャエルというキャラクタは造られている。


サマエルは「神の悪意」という意味を持つ。12枚の翼を持つことから、堕天使ルシファーとも同一視される。

【ビヨンデッタ】(性別:男性 or 女性)

ミカを「お姉さま」と慕う悪魔の少女。その正体はソロモン72柱序列第1位ともされる魔王ベルゼブブ。ニーチェを好み、強き者が強くある世界こそが最も美しいと考えている。人間を「草」と呼び、その愚鈍さを嘲笑する。


(うんちく)

作中にあるように、ベルゼブブの由来はウガリット神話における豊穣の神バアル・ゼブル。バアルの信仰は旧約聖書において偶像崇拝として忌み嫌われ、度々敵対した。バアル・ゼブルをバアル・ゼブブと読み替えることで、その意味を「気高き主」から「蠅の王」へと貶めた。


「ビヨンデッタ」の名前は幻想小説の父J・カゾットの『悪魔の恋』に由来する。主人公のアルヴァーレは知的好奇心により悪魔ベルゼブブを呼び寄せ、そのベルゼブブは「ビヨンデット」という名の少年として彼に仕えた。やがて「ビヨンデット」は「ビヨンデッタ」という少女となり、アルヴァーレに強く愛を語る。そしてアルヴァーレは苦悩の末にビヨンデッタを愛してしまう。あまりにあっけない結末についてはここで語らない。


ウィリアム・ゴールディングの『蠅の王』は死の象徴として蠅が描かれる。また、理性を凌駕する闘争心は豚の首として表れた。作中でビヨンデッタが豚肉を好んでいるのも、そうした背景による。

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