1.アルファベット詩

文字数 1,709文字

ミカちゃんは、アルファベットって分かるかな?
ABCDEFG~のことか?

そら誰でも知ってるやろ。

その通り。

だけどそれはあくまで英語のアルファベットだ。

ヘブライ文字にも独自のアルファベットがある。

「アルファベット」という言葉それ自体、ギリシア語由来ですわね。

最初の2文字、α(アルファ)とβ(ベータ)の組み合わせですもの。

つまりアルファベットとは単に英語のABCを指すのではない。

フェニキア文字をルーツとする表音文字のことを言うのさ。

まあ、もっと広く文字一般をアルファベットとも呼ぶけどね。

韓国のハングル文字のことを、ハングル・アルファベットとか言ったりする。

ここではヘブライ文字もアルファベットということだけ理解しておこう。

そしてこれがヘブライ語のアルファベット。

ヘブライ語は右から横に読んでいく。

だから右上から順に、アレフ、ベート、ギメル……

全部で22文字だね。

ダレットとレーシュ、見た目ほぼ同じやな。

これは慣れるのに苦労しそうやで。

カタカナのリとソに苦労するようなものかしら。
さて、ヘブライ語のアルファベットは22文字と言ったね。

実は『哀歌』の第1章、第2章、第4章と第5章は全て22節からなる。

第3章だけは66節で構成されているけれど、22の3倍だと分かるね。

へえ、おもろいやん。

なんか意味でもあるんやろか。

詩の技術さ。

『哀歌』はアルファベット詩と言って、アルファベット順の構成になっているんだ。

最初の3節を見てみようか。

(一番右にある最初の文字はアレフ)

אֵיכָה יָשְׁבָה בָדָד, הָעִיר רַבָּתִי עָם--הָיְתָה, כְּאַלְמָנָה; רַבָּתִי בַגּוֹיִם, שָׂרָתִי בַּמְּדִינוֹת--הָיְתָה, לָמַס

ああ、人々で溢れていたこの町が、ひとり寂しく座っている。

国々の間で力をふるっていた者が、やもめのようになってしまった。

諸州の女王も、今は苦役に服する身となった。

(一番右にある最初の文字はベート)

בָּכוֹ תִבְכֶּה בַּלַּיְלָה, וְדִמְעָתָהּ עַל לֶחֱיָהּ--אֵין-לָהּ מְנַחֵם, מִכָּל-אֹהֲבֶיהָ:  כָּל-רֵעֶיהָ בָּגְדוּ בָהּ, הָיוּ לָהּ לְאֹיְבִים

彼女は泣きながら夜を明かし、溢れ出る涙が頬を伝う、

かつて愛したすべての者は、今誰一人慰めず、

その友はみな彼女を裏切り、敵となった。

(一番右にある最初の文字はギメル)

גָּלְתָה יְהוּדָה מֵעֹנִי, וּמֵרֹב עֲבֹדָה--הִיא יָשְׁבָה בַגּוֹיִם, לֹא מָצְאָה מָנוֹחַ; כָּל-רֹדְפֶיהָ הִשִּׂיגוּהָ, בֵּין הַמְּצָרִים

ユダは苦悩ときびしい労役の末に、囚われの身となった。

異国の地に住み、憩うこともできず、

彼女を追う者がみな彼女を苦悩の中に追い詰めた。

つまり、あいうえお作文みたいなもんやな。

ちょっとした言葉遊びやで。

まあ、似たようなもんかな。

第3章は66文字になっているけれど、これは最初の文字を3つずつにしている。

アレフ、アレフ、アレフ、ベート、ベート、ベート……、という具合にね。

実は第5章だけはアルファベット詩になっていない。

それでも22節で、節ごとの終わりがほぼ「ウ」音になるように工夫されている。

日本語では分からないけれど、『哀歌』はとても技巧的な詩なんだよ。

色々と考えるものですわね。

それで、肝心の中身はどのようになっているのかしら。

「エレミヤの哀歌」とも呼ばれ、エルサレムの荒廃、祈りの詩となっている。

具体的には次のような内容となる。

1.エルサレムの荒廃

2.神の怒り

3.作者の悲嘆

4.包囲の悲惨

5.慈悲を乞う祈り

『エレミヤ書』で見て来たのと同じような内容なんやな。

それを詩にして、簡潔かつ情緒的に伝えようとしたってことか。

そういうことだね。

内容的には繰り返しになってしまうから、ここは割愛しよう。

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登場人物紹介

【ミカ】(性別:無性 時々 男性)

神様の命令で人々を見守ることになった大天使ミカエル。サタニャエルくんに色々教えてもらう生徒役。ただ何も知らないお馬鹿ではなく、それなりに常識人。特に戦争に関することはなかなか詳しい。無意味な殺戮は嫌うが、戦争そのものは悪と見做さない。ビヨンデッタの作った「ケーキ」にトラウマがある。


(うんちく)

その名は「神に似たるものは誰か」という意味を持つ。ミカエルはMa-Ha-Elと分解され、「偉大なる神」の意味ともされる。天軍の総帥であり、右手に剣を持った姿で描かれる。


聖書において天使の翼に関する記述は無い。その造形はギリシア神話における勝利の女神ニケ(Nike)が由来であると考えられている。


ミカエル、最大の見せ場は新約聖書『ヨハネの黙示録』12である。そこには以下のような記載がある。

「かくて天に戰爭おこれり、ミカエル及びその使たち龍とたたかふ。龍もその使たちも之と戰ひしが、勝つこと能はず、天には、はや其の居る所なかりき。かの大なる龍、すなわち惡魔と呼ばれ、サタンと呼ばれたる全世界をまどはす古き蛇は落され、地に落され、その使たちも共に落されたり。」

おそらくは翼の生えた勝利の女神と、戦争における戦士の姿とが融合され、現代におけるミカエルのイメージを形作ったのであろう。

【サタニャエル】(性別:???)

ミカちゃん一人だと心配なので付いて来た。色んなことに詳しい黒猫。「サタニャエル」を名乗っているが、悪魔サタナエルと同一視されるかは謎。ビヨンデッタから「サマエル」と呼ばれてもおり、そうであれば楽園でイヴを誘惑した蛇であるとも言える。非常に好奇心旺盛で勉強熱心。たまに悪魔っぽいが、基本的には常識的。


(うんちく)

「猫に九生有り」のことわざは、高いところから落ちてもうまく着地してしぶとく生き残る、タフさから来ていると考えられる。何故「九生」なのかは定説は無いが、エジプト神話の猫頭の女神バステトが九つの魂を持っていたことに由来するのではないか、と言われる。そのようにしぶとい猫を殺すには「好奇心」が効果的であるとことわざは言う(「好奇心は猫を殺す」)。つまり人に知恵を与えたサマエルが、その罪によって神の罰を受けることの暗示として、サタニャエルというキャラクタは造られている。


サマエルは「神の悪意」という意味を持つ。12枚の翼を持つことから、堕天使ルシファーとも同一視される。

【ビヨンデッタ】(性別:男性 or 女性)

ミカを「お姉さま」と慕う悪魔の少女。その正体はソロモン72柱序列第1位ともされる魔王ベルゼブブ。ニーチェを好み、強き者が強くある世界こそが最も美しいと考えている。人間を「草」と呼び、その愚鈍さを嘲笑する。


(うんちく)

作中にあるように、ベルゼブブの由来はウガリット神話における豊穣の神バアル・ゼブル。バアルの信仰は旧約聖書において偶像崇拝として忌み嫌われ、度々敵対した。バアル・ゼブルをバアル・ゼブブと読み替えることで、その意味を「気高き主」から「蠅の王」へと貶めた。


「ビヨンデッタ」の名前は幻想小説の父J・カゾットの『悪魔の恋』に由来する。主人公のアルヴァーレは知的好奇心により悪魔ベルゼブブを呼び寄せ、そのベルゼブブは「ビヨンデット」という名の少年として彼に仕えた。やがて「ビヨンデット」は「ビヨンデッタ」という少女となり、アルヴァーレに強く愛を語る。そしてアルヴァーレは苦悩の末にビヨンデッタを愛してしまう。あまりにあっけない結末についてはここで語らない。


ウィリアム・ゴールディングの『蠅の王』は死の象徴として蠅が描かれる。また、理性を凌駕する闘争心は豚の首として表れた。作中でビヨンデッタが豚肉を好んでいるのも、そうした背景による。

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