1.選ばれた婦人

エピソード文字数 1,694文字

長老のわたしから、選ばれた婦人とその子供たちへ。

わたしはあなた方を本当に愛しています。

わたしだけでなく、真理を知る人はみな、あなた方を愛しています。

『ヨハネの第二の手紙』は節単位で見て最も短い聖書だ。

日本語の聖書でも1ページに収まってしまうくらいにね。


内容的にも特に目新しいことは無い。

隣人愛を持て、反キリストに気を付けろ。

内容的にも量的にも、『ヨハネの第一の手紙』の方が充実している。

そんな中で気を引くのが「選ばれた婦人」についてだ。

この「婦人」がいったい何者なのか、という考察はそれなりに楽しいものだろう。

「考察」があるということは、特定はされていないということかしら。
よくあるやつやな。

名前の無い登場人物は想像を掻き立てよる。

ただ、伝統的な解釈では「婦人」は人ではない。

地方の一教会を擬人化したものだと言われているんだ。

そして「子供たち」はその教会の信者というのさ。

ふむふむ。

そう言われたら、まあそうなんかなて思うわな。

言うてロマンあらへんけど。

「選ばれた婦人」はギリシア語でエクレクテ・キュリア(Eklektē kyria)

そこから「エクレクテ」が名前だと言ったのが2世紀の神学者クレメンスだ。

アレクサンドリアで活躍したから、アレクサンドリアのクレメンスと呼ばれている。

「選ばれた婦人」ではなく「エクレクテ婦人」だったというわけ。

しかし随分強引な話ではなくて?

実際のところ信ぴょう性も高くない。

クレメンスの説は支持されずに別の案が考えられた。

それは「キュリア」を名前とするものだ。

「選ばれた婦人」ではなく「選ばれたキュリア」ってとこかな。

発想が「エクレクテ婦人」と大して変わらんのやないか?
その説を取ったのはアレクサンドリアのアタナシオス。

彼は4世紀頃の神学者で、クレメンスと同じくアレクサンドリアで活躍した。

アレクサンドリアでは「選ばれた婦人」の謎が流行っていたのかしら。
この案も現代ではあまり受け入れられていない。

そもそもキュリアという名前自体がめったに使われていない。

使われていたとしても、手紙の時代よりも後のことだと言われている。

なるほどなあ。

やっぱここは素直に教会の比喩表現ってことで決まりかな。

他には聖母マリアではないかという説まである。

ただヨハネはイエスの磔刑後、聖母マリアと同じ家で暮らしたと言われている。

そうでなかったとしてもご近所さんだったろう。

わざわざ手紙を書く動機はそれほど無さそうだね。

手紙の書かれた時代にマリア様が生きてたかどうかも危ういわな。
人名当てゲームをしたところで、確たる証拠なんか出てこない。

とは言え、「教会」の比喩という解釈が正しいとも言い切れない。

『ヨハネの第三の手紙』にはエクレシア(ekklēsia)という言葉が3回も出てくる。

これはそのまま「教会」という意味の単語だ。

なるほど。

第三の手紙で普通に「教会」と言っている。

では第二の手紙でわざわざ比喩的な表現を使った意図が読めませんわね。

だからここは比喩でも何でもなく、教会のリーダー的な婦人がいたと考えてみよう。

そう語るのは聖書研究者のマーガレット・モウツコ(Margaret Mowczko)女史だ。

ジョージ・フォックス大学のポール・アンダーソン教授も似た見解を持っている。

『ヨハネの第二の手紙』では女性のリーダーシップが示されている。

けれど2代3代と時を経て、男性のリーダーシップによる体制が確立しつつあった。

すると女性リーダーの存在はそぐわない(against the grain)ものになってきたんだ。

「婦人」を「教会」や言うのは、女性リーダーの存在感を薄めたかったってことか?

なんか、みみっちいなあ。

後に女性として見出そうとしても、ことごとく失敗しておりますものね。

そのたびに比喩表現との結論に返っておりますが。

そもそも比喩表現だという理由がどれほどあるのかしら。

確固たる根拠を持ってこれを比喩表現と言えたら楽なんだけどね。

実在の女性を探ろうという動きがあるくらいには曖昧なものだった。

なんとなく誰かが言い始めて、そういうもんだって流れになった……。

そんな話かもしれないね。

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登場人物紹介

【ミカ】(性別:無性 時々 男性)

神様の命令で人々を見守ることになった大天使ミカエル。サタニャエルくんに色々教えてもらう生徒役。ただ何も知らないお馬鹿ではなく、それなりに常識人。特に戦争に関することはなかなか詳しい。無意味な殺戮は嫌うが、戦争そのものは悪と見做さない。ビヨンデッタの作った「ケーキ」にトラウマがある。


(うんちく)

その名は「神に似たるものは誰か」という意味を持つ。ミカエルはMa-Ha-Elと分解され、「偉大なる神」の意味ともされる。天軍の総帥であり、右手に剣を持った姿で描かれる。


聖書において天使の翼に関する記述は無い。その造形はギリシア神話における勝利の女神ニケ(Nike)が由来であると考えられている。


ミカエル、最大の見せ場は新約聖書『ヨハネの黙示録』12である。そこには以下のような記載がある。

「かくて天に戰爭おこれり、ミカエル及びその使たち龍とたたかふ。龍もその使たちも之と戰ひしが、勝つこと能はず、天には、はや其の居る所なかりき。かの大なる龍、すなわち惡魔と呼ばれ、サタンと呼ばれたる全世界をまどはす古き蛇は落され、地に落され、その使たちも共に落されたり。」

おそらくは翼の生えた勝利の女神と、戦争における戦士の姿とが融合され、現代におけるミカエルのイメージを形作ったのであろう。

【サタニャエル】(性別:???)

ミカちゃん一人だと心配なので付いて来た。色んなことに詳しい黒猫。「サタニャエル」を名乗っているが、悪魔サタナエルと同一視されるかは謎。ビヨンデッタから「サマエル」と呼ばれてもおり、そうであれば楽園でイヴを誘惑した蛇であるとも言える。非常に好奇心旺盛で勉強熱心。たまに悪魔っぽいが、基本的には常識的。


(うんちく)

「猫に九生有り」のことわざは、高いところから落ちてもうまく着地してしぶとく生き残る、タフさから来ていると考えられる。何故「九生」なのかは定説は無いが、エジプト神話の猫頭の女神バステトが九つの魂を持っていたことに由来するのではないか、と言われる。そのようにしぶとい猫を殺すには「好奇心」が効果的であるとことわざは言う(「好奇心は猫を殺す」)。つまり人に知恵を与えたサマエルが、その罪によって神の罰を受けることの暗示として、サタニャエルというキャラクタは造られている。


サマエルは「神の悪意」という意味を持つ。12枚の翼を持つことから、堕天使ルシファーとも同一視される。

【ビヨンデッタ】(性別:男性 or 女性)

ミカを「お姉さま」と慕う悪魔の少女。その正体はソロモン72柱序列第1位ともされる魔王ベルゼブブ。ニーチェを好み、強き者が強くある世界こそが最も美しいと考えている。人間を「草」と呼び、その愚鈍さを嘲笑する。


(うんちく)

作中にあるように、ベルゼブブの由来はウガリット神話における豊穣の神バアル・ゼブル。バアルの信仰は旧約聖書において偶像崇拝として忌み嫌われ、度々敵対した。バアル・ゼブルをバアル・ゼブブと読み替えることで、その意味を「気高き主」から「蠅の王」へと貶めた。


「ビヨンデッタ」の名前は幻想小説の父J・カゾットの『悪魔の恋』に由来する。主人公のアルヴァーレは知的好奇心により悪魔ベルゼブブを呼び寄せ、そのベルゼブブは「ビヨンデット」という名の少年として彼に仕えた。やがて「ビヨンデット」は「ビヨンデッタ」という少女となり、アルヴァーレに強く愛を語る。そしてアルヴァーレは苦悩の末にビヨンデッタを愛してしまう。あまりにあっけない結末についてはここで語らない。


ウィリアム・ゴールディングの『蠅の王』は死の象徴として蠅が描かれる。また、理性を凌駕する闘争心は豚の首として表れた。作中でビヨンデッタが豚肉を好んでいるのも、そうした背景による。

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