8.ステファノと「解放された人々」

文字数 1,580文字

キリスト教会は徐々にその勢力を増していた。

そうすると細々とした面で不満が出始める。

こういうのはあらゆる組織に共通することだね。

そこで使徒たちは、執事としての役割を負う者を選ぶことにした。
(会衆は)信仰と聖霊に満ちた人ステファノ、およびフィリポ、プロコロ、

ニカノル、ティモン、パルメア、アンティオキアの改宗者ニコラオを選んで、

使徒たちの前に立たせたので、使徒たちは祈って、彼らの上に手を置いた。

執事言うて、只者ではなさそうやな。

「信仰と聖霊」に満ちてるんやったら、使徒になってもおかしないんちゃうか?

お姉さま、「執事」ですのよ?

只者であろうはずございません。

ビヨンデッタが何を想像したかはさて置いて。

執事と言っても、僕らが普段想像するのとは少し違っているね。

キリスト教における執事はカトリック教会の助祭に相当する。

要するに、司祭の補佐役ってことさ。

会社で言うたら副部長みたいなもんかな。

もちろんイエス様が社長で、使徒らは部長やで。

さて、ステファノは、民の間で素晴らしい不思議な業(わざ)や徴を行っていた。

ところが、いわゆる「解放された人々」の会堂に属する人々、

キレネ人、アレクサンドリア人と、キリキアやアジアからの人々が立ち上がり、

ステファノと議論したが、彼が語る知恵と霊には対抗することができなかった。

「解放された人々」?

ギリシア語ではリベルティノン(Libertinōn)で、解放奴隷ですわね。

そのように呼ばれた会堂、すなわちシナゴーグがあったと?

一般的な解釈ではそうなる。

ローマの将軍ポンペイウスに解放されたユダヤ人奴隷たちの子孫だとね。

そのような境遇だから、信仰に対して熱心だったと考えられている。

しかしそれとは全く異なる推論もある。

「解放された人々」とはリビア人のことではないかというのさ。

リビアはキレネの西に位置する。

そうするとリビア、キレネ、アレクサンドリアは順に東へと線で繋がるんだ。

せやけど、「解放された人々」と「リビア人」やと大違いやで。

もちっと説得力ほしいとこやわ。

ではギリシア語の一文を見てみよう。
synagōgēs tēs legomenēs Libertinōn kai Kyrēnaiōn kai Alexandreōn kai

シナゴーグ・その・呼ばれる・解放奴隷・属する・キレネ人・と・アレクサンドリア人・と

kaiの意味が「属する」と「and」の二つの意味で訳されていますわね。

kaiは他に「足す」といった意味はありますが、「属する」とも言うのかしら。

しかし、解放奴隷とリビア人を書き間違えたとでも?

確かに綴りが似てはいますが、分かりにくいというほどでもございません。

λιβερτινων(Libertinōn):解放奴隷

λιβ     ι ων(Livýon):リビア人

それよりはリベルトゥムという名の町があったと言う解釈の方があり得るかもね。

リベルトゥムという町がどこにあるのかははっきりしないけれど。

この名は411年のカルタゴ教会会議において言及されているらしい。

推論に推論を重ねた結果、解放奴隷ではないという考えもあるということさ。
ややこいなあ……。

でも確かに解放奴隷の子孫と外国人を並べるんは変かもしれへん。

まとめてみんな外国人で、それゆえに熱心な信者やってことの方が分かりやすい。

ちょっと細かい話に深入りしちゃったかな。

ステファノは彼らと議論し、打ち負かしてしまった。

すると彼らは長老や律法学者らを煽動し、ステファノを逮捕させてしまう。

ステファノがモーセと神を冒涜したと言ってね。

相も変わらず、キリスト教徒どもは逮捕されるのがお好きですのね。

「願わくば、我に七難八苦を与えたまえ」と言ったところかしら。

山中鹿之助かな?
最高法院の席に着いていた者はみな、ステファノに目を注いだ。

その顔はあたかもみ使いの顔のように見えた。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

【ミカ】(性別:無性 時々 男性)

神様の命令で人々を見守ることになった大天使ミカエル。サタニャエルくんに色々教えてもらう生徒役。ただ何も知らないお馬鹿ではなく、それなりに常識人。特に戦争に関することはなかなか詳しい。無意味な殺戮は嫌うが、戦争そのものは悪と見做さない。ビヨンデッタの作った「ケーキ」にトラウマがある。


(うんちく)

その名は「神に似たるものは誰か」という意味を持つ。ミカエルはMa-Ha-Elと分解され、「偉大なる神」の意味ともされる。天軍の総帥であり、右手に剣を持った姿で描かれる。


聖書において天使の翼に関する記述は無い。その造形はギリシア神話における勝利の女神ニケ(Nike)が由来であると考えられている。


ミカエル、最大の見せ場は新約聖書『ヨハネの黙示録』12である。そこには以下のような記載がある。

「かくて天に戰爭おこれり、ミカエル及びその使たち龍とたたかふ。龍もその使たちも之と戰ひしが、勝つこと能はず、天には、はや其の居る所なかりき。かの大なる龍、すなわち惡魔と呼ばれ、サタンと呼ばれたる全世界をまどはす古き蛇は落され、地に落され、その使たちも共に落されたり。」

おそらくは翼の生えた勝利の女神と、戦争における戦士の姿とが融合され、現代におけるミカエルのイメージを形作ったのであろう。

【サタニャエル】(性別:???)

ミカちゃん一人だと心配なので付いて来た。色んなことに詳しい黒猫。「サタニャエル」を名乗っているが、悪魔サタナエルと同一視されるかは謎。ビヨンデッタから「サマエル」と呼ばれてもおり、そうであれば楽園でイヴを誘惑した蛇であるとも言える。非常に好奇心旺盛で勉強熱心。たまに悪魔っぽいが、基本的には常識的。


(うんちく)

「猫に九生有り」のことわざは、高いところから落ちてもうまく着地してしぶとく生き残る、タフさから来ていると考えられる。何故「九生」なのかは定説は無いが、エジプト神話の猫頭の女神バステトが九つの魂を持っていたことに由来するのではないか、と言われる。そのようにしぶとい猫を殺すには「好奇心」が効果的であるとことわざは言う(「好奇心は猫を殺す」)。つまり人に知恵を与えたサマエルが、その罪によって神の罰を受けることの暗示として、サタニャエルというキャラクタは造られている。


サマエルは「神の悪意」という意味を持つ。12枚の翼を持つことから、堕天使ルシファーとも同一視される。

【ビヨンデッタ】(性別:男性 or 女性)

ミカを「お姉さま」と慕う悪魔の少女。その正体はソロモン72柱序列第1位ともされる魔王ベルゼブブ。ニーチェを好み、強き者が強くある世界こそが最も美しいと考えている。人間を「草」と呼び、その愚鈍さを嘲笑する。


(うんちく)

作中にあるように、ベルゼブブの由来はウガリット神話における豊穣の神バアル・ゼブル。バアルの信仰は旧約聖書において偶像崇拝として忌み嫌われ、度々敵対した。バアル・ゼブルをバアル・ゼブブと読み替えることで、その意味を「気高き主」から「蠅の王」へと貶めた。


「ビヨンデッタ」の名前は幻想小説の父J・カゾットの『悪魔の恋』に由来する。主人公のアルヴァーレは知的好奇心により悪魔ベルゼブブを呼び寄せ、そのベルゼブブは「ビヨンデット」という名の少年として彼に仕えた。やがて「ビヨンデット」は「ビヨンデッタ」という少女となり、アルヴァーレに強く愛を語る。そしてアルヴァーレは苦悩の末にビヨンデッタを愛してしまう。あまりにあっけない結末についてはここで語らない。


ウィリアム・ゴールディングの『蠅の王』は死の象徴として蠅が描かれる。また、理性を凌駕する闘争心は豚の首として表れた。作中でビヨンデッタが豚肉を好んでいるのも、そうした背景による。

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色