21.アルテミス神殿

文字数 1,419文字

第三回宣教旅行において、パウロはエフェソに来た。

そこには洗礼者ヨハネの洗礼を受けながら、聖霊について知らない人々がいた。

彼らはイエスの名によって洗礼を受けた。

すると聖霊が彼らの上に降り、預言したりするようになったんだ。

そして彼らは12人いたと言う。

12人か。

まるで使徒みたいやな。

聖霊降臨、ペンテコステのミニチュアといったところかしら。
そういう印象付けの効果はあるだろうね。

その後、パウロはエフェソで布教活動を続けた。

それが2年も続くと、徐々に信者を増やすことになった。

しかし、そこである騒動が起こった。

それはギリシアの女神アルテミスに関することだ。

デメトリオという銀細工師がアルテミス神殿の模型を銀で造っていた。

それにより、職人たちに少なからぬ利益を得させていた。

「人間の手で造った神々は、本当の神々ではない」

パウロがそのように言って大勢の人を惑わせているとデメトリオは言った。

このままでは自分たちの仕事の評判が落ち、女神アルテミスの威光が消えてしまう。

彼らは大いに怒り、「偉大なるかな、エフェソ人のアルテミス」と叫んだ。

デメトリオはおそらく職人の親方のようなものかしら。

それなりに大きな模型を作る際に、きっと複数人で作業したのでしょう。

模型を造ることで生計を立てているのに、キリスト教のせいで仕事を失うかもしれない。

それで危機感を抱き、パウロを非難したというのですね。

実際のところ、この危機感はある意味正しかった。

もっと先のことだから彼らに直接は関係しないけれどね。

268年にアルテミス神殿はゲルマン系のゴート族に破壊されてしまう。

後に部分的に再建されたりもした。

けれど、最終的に石材なんかは、他の建物のためにほとんど持って行かれてしまった。

("Ephesus After Antiquity: A Late Antique, Byzantine, and Turkish City" by Clive Foss 参照)

残念やけど、しゃあないな。

そこに暮らす人らが求めへんかったんや。

形あるものはいずれ消えゆくもの。

アルテミスもさほど気にしていない気がいたします。

エフェソのアルテミスだけど、たぶん一般に知られるイメージと違っている。

アルテミスと言えばローマ神話におけるディアナで、月の女神だ。

きっとしなやかで美しい女神の姿を思い浮かべるんじゃないかな。

しかしエフェソのアルテミスは処女神アルテミスとは大きく異なる。

古代アナトリアにおいて崇拝された地母神キュベレーと習合した独特の姿を持つ。

確かに、全然イメージ違うな……。

なんかエフェソのアルテミスの方がごつごつしとる。

多数の乳房がぶら下がっていましてよ。

これでは処女神とは正反対。

母なる大地の女神と言った方がしっくりきますわね。

ここまで違うと、もはや同じアルテミスとは思えないね。

名前だけ同じで、全く別の神を崇めていたんじゃないかという気がするよ。

まあ、どっちにしろユダヤ・キリスト教徒にとっては同じ偶像だ。

異教の神に過ぎない。

とは言え、怒れる職人たちと無駄に争っても仕方ない。

パウロは町の書記官に仲裁してもらうことで、どうにか難を逃れたのさ。

「この人たちは神殿を荒らす者でもなく、女神に冒涜の言葉を吐く者でもない」

「訴え事があるなら、正当な集会で決めてもらうことができる」

「この騒ぎを弁護できる理由がなく、暴動の罪に問われる恐れがある」

このように言って、書記官は集会を解散させた。

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登場人物紹介

【ミカ】(性別:無性 時々 男性)

神様の命令で人々を見守ることになった大天使ミカエル。サタニャエルくんに色々教えてもらう生徒役。ただ何も知らないお馬鹿ではなく、それなりに常識人。特に戦争に関することはなかなか詳しい。無意味な殺戮は嫌うが、戦争そのものは悪と見做さない。ビヨンデッタの作った「ケーキ」にトラウマがある。


(うんちく)

その名は「神に似たるものは誰か」という意味を持つ。ミカエルはMa-Ha-Elと分解され、「偉大なる神」の意味ともされる。天軍の総帥であり、右手に剣を持った姿で描かれる。


聖書において天使の翼に関する記述は無い。その造形はギリシア神話における勝利の女神ニケ(Nike)が由来であると考えられている。


ミカエル、最大の見せ場は新約聖書『ヨハネの黙示録』12である。そこには以下のような記載がある。

「かくて天に戰爭おこれり、ミカエル及びその使たち龍とたたかふ。龍もその使たちも之と戰ひしが、勝つこと能はず、天には、はや其の居る所なかりき。かの大なる龍、すなわち惡魔と呼ばれ、サタンと呼ばれたる全世界をまどはす古き蛇は落され、地に落され、その使たちも共に落されたり。」

おそらくは翼の生えた勝利の女神と、戦争における戦士の姿とが融合され、現代におけるミカエルのイメージを形作ったのであろう。

【サタニャエル】(性別:???)

ミカちゃん一人だと心配なので付いて来た。色んなことに詳しい黒猫。「サタニャエル」を名乗っているが、悪魔サタナエルと同一視されるかは謎。ビヨンデッタから「サマエル」と呼ばれてもおり、そうであれば楽園でイヴを誘惑した蛇であるとも言える。非常に好奇心旺盛で勉強熱心。たまに悪魔っぽいが、基本的には常識的。


(うんちく)

「猫に九生有り」のことわざは、高いところから落ちてもうまく着地してしぶとく生き残る、タフさから来ていると考えられる。何故「九生」なのかは定説は無いが、エジプト神話の猫頭の女神バステトが九つの魂を持っていたことに由来するのではないか、と言われる。そのようにしぶとい猫を殺すには「好奇心」が効果的であるとことわざは言う(「好奇心は猫を殺す」)。つまり人に知恵を与えたサマエルが、その罪によって神の罰を受けることの暗示として、サタニャエルというキャラクタは造られている。


サマエルは「神の悪意」という意味を持つ。12枚の翼を持つことから、堕天使ルシファーとも同一視される。

【ビヨンデッタ】(性別:男性 or 女性)

ミカを「お姉さま」と慕う悪魔の少女。その正体はソロモン72柱序列第1位ともされる魔王ベルゼブブ。ニーチェを好み、強き者が強くある世界こそが最も美しいと考えている。人間を「草」と呼び、その愚鈍さを嘲笑する。


(うんちく)

作中にあるように、ベルゼブブの由来はウガリット神話における豊穣の神バアル・ゼブル。バアルの信仰は旧約聖書において偶像崇拝として忌み嫌われ、度々敵対した。バアル・ゼブルをバアル・ゼブブと読み替えることで、その意味を「気高き主」から「蠅の王」へと貶めた。


「ビヨンデッタ」の名前は幻想小説の父J・カゾットの『悪魔の恋』に由来する。主人公のアルヴァーレは知的好奇心により悪魔ベルゼブブを呼び寄せ、そのベルゼブブは「ビヨンデット」という名の少年として彼に仕えた。やがて「ビヨンデット」は「ビヨンデッタ」という少女となり、アルヴァーレに強く愛を語る。そしてアルヴァーレは苦悩の末にビヨンデッタを愛してしまう。あまりにあっけない結末についてはここで語らない。


ウィリアム・ゴールディングの『蠅の王』は死の象徴として蠅が描かれる。また、理性を凌駕する闘争心は豚の首として表れた。作中でビヨンデッタが豚肉を好んでいるのも、そうした背景による。

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