5.怒りの杯

文字数 1,207文字

実に、イスラエルの神、主はわたしにこう仰せになった、

「この怒りのぶどう酒の杯をわたしの手から受け取り、

わたしがお前を遣わすすべての国にこれを飲ませよ。

こうして国々は、彼らの間でわたしが鞘から抜く剣の前でぶどう酒を飲み、

ふらつき、正気を失うことだろう」。

エレミヤがみんなに酒飲ませて、酔わせてからやっつけようってか?

なんでそんなめんどいことするんやろ。

もちろん、そのままの意味じゃないよ。

怒りの杯は人々の運命を狂わせる象徴となっているのさ。

他にもそうした表現はあるんだ。

『詩編』第75章9節

主の手には杯がある。

混ぜ合わせた苦いぶどう酒が泡立っている。

主をそれを注ぎ、地の悪者はみな澱まで飲まされる。

うえっ。

不味そう。

杯は神の定めし運命の象徴。

悪人は神の怒りを受ける定めとの意図でしょう。

杯は運命かー。

なんとなく『Fate(運命)』シリーズを思い出すなあ。

あれは聖杯を巡る戦いやったわけやし。

そのへんも意図されとるんやろか。

どうだろうね。

語感がいいから決めたとか言われているけれど。

『エレミヤ書』の最終場面にも杯についての記載がある。

少し飛ぶけど、そこだけ見ておこう。

バビロンは、主の手にある、全地を酔わせる金の杯。

諸国の民はそのぶどう酒を飲み、それ故、諸国の民は狂った。

なるほど。

つまり『エレミヤ書』における怒りの杯は、バビロニアのことだと。

諸国の民が狂うのは、バビロニアに攻められることの隠喩かしら。

そういうことかもしれないね。

バビロニアの侵攻は『エレミヤ書』や『イザヤ書』において神の裁きだ。

『イザヤ書』にも杯に関する記載がある。

『イザヤ書』第51章17節

起きよ、起きよ、立ち上がれ、エルサレムよ。

お前は主の手からその憤りの杯を飲み、

酔いを招く杯、酒杯を飲み干した。

酒飲みまくりやな。

こっちが酔ってまいそうや。

酒に酔って失敗することが多かったのかも。

そういう経験が、怒りの杯という表現を生み出した……。

とかだったら面白いね。

そして杯について書かれた最後の箇所は、聖書全体を通しての最終局面。

『ヨハネの黙示録』における一節なんだ。

『ヨハネの黙示録』第16章19節

あの大きな都は三つに割れ、諸国の民の町々は倒壊した。

神は大バビロンを思い起こされた。

ご自分の激しい怒りのぶどう酒の杯を飲ませるためであった。

この大きな都とはどこのことかしら。

いえ、そもそも大バビロンとはバビロニアのことなのかしら。

大バビロンとは大淫婦バビロン。

「悪魔の住むところ」とも称され、金の杯を持つ汚れた女。

女神転生シリーズにおいて、マザー・ハーロットの名で登場する悪魔さ。

大淫婦バビロンは実のところ、様々な物の象徴とされている。

ローマ帝国である、いやエルサレムであるといった主張があるのさ。

これ以上は今回の本筋から外れてしまうのでよそう。

楽しみは『ヨハネの黙示録』までとっておかないとね。

酒の飲み過ぎには注意。

特に悪い酒は後に残りやすいからな。

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登場人物紹介

【ミカ】(性別:無性 時々 男性)

神様の命令で人々を見守ることになった大天使ミカエル。サタニャエルくんに色々教えてもらう生徒役。ただ何も知らないお馬鹿ではなく、それなりに常識人。特に戦争に関することはなかなか詳しい。無意味な殺戮は嫌うが、戦争そのものは悪と見做さない。ビヨンデッタの作った「ケーキ」にトラウマがある。


(うんちく)

その名は「神に似たるものは誰か」という意味を持つ。ミカエルはMa-Ha-Elと分解され、「偉大なる神」の意味ともされる。天軍の総帥であり、右手に剣を持った姿で描かれる。


聖書において天使の翼に関する記述は無い。その造形はギリシア神話における勝利の女神ニケ(Nike)が由来であると考えられている。


ミカエル、最大の見せ場は新約聖書『ヨハネの黙示録』12である。そこには以下のような記載がある。

「かくて天に戰爭おこれり、ミカエル及びその使たち龍とたたかふ。龍もその使たちも之と戰ひしが、勝つこと能はず、天には、はや其の居る所なかりき。かの大なる龍、すなわち惡魔と呼ばれ、サタンと呼ばれたる全世界をまどはす古き蛇は落され、地に落され、その使たちも共に落されたり。」

おそらくは翼の生えた勝利の女神と、戦争における戦士の姿とが融合され、現代におけるミカエルのイメージを形作ったのであろう。

【サタニャエル】(性別:???)

ミカちゃん一人だと心配なので付いて来た。色んなことに詳しい黒猫。「サタニャエル」を名乗っているが、悪魔サタナエルと同一視されるかは謎。ビヨンデッタから「サマエル」と呼ばれてもおり、そうであれば楽園でイヴを誘惑した蛇であるとも言える。非常に好奇心旺盛で勉強熱心。たまに悪魔っぽいが、基本的には常識的。


(うんちく)

「猫に九生有り」のことわざは、高いところから落ちてもうまく着地してしぶとく生き残る、タフさから来ていると考えられる。何故「九生」なのかは定説は無いが、エジプト神話の猫頭の女神バステトが九つの魂を持っていたことに由来するのではないか、と言われる。そのようにしぶとい猫を殺すには「好奇心」が効果的であるとことわざは言う(「好奇心は猫を殺す」)。つまり人に知恵を与えたサマエルが、その罪によって神の罰を受けることの暗示として、サタニャエルというキャラクタは造られている。


サマエルは「神の悪意」という意味を持つ。12枚の翼を持つことから、堕天使ルシファーとも同一視される。

【ビヨンデッタ】(性別:男性 or 女性)

ミカを「お姉さま」と慕う悪魔の少女。その正体はソロモン72柱序列第1位ともされる魔王ベルゼブブ。ニーチェを好み、強き者が強くある世界こそが最も美しいと考えている。人間を「草」と呼び、その愚鈍さを嘲笑する。


(うんちく)

作中にあるように、ベルゼブブの由来はウガリット神話における豊穣の神バアル・ゼブル。バアルの信仰は旧約聖書において偶像崇拝として忌み嫌われ、度々敵対した。バアル・ゼブルをバアル・ゼブブと読み替えることで、その意味を「気高き主」から「蠅の王」へと貶めた。


「ビヨンデッタ」の名前は幻想小説の父J・カゾットの『悪魔の恋』に由来する。主人公のアルヴァーレは知的好奇心により悪魔ベルゼブブを呼び寄せ、そのベルゼブブは「ビヨンデット」という名の少年として彼に仕えた。やがて「ビヨンデット」は「ビヨンデッタ」という少女となり、アルヴァーレに強く愛を語る。そしてアルヴァーレは苦悩の末にビヨンデッタを愛してしまう。あまりにあっけない結末についてはここで語らない。


ウィリアム・ゴールディングの『蠅の王』は死の象徴として蠅が描かれる。また、理性を凌駕する闘争心は豚の首として表れた。作中でビヨンデッタが豚肉を好んでいるのも、そうした背景による。

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