1.モーセの昇天

文字数 1,222文字

み使いの頭ミカエルは、モーセの体のことで悪魔と言い争ったとき、

あえてののしりの言葉で相手を裁かずに、ただ、

「主がお前を咎めてくださいますように」と言っただけです。

『ユダの手紙』は「ヤコブの兄弟であるユダから」と言って始まる。

ヤコブの兄弟であるユダというのは、すなわちイエスの兄弟でもある。

例のごとく真偽については定かではない。

そしてこの手紙にはユダヤ教外典『モーセの昇天』の影響があると言われている。

それを示す箇所が先に挙げた文章だ。

ミカちゃんと悪魔(ギリシア語ではディアボロ)が何やら言い争っているらしい。

うーん、何のことやろ。

モーセの体にいったい何が……。

ディアボロさんも始めて聞く名前やし。

ディアボロ(diabolo)は悪魔一般のことでしてよ。

スペイン語でディアブロ(diablo)、イタリア語でディアボロ(diavolo)ですわ。

手紙では具体的に何を言い争ったのか書かれていない。

これを『モーセの昇天』と紐づけたのは初期キリスト教の神学者オリゲネスだった。

つまり、その『モーセの昇天』に言い争いの理由が書いてあるんやな?
そういうことだ。

そこでは大天使ミカエルと悪魔サタンがモーセの体を奪い合う場面が描かれている。

ほう……、サタンと。
『出エジプト記』第2章11-12節

成人したモーセは、ある日のこと、同胞の所へ出ていき、彼らの強制労働を目のあたりにした。

そして、あるエジプト人が自分の同胞である一人のヘブライ人を打つのを見た。

辺りを見回すとほかに誰もいなかったので、

モーセはそのエジプト人を打ち殺し、これを砂の中に埋めた。

モーセにはエジプト人を殺した過去がある。

この罪によりファラオに命を狙われ、それどころかヘブライ人の非難まで受けた。

サタンはこの出来事をもって、モーセの体を自分の手に寄越すよう主張した。

モーセは人殺しの悪人であった。

であれば、その身をサタンに差し出すのは当然の流れですわね。

対するミカエルは、サタンが蛇となりアダムとエバを唆したことを責めた。
え?

それ、今、関係ある?

サタンとしては痛い所突かれた感じなのかな?

結局、モーセの魂は昇天し、遺体は山に埋められたという。

「主がお前を咎めてくださいますように」のところは『ゼカリヤ書』からの引用だろう。

『ゼカリヤ書』第3章1-2節

主はみ使いの前に立つ大祭司ヨシュアと、

その右に立って彼を訴えようとしているサタンをわたしに示された。

主の使いはサタンに言った、

「サタンよ、主がお前を咎められるように。エルサレムを選ばれた主がお前を咎められるように。

ここにいるのは炎から取り出された燃えさしではないか」。

『ユダの手紙』はこうした逸話を盛り込むことで、異端を攻撃したんだ。

東京女子大学名誉教授の川村輝典(かわむらあきのり)は、

手紙を「異端に対する烈しい反論の書」と評している。

それほどに「異端」は教会にとって邪魔だったのでしょう。

逆説的に「異端」の魅力を物語っている気がいたしますわね。

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登場人物紹介

【ミカ】(性別:無性 時々 男性)

神様の命令で人々を見守ることになった大天使ミカエル。サタニャエルくんに色々教えてもらう生徒役。ただ何も知らないお馬鹿ではなく、それなりに常識人。特に戦争に関することはなかなか詳しい。無意味な殺戮は嫌うが、戦争そのものは悪と見做さない。ビヨンデッタの作った「ケーキ」にトラウマがある。


(うんちく)

その名は「神に似たるものは誰か」という意味を持つ。ミカエルはMa-Ha-Elと分解され、「偉大なる神」の意味ともされる。天軍の総帥であり、右手に剣を持った姿で描かれる。


聖書において天使の翼に関する記述は無い。その造形はギリシア神話における勝利の女神ニケ(Nike)が由来であると考えられている。


ミカエル、最大の見せ場は新約聖書『ヨハネの黙示録』12である。そこには以下のような記載がある。

「かくて天に戰爭おこれり、ミカエル及びその使たち龍とたたかふ。龍もその使たちも之と戰ひしが、勝つこと能はず、天には、はや其の居る所なかりき。かの大なる龍、すなわち惡魔と呼ばれ、サタンと呼ばれたる全世界をまどはす古き蛇は落され、地に落され、その使たちも共に落されたり。」

おそらくは翼の生えた勝利の女神と、戦争における戦士の姿とが融合され、現代におけるミカエルのイメージを形作ったのであろう。

【サタニャエル】(性別:???)

ミカちゃん一人だと心配なので付いて来た。色んなことに詳しい黒猫。「サタニャエル」を名乗っているが、悪魔サタナエルと同一視されるかは謎。ビヨンデッタから「サマエル」と呼ばれてもおり、そうであれば楽園でイヴを誘惑した蛇であるとも言える。非常に好奇心旺盛で勉強熱心。たまに悪魔っぽいが、基本的には常識的。


(うんちく)

「猫に九生有り」のことわざは、高いところから落ちてもうまく着地してしぶとく生き残る、タフさから来ていると考えられる。何故「九生」なのかは定説は無いが、エジプト神話の猫頭の女神バステトが九つの魂を持っていたことに由来するのではないか、と言われる。そのようにしぶとい猫を殺すには「好奇心」が効果的であるとことわざは言う(「好奇心は猫を殺す」)。つまり人に知恵を与えたサマエルが、その罪によって神の罰を受けることの暗示として、サタニャエルというキャラクタは造られている。


サマエルは「神の悪意」という意味を持つ。12枚の翼を持つことから、堕天使ルシファーとも同一視される。

【ビヨンデッタ】(性別:男性 or 女性)

ミカを「お姉さま」と慕う悪魔の少女。その正体はソロモン72柱序列第1位ともされる魔王ベルゼブブ。ニーチェを好み、強き者が強くある世界こそが最も美しいと考えている。人間を「草」と呼び、その愚鈍さを嘲笑する。


(うんちく)

作中にあるように、ベルゼブブの由来はウガリット神話における豊穣の神バアル・ゼブル。バアルの信仰は旧約聖書において偶像崇拝として忌み嫌われ、度々敵対した。バアル・ゼブルをバアル・ゼブブと読み替えることで、その意味を「気高き主」から「蠅の王」へと貶めた。


「ビヨンデッタ」の名前は幻想小説の父J・カゾットの『悪魔の恋』に由来する。主人公のアルヴァーレは知的好奇心により悪魔ベルゼブブを呼び寄せ、そのベルゼブブは「ビヨンデット」という名の少年として彼に仕えた。やがて「ビヨンデット」は「ビヨンデッタ」という少女となり、アルヴァーレに強く愛を語る。そしてアルヴァーレは苦悩の末にビヨンデッタを愛してしまう。あまりにあっけない結末についてはここで語らない。


ウィリアム・ゴールディングの『蠅の王』は死の象徴として蠅が描かれる。また、理性を凌駕する闘争心は豚の首として表れた。作中でビヨンデッタが豚肉を好んでいるのも、そうした背景による。

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