14.ヘロデ・アグリッパ
文字数 1,272文字
ヘロデ王は、教会の人々に迫害の手を伸ばし、ヨハネの兄弟ヤコブを剣で殺した。
これがユダヤ人たちの気に入ったのを見て、さらにペトロをも捕らえにかかった。
それは除酵祭の時期であった。
十二使徒の一人の死。
なかなか大きな出来事ですわね。
ユダを除いて、十二使徒の中でその死が聖書に明記されているのはヤコブだけ。
それにしては随分あっさりとした記載だね。
ここで語られるヘロデ王はヘロデ・アグリッパ1世のことだ。
アグリッパはローマ皇帝カリギュラとも親しかったことで知られている。
「カリギュラ」とは本名ではなく愛称ですわね。
「カリガイ(caligae)」と呼ばれる軍靴が元で、「小さな軍靴」の意味だとか。
本名はガイウス・ユリウス・カエサル・アウグストゥス・ゲルマニクスと申します。
ローマ皇帝と仲良しとか、かなり政治力高いやん。
アグリッパってどんな人なんやろ。
波乱万丈な人生を歩んだ人物だよ。
彼はヘロデ・アンティパスの義理の弟で、甥にあたる。
良好な関係だったようだけれど、喧嘩して追い出されてしまった。
逃げた先では収賄の容疑で有罪判決を受け、イタリアに逃げようとして逮捕される。
しかしどうにか脱出して、プテオリ(現在のポッツオーリ)にたどり着いた。
そこでローマ皇帝ティベリウスに気に入られて、彼の孫の家庭教師となった。
カリギュラと良好な関係を結んだのはその時だ。
アグリッパは不注意なことに、カリギュラがすぐに王位を継げば良いのにと言った。
そしてそのことが解放奴隷エウテュケスによりティベリウスに告げ口されてしまった。
王位をすぐに継ぐというのがティベリウスの死を望むようなものだったんだろう。
アグリッパは牢屋に入れられてしまう。
(Dictionary of Greek and Roman Biography and Mythology 参照)
確かに波乱万丈やな。
けっこう命の危機を何度か乗り越えてるで、それ。
しかしティベリウスが死に、カリギュラが皇帝となったことでアグリッパは釈放。
「皇帝の友(アミカス・カエサル)」の称号を得て、イスラエルの王として認められた。
その治世は良好で、エルサレム神殿を大事にし、ユダヤの民に受け入れられたらしい。
しかし『使徒言行録』では完全に悪役ですわね。
教会を迫害し、ヨハネの兄弟ヤコブを殺したのですもの。
信仰心が篤かったということもあるだろう。
カリギュラが自身の像をエルサレム神殿に建てようとしたことがある。
アグリッパは説得し、思い留まらせたと言う。
カリギュラの力で得た地位やけど、言う時は言う関係やってんな。
そして、そのような者だからこそ、新興勢力にも厳しくあたった、と。
社会を乱す怪しげな連中を取り締まらねばならないと思ったのかしらね。
除酵祭は過越祭とセットで行われるものだ。
酵母無しで作ったパンを食べるから「除酵」と呼ぶ。
アグリッパは祭りのタイミングで、ペトロを民衆の前に引きずり出すつもりだった。
こうして、ペトロは牢に閉じ込められていたが、
教会では彼のための熱心な祈りが神にささげられていた。
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