35.ユピテル

文字数 1,381文字

イエスは律法学者やファリサイ派を散々こき下ろした。

「あなた方偽善者は不幸だ」と繰り返し言ってね。

律法学者もファリサイ派もさぞ腹に据えかねたことだろう。

その後、イエスは神殿の境内を出て、神殿を指さして言った。

「積み上げられた石が一つも残らず破壊される」と。

そして偽メシアが現れ人々を惑わし、飢饉や地震に苦しむと預言した。

終末の預言ですわね。

律法学者やファリサイ派からすれば、イエスの破壊宣告とも取れるのでは?

神殿が破壊されるなどと言われては、恐怖も覚えましょうに。

いやいや、イエス様はいずれエルサレムがローマと敵対するって気づいたんや。

あんなでかい国と敵対したら、ぼこぼこに破壊されてまう。

そら火を見るよりも明らかっちゅうやつやで。

この荒廃の原因として、イエスは『ダニエル書』を引用して語る。
預言者ダニエルによって言われた「荒廃をもたらす憎むべきもの」

が聖なる場所に立つのを見たなら、――読者は悟れ――

その時、ユダヤにいる人は山に逃げなさい。

「読者」と呼び掛けているのはマタイだね。

「悟れ」とはつまり、今が危機的な状況であることについてだ。

それを『ダニエル書』から想起せよと言っている。

『ダニエル書』第11章31節

(セレウコス朝シリアの王アンティオコス4世エピファネス)

彼の軍隊は行動を起こし、神殿と砦を汚し、日ごとの献げ物を廃止し、

憎むべき荒廃をもたらすものを立てる。

ちゅうか、この「憎むべき荒廃をもたらすもの」って何のことや。
同じ表現は『マカバイ記』にもある。

祭壇上に「荒廃をもたらす憎むべきもの」を築いたと言う。

祭壇に築くべきものは神で、アンティオコスはギリシア人。

おそらく、ギリシア神話の主神ゼウスがそれにあたるだろう。

つまり「読者は悟れ」とは、過去の屈辱を思い出せということ。

相手はシリアにも増して強大なローマ帝国。

また神殿に何やら知らぬ神の像を立てられるかもしれません。

ローマ神話の主神はユピテル。

英語で言うところのジュピター。

原始イタリア語(Lingua proto-italica)でdjous(天) + patēr(父)

すなわち「天の父」を意味しますわ。

ゼウスの像が立ったみたいに、ユピテルの像が立つかもしれん。

そん時はエルサレムが戦争に負けて陥落しとる時や。

ユダヤ人にとってはまさに滅びの再来やで。

このような動乱のタイミングでは、煽動で儲けようという連中が現れる。

偽メシアを称して民を惑わす恐れがある。

イエスはそういう連中に注意するよう呼びかける。

そしてメシアが現れるのはもっと派手な合図があると教えた。

稲妻が東から西まで閃き渡るように、人の子の来臨もまたそのようである。

太陽は暗くなり、月は光を失い、星は天から落ち、天のもろもろの力は揺れ動く。

人の子の徴が天に現れ、大いなる力と栄光を帯びて、雲に乗って来るのを見る。

人の子は大いなるラッパの響きを合図に、み使いたちを遣わす。

15世紀から16世紀にかけて活躍したベルギーの画家ヤン・プロヴォスト作。

「最後の審判」の場面で、イエスの両隣にラッパを吹く天使がいるね。

「最後の審判」をモチーフにした絵は沢山あって、ラッパはその中の必須アイテムだ。

派手派手やな。

びびるわ、こんなん。

思わぬ時に人の子は来る。

そして最後の審判が訪れる。

だから日々、正しく生きよと語るのさ。

いつその時が来ても平気なようにね。

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登場人物紹介

【ミカ】(性別:無性 時々 男性)

神様の命令で人々を見守ることになった大天使ミカエル。サタニャエルくんに色々教えてもらう生徒役。ただ何も知らないお馬鹿ではなく、それなりに常識人。特に戦争に関することはなかなか詳しい。無意味な殺戮は嫌うが、戦争そのものは悪と見做さない。ビヨンデッタの作った「ケーキ」にトラウマがある。


(うんちく)

その名は「神に似たるものは誰か」という意味を持つ。ミカエルはMa-Ha-Elと分解され、「偉大なる神」の意味ともされる。天軍の総帥であり、右手に剣を持った姿で描かれる。


聖書において天使の翼に関する記述は無い。その造形はギリシア神話における勝利の女神ニケ(Nike)が由来であると考えられている。


ミカエル、最大の見せ場は新約聖書『ヨハネの黙示録』12である。そこには以下のような記載がある。

「かくて天に戰爭おこれり、ミカエル及びその使たち龍とたたかふ。龍もその使たちも之と戰ひしが、勝つこと能はず、天には、はや其の居る所なかりき。かの大なる龍、すなわち惡魔と呼ばれ、サタンと呼ばれたる全世界をまどはす古き蛇は落され、地に落され、その使たちも共に落されたり。」

おそらくは翼の生えた勝利の女神と、戦争における戦士の姿とが融合され、現代におけるミカエルのイメージを形作ったのであろう。

【サタニャエル】(性別:???)

ミカちゃん一人だと心配なので付いて来た。色んなことに詳しい黒猫。「サタニャエル」を名乗っているが、悪魔サタナエルと同一視されるかは謎。ビヨンデッタから「サマエル」と呼ばれてもおり、そうであれば楽園でイヴを誘惑した蛇であるとも言える。非常に好奇心旺盛で勉強熱心。たまに悪魔っぽいが、基本的には常識的。


(うんちく)

「猫に九生有り」のことわざは、高いところから落ちてもうまく着地してしぶとく生き残る、タフさから来ていると考えられる。何故「九生」なのかは定説は無いが、エジプト神話の猫頭の女神バステトが九つの魂を持っていたことに由来するのではないか、と言われる。そのようにしぶとい猫を殺すには「好奇心」が効果的であるとことわざは言う(「好奇心は猫を殺す」)。つまり人に知恵を与えたサマエルが、その罪によって神の罰を受けることの暗示として、サタニャエルというキャラクタは造られている。


サマエルは「神の悪意」という意味を持つ。12枚の翼を持つことから、堕天使ルシファーとも同一視される。

【ビヨンデッタ】(性別:男性 or 女性)

ミカを「お姉さま」と慕う悪魔の少女。その正体はソロモン72柱序列第1位ともされる魔王ベルゼブブ。ニーチェを好み、強き者が強くある世界こそが最も美しいと考えている。人間を「草」と呼び、その愚鈍さを嘲笑する。


(うんちく)

作中にあるように、ベルゼブブの由来はウガリット神話における豊穣の神バアル・ゼブル。バアルの信仰は旧約聖書において偶像崇拝として忌み嫌われ、度々敵対した。バアル・ゼブルをバアル・ゼブブと読み替えることで、その意味を「気高き主」から「蠅の王」へと貶めた。


「ビヨンデッタ」の名前は幻想小説の父J・カゾットの『悪魔の恋』に由来する。主人公のアルヴァーレは知的好奇心により悪魔ベルゼブブを呼び寄せ、そのベルゼブブは「ビヨンデット」という名の少年として彼に仕えた。やがて「ビヨンデット」は「ビヨンデッタ」という少女となり、アルヴァーレに強く愛を語る。そしてアルヴァーレは苦悩の末にビヨンデッタを愛してしまう。あまりにあっけない結末についてはここで語らない。


ウィリアム・ゴールディングの『蠅の王』は死の象徴として蠅が描かれる。また、理性を凌駕する闘争心は豚の首として表れた。作中でビヨンデッタが豚肉を好んでいるのも、そうした背景による。

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