13.イエスの愛しておられた弟子

文字数 1,174文字

イエスは弟子たちの内一人が裏切ることを告げた。

弟子の一人が、イエスの胸に寄り添って食事の席に着いていた。

その弟子をイエスは愛しておられた。

その弟子はイエスの胸元に寄りかかったまま尋ねた、

「主よ、誰のことですか」。

裏切者はイスカリオテのユダ。

ここでもユダは裏切者であることが示され、次の行動を促されますのね。

それは良いとして、この胸によりかかる弟子とは何者かしら。

他の福音書では見かけませんでしたわね。

伝統的にこの弟子はヨハネだと言われてきた。

古代キリスト教の神学者、アウグスティヌスなんかもその内の一人だね。

彼はヨハネが自身の伝道に効果的であるよう、自身をよりイエスに近づけたと考えた。

仲良しなんはええけど、それにしても近いな。

子供同士ならまだ分かるけど、大人の男が胸に寄りかかるか?

それもみんなでご飯食べとる最中に。

実はこのへん、ちょっとした論争を巻き起こしている。

端的に言えばイエスとヨハネの同性愛関係についてだね。

現代の神学者ロバート・ゴスは古代ギリシアの「少年愛」を連想するとした。

古代ギリシアの市民階級において、大人の男と少年との自由恋愛は一つの文化だ。

そしたらイエス様とヨハネの関係も一つの愛の形かもしれん。

さすがイエス様は懐が深いお方やで。

もちろん反論もある。

「愛した」とか「loved」とか訳されている箇所だけどね。

元のギリシア語では「エーガパ(ēgapa)」とある。

これは性的な愛を意味するエロース(eros)ではなく、慈愛のアガペ(agape)を意味する。

愛はあくまで神の愛。

それを少年愛と絡めるのは想像力が豊か過ぎるというわけですわね。

そもそも、これはヨハネではないのでは、という批判も近年出ている。

例えばベタニアのラザロではないかという意見がある。

これはラザロの死、直前の場面が根拠の一つだろうね。

『ヨハネによる福音書』第11章3節

そこで、姉妹はイエスの所に人を送って、

「主よ、あなたの愛しておられる者が病気なのです」と言わせた。

他にはこの手の話題にいつも出てくる、マグダラのマリアがいる。

新約聖書外典の一つ『マリアによる福音書』では、マリアは誰よりもイエスに愛された。

マリアが何者かは明確ではないけれど、マグダラのマリアだろうと言われているね。

ヨハネ、ラザロ、マグダラのマリア……。

結局、誰の事言うてるんやろ。

そもそも具体的な誰かではない、という意見もある。

聖書学者リチャード・ボウカムは文学的表現だと言う。

もっとマイナな弟子だって意見もある。

こうなってくると、「誰」を考えることさえ不毛な気がするね。

「イエスの愛しておられた弟子」は、福音書の終わりにも言及される。

イエスが死に、復活した後の話だ。

ペトロが「この人はどうなるのですか」と心配する。

イエスは「あなたに何の関わりがあるのか」と突き放す。

な、なかなか厳しい……。
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登場人物紹介

【ミカ】(性別:無性 時々 男性)

神様の命令で人々を見守ることになった大天使ミカエル。サタニャエルくんに色々教えてもらう生徒役。ただ何も知らないお馬鹿ではなく、それなりに常識人。特に戦争に関することはなかなか詳しい。無意味な殺戮は嫌うが、戦争そのものは悪と見做さない。ビヨンデッタの作った「ケーキ」にトラウマがある。


(うんちく)

その名は「神に似たるものは誰か」という意味を持つ。ミカエルはMa-Ha-Elと分解され、「偉大なる神」の意味ともされる。天軍の総帥であり、右手に剣を持った姿で描かれる。


聖書において天使の翼に関する記述は無い。その造形はギリシア神話における勝利の女神ニケ(Nike)が由来であると考えられている。


ミカエル、最大の見せ場は新約聖書『ヨハネの黙示録』12である。そこには以下のような記載がある。

「かくて天に戰爭おこれり、ミカエル及びその使たち龍とたたかふ。龍もその使たちも之と戰ひしが、勝つこと能はず、天には、はや其の居る所なかりき。かの大なる龍、すなわち惡魔と呼ばれ、サタンと呼ばれたる全世界をまどはす古き蛇は落され、地に落され、その使たちも共に落されたり。」

おそらくは翼の生えた勝利の女神と、戦争における戦士の姿とが融合され、現代におけるミカエルのイメージを形作ったのであろう。

【サタニャエル】(性別:???)

ミカちゃん一人だと心配なので付いて来た。色んなことに詳しい黒猫。「サタニャエル」を名乗っているが、悪魔サタナエルと同一視されるかは謎。ビヨンデッタから「サマエル」と呼ばれてもおり、そうであれば楽園でイヴを誘惑した蛇であるとも言える。非常に好奇心旺盛で勉強熱心。たまに悪魔っぽいが、基本的には常識的。


(うんちく)

「猫に九生有り」のことわざは、高いところから落ちてもうまく着地してしぶとく生き残る、タフさから来ていると考えられる。何故「九生」なのかは定説は無いが、エジプト神話の猫頭の女神バステトが九つの魂を持っていたことに由来するのではないか、と言われる。そのようにしぶとい猫を殺すには「好奇心」が効果的であるとことわざは言う(「好奇心は猫を殺す」)。つまり人に知恵を与えたサマエルが、その罪によって神の罰を受けることの暗示として、サタニャエルというキャラクタは造られている。


サマエルは「神の悪意」という意味を持つ。12枚の翼を持つことから、堕天使ルシファーとも同一視される。

【ビヨンデッタ】(性別:男性 or 女性)

ミカを「お姉さま」と慕う悪魔の少女。その正体はソロモン72柱序列第1位ともされる魔王ベルゼブブ。ニーチェを好み、強き者が強くある世界こそが最も美しいと考えている。人間を「草」と呼び、その愚鈍さを嘲笑する。


(うんちく)

作中にあるように、ベルゼブブの由来はウガリット神話における豊穣の神バアル・ゼブル。バアルの信仰は旧約聖書において偶像崇拝として忌み嫌われ、度々敵対した。バアル・ゼブルをバアル・ゼブブと読み替えることで、その意味を「気高き主」から「蠅の王」へと貶めた。


「ビヨンデッタ」の名前は幻想小説の父J・カゾットの『悪魔の恋』に由来する。主人公のアルヴァーレは知的好奇心により悪魔ベルゼブブを呼び寄せ、そのベルゼブブは「ビヨンデット」という名の少年として彼に仕えた。やがて「ビヨンデット」は「ビヨンデッタ」という少女となり、アルヴァーレに強く愛を語る。そしてアルヴァーレは苦悩の末にビヨンデッタを愛してしまう。あまりにあっけない結末についてはここで語らない。


ウィリアム・ゴールディングの『蠅の王』は死の象徴として蠅が描かれる。また、理性を凌駕する闘争心は豚の首として表れた。作中でビヨンデッタが豚肉を好んでいるのも、そうした背景による。

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