6.罪無き者まず石を放て

エピソード文字数 1,266文字

律法学者とファリサイ派の人々が、姦通した女を連れてきた。

「先生、この女は姦通をしている時に捕まったのです。

モーセは律法の中で、このような女は石を投げつけて殺すようにと、

わたしたちに命じています。ところで、あなたはどう考えますか」。

「最初に石を投げる(cast the first stone)」とは「真っ先に非難する」の意味。

単に非難するというより、自らを棚上げしているようなニュアンスを持ちます。

それはともかく、姦通すなわち浮気は死罪。

律法学者もファリサイ派も間違ったことは申しておりません。

『レビ記』第20章10節

人が他人の妻と姦通する場合、人が隣人の妻と姦通するなら、

姦通した男も女も必ず死刑に処せられる。

『申命記』第22章23節

ある男と婚約している処女の娘がいて、ほかの男が彼女に町の中で出会い、

一緒に寝た場合、あなたたちはその二人を町の門に引き出し、

石を投げ打って、彼らを殺さなければならない。

その娘は町の中にいたのに叫ばず、男は隣人の妻を辱めたからである。

こうしてあなたのうちから悪を取り除かねばならない。

確かに死罪だと言っている。

けれどイエスは「罪を犯したことのない人がまず石を投げなさい」と言った。

大抵の人は何かしらの罪を抱えて生きているものだ。

皆その場を去り、イエス一人が残ることになった。

あら、ではこの女の罪は免じられると?

いかにイエスと言えど、犯罪行為を正当化するものでもありますまい。

いや、これにはきっと深い理由が……。

「姦通」と言っても、それは仕方のないところがある。

何故なら貧しい女性が生きるための手段は限られているのだから。

例えば『ルツ記』では、ルツは刈り残しの「落穂」を拾っていたね。

言っちゃ悪いが残飯あさりみたいなもんさ。

それ以外の方法となると「売春」とかになる。

そして女を買うのはだいたい金を持っている既婚の男だ。

つまり、形の上では「姦通」ということになるんだよ。

やむにやまれぬ事情ってやつやな。

保護されるべき人が悪事に手を染めてまうのはよくあることや。

そんでそれを機械的に罰するんも、なんかちゃう気ぃするな。

そしてここで登場する「姦通した女」はマグダラのマリアだと言われている。
またですの。

そう言うからに、なにか根拠でもあるのかしら。

根拠というか推測かな。

マグダラのマリアは、他の婦人らと共に、イエスに経済的援助を行っていたとされる。

しかし、彼女は他の婦人と違い、結婚しているとか、誰かの母だとは表現されない。

そのような身元の不確かな人物がいかにして財産を得るか……。

なんとまあ。

ではマグダラのマリアは自らの身を犠牲にして、イエスに尽くしたと。

随分と悪い男に引っかかったものですわね。

自分のために身を捨てた女の危機か。

それはどうにかして救ってやらんと神様に怒られるで。

バロック期イタリアの画家、グエルチーノ作「キリストと姦通の女」

イエスの目に「こいつは俺が絶対に守る」意思を感じるね。

イエス様は本当の弱者を救い出すんや。

法律で杓子定規に決めつけたりせん。

見せかけの弱者に騙されたりもせえへんで。

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登場人物紹介

【ミカ】(性別:無性 時々 男性)

神様の命令で人々を見守ることになった大天使ミカエル。サタニャエルくんに色々教えてもらう生徒役。ただ何も知らないお馬鹿ではなく、それなりに常識人。特に戦争に関することはなかなか詳しい。無意味な殺戮は嫌うが、戦争そのものは悪と見做さない。ビヨンデッタの作った「ケーキ」にトラウマがある。


(うんちく)

その名は「神に似たるものは誰か」という意味を持つ。ミカエルはMa-Ha-Elと分解され、「偉大なる神」の意味ともされる。天軍の総帥であり、右手に剣を持った姿で描かれる。


聖書において天使の翼に関する記述は無い。その造形はギリシア神話における勝利の女神ニケ(Nike)が由来であると考えられている。


ミカエル、最大の見せ場は新約聖書『ヨハネの黙示録』12である。そこには以下のような記載がある。

「かくて天に戰爭おこれり、ミカエル及びその使たち龍とたたかふ。龍もその使たちも之と戰ひしが、勝つこと能はず、天には、はや其の居る所なかりき。かの大なる龍、すなわち惡魔と呼ばれ、サタンと呼ばれたる全世界をまどはす古き蛇は落され、地に落され、その使たちも共に落されたり。」

おそらくは翼の生えた勝利の女神と、戦争における戦士の姿とが融合され、現代におけるミカエルのイメージを形作ったのであろう。

【サタニャエル】(性別:???)

ミカちゃん一人だと心配なので付いて来た。色んなことに詳しい黒猫。「サタニャエル」を名乗っているが、悪魔サタナエルと同一視されるかは謎。ビヨンデッタから「サマエル」と呼ばれてもおり、そうであれば楽園でイヴを誘惑した蛇であるとも言える。非常に好奇心旺盛で勉強熱心。たまに悪魔っぽいが、基本的には常識的。


(うんちく)

「猫に九生有り」のことわざは、高いところから落ちてもうまく着地してしぶとく生き残る、タフさから来ていると考えられる。何故「九生」なのかは定説は無いが、エジプト神話の猫頭の女神バステトが九つの魂を持っていたことに由来するのではないか、と言われる。そのようにしぶとい猫を殺すには「好奇心」が効果的であるとことわざは言う(「好奇心は猫を殺す」)。つまり人に知恵を与えたサマエルが、その罪によって神の罰を受けることの暗示として、サタニャエルというキャラクタは造られている。


サマエルは「神の悪意」という意味を持つ。12枚の翼を持つことから、堕天使ルシファーとも同一視される。

【ビヨンデッタ】(性別:男性 or 女性)

ミカを「お姉さま」と慕う悪魔の少女。その正体はソロモン72柱序列第1位ともされる魔王ベルゼブブ。ニーチェを好み、強き者が強くある世界こそが最も美しいと考えている。人間を「草」と呼び、その愚鈍さを嘲笑する。


(うんちく)

作中にあるように、ベルゼブブの由来はウガリット神話における豊穣の神バアル・ゼブル。バアルの信仰は旧約聖書において偶像崇拝として忌み嫌われ、度々敵対した。バアル・ゼブルをバアル・ゼブブと読み替えることで、その意味を「気高き主」から「蠅の王」へと貶めた。


「ビヨンデッタ」の名前は幻想小説の父J・カゾットの『悪魔の恋』に由来する。主人公のアルヴァーレは知的好奇心により悪魔ベルゼブブを呼び寄せ、そのベルゼブブは「ビヨンデット」という名の少年として彼に仕えた。やがて「ビヨンデット」は「ビヨンデッタ」という少女となり、アルヴァーレに強く愛を語る。そしてアルヴァーレは苦悩の末にビヨンデッタを愛してしまう。あまりにあっけない結末についてはここで語らない。


ウィリアム・ゴールディングの『蠅の王』は死の象徴として蠅が描かれる。また、理性を凌駕する闘争心は豚の首として表れた。作中でビヨンデッタが豚肉を好んでいるのも、そうした背景による。

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