1.奴隷について

エピソード文字数 1,056文字

あなたの愛に訴えてお願いします。

年老いて、今はキリスト・イエスの囚人となっているようなわたし、パウロですが

――囚われの身で生んだわたしの子オネシモのことをよろしくお願いします。

この手紙はコロサイの裕福な信徒フィレモンに宛てたものだ。

そしてオネシモは、彼の元から逃げ出した奴隷だった。

どうやってかは不明だけれど、パウロはオネシモに出会い、彼に洗礼を授けたんだろう。

フィレモンにオネシモを「愛する兄弟」として受け入れてほしいと言う。

それってつまり、奴隷から解放してやれってことか?

素晴らしく先進的な話やないか。

残念ながらそういうわけじゃない。

手紙の中でパウロは奴隷から解放しろとまでは言っていない。

ただ「奴隷以上のもの」として迎え入れるように願うのみだ。

しかし、キリスト教徒は神の下に平等なのではなくて?

奴隷をそのままにしておくというのは考えに反するように思われますが。

それは「奴隷」に受ける印象の違いだね。

古代において奴隷制度は、社会的インフラの一部だ。

あって当然のもので、それ自体が悪という発想すら抱きにくい。

今でこそ奴隷なんて人権侵害や言われるけどな。

聖書の時代、ずっと奴隷は普通におった。

パウロ書簡でも奴隷と主人は仲良うせえ言うとったし。

まあ確かに。

現代における社長と平社員くらいの感覚だったのかもしれませんわね。

ビヨンデッタ……。

それ以上はいけないよ。

しかし現代の会社員のようなもの、と言うには厳しい環境に置かれている。

ローマ法において、逃げ出した奴隷の処罰はその主人に一任されている。

処罰の内容として、最悪の場合死刑さえも認められていたらしい。

逃げたら死刑もありうるんか……。

そんなん、絶対帰りたくないやろ。

そういうわけで、パウロの手紙はとりなしの内容とも読める。

奴隷は主人のもとに返すべきだけれど、慈悲によって罰は重くしないように。

もし、あなたがわたしを友と思っているなら、

オネシモをわたしと思って、迎え入れてください。

もし、オネシモがあなたに対して何か不正を働いたか、

あるいは彼に負債があれば、それはわたしへの貸しにしておいてください。

お優しいこと。
奴隷解放を意図するものではなかった。

とは言え、奴隷の地位向上には意味があっただろう。

現代アメリカの著作家サラ・ルーデンによれば、奴隷は「人間以下」の存在だった。

それがパウロによって人間に引き上げられた。

パウロが西洋的な人間個人の概念を作り上げた、ということらしい。

(Sarah Ruden, Paul Among the People (2010))

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登場人物紹介

【ミカ】(性別:無性 時々 男性)

神様の命令で人々を見守ることになった大天使ミカエル。サタニャエルくんに色々教えてもらう生徒役。ただ何も知らないお馬鹿ではなく、それなりに常識人。特に戦争に関することはなかなか詳しい。無意味な殺戮は嫌うが、戦争そのものは悪と見做さない。ビヨンデッタの作った「ケーキ」にトラウマがある。


(うんちく)

その名は「神に似たるものは誰か」という意味を持つ。ミカエルはMa-Ha-Elと分解され、「偉大なる神」の意味ともされる。天軍の総帥であり、右手に剣を持った姿で描かれる。


聖書において天使の翼に関する記述は無い。その造形はギリシア神話における勝利の女神ニケ(Nike)が由来であると考えられている。


ミカエル、最大の見せ場は新約聖書『ヨハネの黙示録』12である。そこには以下のような記載がある。

「かくて天に戰爭おこれり、ミカエル及びその使たち龍とたたかふ。龍もその使たちも之と戰ひしが、勝つこと能はず、天には、はや其の居る所なかりき。かの大なる龍、すなわち惡魔と呼ばれ、サタンと呼ばれたる全世界をまどはす古き蛇は落され、地に落され、その使たちも共に落されたり。」

おそらくは翼の生えた勝利の女神と、戦争における戦士の姿とが融合され、現代におけるミカエルのイメージを形作ったのであろう。

【サタニャエル】(性別:???)

ミカちゃん一人だと心配なので付いて来た。色んなことに詳しい黒猫。「サタニャエル」を名乗っているが、悪魔サタナエルと同一視されるかは謎。ビヨンデッタから「サマエル」と呼ばれてもおり、そうであれば楽園でイヴを誘惑した蛇であるとも言える。非常に好奇心旺盛で勉強熱心。たまに悪魔っぽいが、基本的には常識的。


(うんちく)

「猫に九生有り」のことわざは、高いところから落ちてもうまく着地してしぶとく生き残る、タフさから来ていると考えられる。何故「九生」なのかは定説は無いが、エジプト神話の猫頭の女神バステトが九つの魂を持っていたことに由来するのではないか、と言われる。そのようにしぶとい猫を殺すには「好奇心」が効果的であるとことわざは言う(「好奇心は猫を殺す」)。つまり人に知恵を与えたサマエルが、その罪によって神の罰を受けることの暗示として、サタニャエルというキャラクタは造られている。


サマエルは「神の悪意」という意味を持つ。12枚の翼を持つことから、堕天使ルシファーとも同一視される。

【ビヨンデッタ】(性別:男性 or 女性)

ミカを「お姉さま」と慕う悪魔の少女。その正体はソロモン72柱序列第1位ともされる魔王ベルゼブブ。ニーチェを好み、強き者が強くある世界こそが最も美しいと考えている。人間を「草」と呼び、その愚鈍さを嘲笑する。


(うんちく)

作中にあるように、ベルゼブブの由来はウガリット神話における豊穣の神バアル・ゼブル。バアルの信仰は旧約聖書において偶像崇拝として忌み嫌われ、度々敵対した。バアル・ゼブルをバアル・ゼブブと読み替えることで、その意味を「気高き主」から「蠅の王」へと貶めた。


「ビヨンデッタ」の名前は幻想小説の父J・カゾットの『悪魔の恋』に由来する。主人公のアルヴァーレは知的好奇心により悪魔ベルゼブブを呼び寄せ、そのベルゼブブは「ビヨンデット」という名の少年として彼に仕えた。やがて「ビヨンデット」は「ビヨンデッタ」という少女となり、アルヴァーレに強く愛を語る。そしてアルヴァーレは苦悩の末にビヨンデッタを愛してしまう。あまりにあっけない結末についてはここで語らない。


ウィリアム・ゴールディングの『蠅の王』は死の象徴として蠅が描かれる。また、理性を凌駕する闘争心は豚の首として表れた。作中でビヨンデッタが豚肉を好んでいるのも、そうした背景による。

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