2.斥候と娼婦

エピソード文字数 916文字

ヨシュアはシティムから二人の斥候を遣わした。

エリコという町を探るためである。

エリコはとても古い町で、紀元前7000~8000年にも遡る。

世界最古の町、と呼ばれることもあるんだよ。

エリコという名前は元々、「良い香り」や「月」という意味なんだ。

そしてその名はカナン人の月の神ヤリク(Yarikh)に由来する。

そういうわけで、エリコは「月の町」とも呼ばれる。

斥候は出発し、ラハブという名の娼婦の家に泊まった。
……。
ええんか?
褒められた行為ではないかもね。
ただ、このラハブという娼婦もなかなか面白いキャラクターでね。

なんと新約聖書『マタイによる福音書』にイエスの系図として登場する。

彼女はユダ族のサルモンと結婚し、ボアズを産んだとされている。

かなりの重要人物なんやな。

でもそんな重要人物が娼婦ってのも不思議やで。

宗教的に褒められた仕事ではないからね。
けれどラハブの名は4つある最も美しい女性名の一つ、とされてもいるんだ。

あくまでミドラーシュという聖書解釈文学の中での話なんだけどね。

ちなみに他の3つは、サラー、アビゲイル、エステルだよ。

ミカは含まれてへんのか。

残念やな。

ある者がエリコの王に告げて言った。

「イスラエル人の何ものかが侵入しました」

さっそくばれとるやないか。

女にうつつをぬかした罰やで。

けれどここでラハブが二人をかくまうんだ。

見逃す代わりに、自分を含めた家族を殺さないでほしいと願う。

娼婦で、しかも裏切り者?
それゆえかは知らないけれど、一部の学者は娼婦じゃないと言う。

色んな面で謎多き女性なのさ。

ラハブは二人を窓から綱でつり下ろした。

イスラエル人が攻めかからない目印として、窓に赤い紐を結ぶ約束をした。

それゆえに後世の娼館では赤い看板を窓に取り付けるようになった。

日本でかつて公認で売春が行われていた地域を俗に「赤線」と言うだろう?

警察が地図で赤い線を引いたからと言われているけれど、英語のRed-light districtが語源という説もある。

英語由来であれば、まさにこの聖書が由来とも言えるわけだ。

何気ない日常の言葉が遠くはなれた古代に繋がる。

そう思うとなかなかええんちゃうか?

「赤線」が日常の言葉かどうかは置いといてね。
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登場人物紹介

【ミカ】(性別:無性 時々 男性)

神様の命令で人々を見守ることになった大天使ミカエル。サタニャエルくんに色々教えてもらう生徒役。ただ何も知らないお馬鹿ではなく、それなりに常識人。特に戦争に関することはなかなか詳しい。無意味な殺戮は嫌うが、戦争そのものは悪と見做さない。ビヨンデッタの作った「ケーキ」にトラウマがある。


(うんちく)

その名は「神に似たるものは誰か」という意味を持つ。ミカエルはMa-Ha-Elと分解され、「偉大なる神」の意味ともされる。天軍の総帥であり、右手に剣を持った姿で描かれる。


聖書において天使の翼に関する記述は無い。その造形はギリシア神話における勝利の女神ニケ(Nike)が由来であると考えられている。


ミカエル、最大の見せ場は新約聖書『ヨハネの黙示録』12である。そこには以下のような記載がある。

「かくて天に戰爭おこれり、ミカエル及びその使たち龍とたたかふ。龍もその使たちも之と戰ひしが、勝つこと能はず、天には、はや其の居る所なかりき。かの大なる龍、すなわち惡魔と呼ばれ、サタンと呼ばれたる全世界をまどはす古き蛇は落され、地に落され、その使たちも共に落されたり。」

おそらくは翼の生えた勝利の女神と、戦争における戦士の姿とが融合され、現代におけるミカエルのイメージを形作ったのであろう。

【サタニャエル】(性別:???)

ミカちゃん一人だと心配なので付いて来た。色んなことに詳しい黒猫。「サタニャエル」を名乗っているが、悪魔サタナエルと同一視されるかは謎。ビヨンデッタから「サマエル」と呼ばれてもおり、そうであれば楽園でイヴを誘惑した蛇であるとも言える。非常に好奇心旺盛で勉強熱心。たまに悪魔っぽいが、基本的には常識的。


(うんちく)

「猫に九生有り」のことわざは、高いところから落ちてもうまく着地してしぶとく生き残る、タフさから来ていると考えられる。何故「九生」なのかは定説は無いが、エジプト神話の猫頭の女神バステトが九つの魂を持っていたことに由来するのではないか、と言われる。そのようにしぶとい猫を殺すには「好奇心」が効果的であるとことわざは言う(「好奇心は猫を殺す」)。つまり人に知恵を与えたサマエルが、その罪によって神の罰を受けることの暗示として、サタニャエルというキャラクタは造られている。


サマエルは「神の悪意」という意味を持つ。12枚の翼を持つことから、堕天使ルシファーとも同一視される。

【ビヨンデッタ】(性別:男性 or 女性)

ミカを「お姉さま」と慕う悪魔の少女。その正体はソロモン72柱序列第1位ともされる魔王ベルゼブブ。ニーチェを好み、強き者が強くある世界こそが最も美しいと考えている。人間を「草」と呼び、その愚鈍さを嘲笑する。


(うんちく)

作中にあるように、ベルゼブブの由来はウガリット神話における豊穣の神バアル・ゼブル。バアルの信仰は旧約聖書において偶像崇拝として忌み嫌われ、度々敵対した。バアル・ゼブルをバアル・ゼブブと読み替えることで、その意味を「気高き主」から「蠅の王」へと貶めた。


「ビヨンデッタ」の名前は幻想小説の父J・カゾットの『悪魔の恋』に由来する。主人公のアルヴァーレは知的好奇心により悪魔ベルゼブブを呼び寄せ、そのベルゼブブは「ビヨンデット」という名の少年として彼に仕えた。やがて「ビヨンデット」は「ビヨンデッタ」という少女となり、アルヴァーレに強く愛を語る。そしてアルヴァーレは苦悩の末にビヨンデッタを愛してしまう。あまりにあっけない結末についてはここで語らない。


ウィリアム・ゴールディングの『蠅の王』は死の象徴として蠅が描かれる。また、理性を凌駕する闘争心は豚の首として表れた。作中でビヨンデッタが豚肉を好んでいるのも、そうした背景による。

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