6.ラノベの名作『狼と香辛料』

文字数 1,600文字

ギデオンは対ミディアン人への武装蜂起を呼びかけた。

すると32,000人の人々が集まってきた。

しかし神様は「多すぎる」と言い、ギデオンに彼らを試すように言った。

「恐れる者はみな帰れ」ギデオンがそう言うと22,000人が帰り、10,000人が残った。

しゃあない。

びびりは戦場で役立たずどころか足手まといやからな。

多少減ってもこっちの方がええやろ。

主は「まだ多すぎる」と言い、ギデオンに命じた。

「民を水辺に連れて行き、水を飲ませる」

「犬のように舌で水をなめる者と、膝をついて飲む者とを分けよ」

膝をつき、水を手にすくって口でなめた者は300人であった。

主は、犬のようにした9,700人を帰らせた。

いや、減らし過ぎやろ。
しかも何やねん、犬のようにて。

はいつくばって水をがぶ飲みしたんが9,700人もおったんかい。

想像すると、なかなか圧巻だね。
とにかく、300人という少数だけれど、彼らは神に選ばれた精鋭だ。

驚くべき速さと力で敵を圧倒する。

夜、ギデオンは従者プラを連れて敵陣の偵察に行った。

敵陣営で男たちが見た夢について語っているのを聞いた。

その内容は、神様がギデオンにミディアン人の陣営を渡したというものだった。

えらい、都合のええ夢もあったもんやな。

これが漫画やったら明らかに敵の罠やで。

深読みによって勝機を逃す例もありましてよ。

ここは一気呵成に攻め上るが上策でしょう。

ギデオンの部隊はたったの300人。

取れる策も限られている。

彼が取った策は、夜襲の上のかく乱だった。
ギデオンは300人の3つの隊に分け、真夜中に攻め込んだ。

その際、角笛を吹き鳴らし、手に持った壺を打ち砕いた。

敵陣営は敗走し、神様は彼らに同士討ちをさせた。

だらしのない草どもね。

おおかた、大軍が押し寄せてきたとでも思ったのでしょう。

まるで水鳥の羽音に驚き逃げた、富士川の戦いにおける平家のよう。
その話は物語上の脚色らしいけど。

平家が惰弱という印象自体はあったのかもしれないね。

イスラエル人はミディアン人を追撃した。

ミディアン人の二人の司令官、オレブとゼエブ。

イスラエル人はオレブを岩の上で、ゼエブを酒ぶね付近で殺した。

岩の上で殺すってのは想像できるけど。

酒ぶねって何のことや?

「ふね」と言われてもよく分からないよね。

これは英語だと「wine press」と書かれている。

ぶどうをつぶして果汁を取るため池のことさ。

写真はおよそ2,100年前のものと言われている。

片方でぶどうをつぶして、小さな溝で果汁を取る。

相変わらずサタニャエルは何でも知ってますのね。
これは余談だけれど、オレブはカラス、ゼエブは狼という意味なんだ。
ところで、支倉凍砂のデビュー作で『狼と香辛料』というラノベがある。

本人がこれは聖書と金枝篇をベースにしていると語っていた。

なんか聞いたことあるな。

狼のヒロインと行商人の話やったっけ。

劇中には人に化けたカラスも登場していましたわ。
カラスにしても狼にしても、かつては神聖な生き物とされていた。

けれどそれが徐々に変化して、むしろ忌むべき存在になっていく。

これは狩猟社会から農耕社会への移り変わり、みたいに言われるんだ。

その時々、都合の良いものを拝むのは草どもの習性。

仕方ありませんわね。

なんで昔はカラスや狼なんかが神聖な生き物やったんやろか。
詳しくは知らないけどね。

例えばカラスは猟師に熊のねぐらを案内したりする。

自力では倒せない熊を人間に殺させ、おこぼれをあずかろうというのさ。

マジか。

すごいやん、カラス。

日本神話のヤタガラスは天皇の道案内をするだろう?

だからそういう狩猟時代の経験が神話に反映されているんじゃないかな。

あくまで僕の勝手な想像なんだけどね。

なんてことを考えながら『狼と香辛料』を読むと、とても味わい深くなる。

あれは繰り返し読むべき名作だよ。

サタニャエルの布教活動でしたのね。

悪魔に布教されるなんていい迷惑でしょうに。

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登場人物紹介

【ミカ】(性別:無性 時々 男性)

神様の命令で人々を見守ることになった大天使ミカエル。サタニャエルくんに色々教えてもらう生徒役。ただ何も知らないお馬鹿ではなく、それなりに常識人。特に戦争に関することはなかなか詳しい。無意味な殺戮は嫌うが、戦争そのものは悪と見做さない。ビヨンデッタの作った「ケーキ」にトラウマがある。


(うんちく)

その名は「神に似たるものは誰か」という意味を持つ。ミカエルはMa-Ha-Elと分解され、「偉大なる神」の意味ともされる。天軍の総帥であり、右手に剣を持った姿で描かれる。


聖書において天使の翼に関する記述は無い。その造形はギリシア神話における勝利の女神ニケ(Nike)が由来であると考えられている。


ミカエル、最大の見せ場は新約聖書『ヨハネの黙示録』12である。そこには以下のような記載がある。

「かくて天に戰爭おこれり、ミカエル及びその使たち龍とたたかふ。龍もその使たちも之と戰ひしが、勝つこと能はず、天には、はや其の居る所なかりき。かの大なる龍、すなわち惡魔と呼ばれ、サタンと呼ばれたる全世界をまどはす古き蛇は落され、地に落され、その使たちも共に落されたり。」

おそらくは翼の生えた勝利の女神と、戦争における戦士の姿とが融合され、現代におけるミカエルのイメージを形作ったのであろう。

【サタニャエル】(性別:???)

ミカちゃん一人だと心配なので付いて来た。色んなことに詳しい黒猫。「サタニャエル」を名乗っているが、悪魔サタナエルと同一視されるかは謎。ビヨンデッタから「サマエル」と呼ばれてもおり、そうであれば楽園でイヴを誘惑した蛇であるとも言える。非常に好奇心旺盛で勉強熱心。たまに悪魔っぽいが、基本的には常識的。


(うんちく)

「猫に九生有り」のことわざは、高いところから落ちてもうまく着地してしぶとく生き残る、タフさから来ていると考えられる。何故「九生」なのかは定説は無いが、エジプト神話の猫頭の女神バステトが九つの魂を持っていたことに由来するのではないか、と言われる。そのようにしぶとい猫を殺すには「好奇心」が効果的であるとことわざは言う(「好奇心は猫を殺す」)。つまり人に知恵を与えたサマエルが、その罪によって神の罰を受けることの暗示として、サタニャエルというキャラクタは造られている。


サマエルは「神の悪意」という意味を持つ。12枚の翼を持つことから、堕天使ルシファーとも同一視される。

【ビヨンデッタ】(性別:男性 or 女性)

ミカを「お姉さま」と慕う悪魔の少女。その正体はソロモン72柱序列第1位ともされる魔王ベルゼブブ。ニーチェを好み、強き者が強くある世界こそが最も美しいと考えている。人間を「草」と呼び、その愚鈍さを嘲笑する。


(うんちく)

作中にあるように、ベルゼブブの由来はウガリット神話における豊穣の神バアル・ゼブル。バアルの信仰は旧約聖書において偶像崇拝として忌み嫌われ、度々敵対した。バアル・ゼブルをバアル・ゼブブと読み替えることで、その意味を「気高き主」から「蠅の王」へと貶めた。


「ビヨンデッタ」の名前は幻想小説の父J・カゾットの『悪魔の恋』に由来する。主人公のアルヴァーレは知的好奇心により悪魔ベルゼブブを呼び寄せ、そのベルゼブブは「ビヨンデット」という名の少年として彼に仕えた。やがて「ビヨンデット」は「ビヨンデッタ」という少女となり、アルヴァーレに強く愛を語る。そしてアルヴァーレは苦悩の末にビヨンデッタを愛してしまう。あまりにあっけない結末についてはここで語らない。


ウィリアム・ゴールディングの『蠅の王』は死の象徴として蠅が描かれる。また、理性を凌駕する闘争心は豚の首として表れた。作中でビヨンデッタが豚肉を好んでいるのも、そうした背景による。

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