4.サマリアの女、フォティニ

文字数 1,452文字

イエスは再びガラリヤへと赴き、途中サマリアのシカルという町に来られた。

そこは、ヤコブが息子のヨセフに与えた土地に近い町である。

弟子たちが買い物で離れている時、イエスは井戸の傍らに腰を下ろしておられた。

そこにサマリアの一人の女が水をくみに来た。

サマリア人と言えば、元は北イスラエル王国の民でしたわね。

自らのトーラーであるサマリア五書を持ち、ゲリジム山を聖所とする。

エルサレムのユダヤ人とは微妙にぎくしゃくした関係ですの。

そのサマリアの女について、聖書では名前は明らかにされていない。

ただ東方正教会では聖人として崇拝されていて、名をフォティニと言う。

ギリシア語で光を意味するフォスが語源になっている。

フォスと言えば『宝石の国』の主人公フォスフォフィライトを思い出しますわね。

フォスフォロス(リン)とピュロン(葉)のイト(石)という合成で、和名は燐葉石。

このフォスフォロスはフォス(光)をフォロス(運ぶ)という意味となります。

これがフォスフォフィライトか。

綺麗な緑色やな。

話が逸れ過ぎだよ。

まったく女の子ってのはキラキラしたものが好きなんだから。

あら、わたくしを心まで女と認めてくださるの?
うちは今どっちなんやろ。
とにかく、このサマリアの女が近くに来たところ、イエスが声をかけた。

彼女に「水を飲ませてください」と言ったんだ。

ヘブライ語聖書において井戸や水槽はとても象徴的だ。

ここでの会話は婚約に関する取り決めを思わせる。

例えば『創世記』第29章ではヤコブが東方の人々と井戸の近くで会話する。

そこで語られた女性がラケルで、彼女はベニヤミンの母親となる。

『出エジプト記』ではモーセがレウエルの娘たちを助ける場面があったね。

羊に水を飲ませるための手助けをしたんだ。

その後、モーセはレウエルの娘ツィポラを娶った。

なるほど。

井戸端会議でおばちゃんが世話焼きを買って出るような話やな。

案外、今の時代に必要なシステムかもしれん。

どうだろうね。

他に井戸そのものを妻とみなした表現もある。

『箴言』第5章15-18節

お前の水槽から水を飲み、お前の井戸から湧き水を飲め。

お前の湧き水が外に溢れ、お前の水の流れが広場に溢れないようにせよ。

それらを自分だけのものにせよ。お前とともにいる他国の者のものにするな。

お前の泉が祝福されるように。お前の若い時の妻に喜びを見出すようにせよ。

己の妻を愛せ、というしごくまっとうな主張ですわね。

これをソロモンのごとき浮気者が語るとは片腹痛いところですが。

まあ、主張だけは認めて差し上げましょう。

サマリアの女は「真実との婚約」の枠組みにおいて語られている。

ローマ教皇庁ではそんな風に言われているらしい。

イエスは彼女に水を求めた。

しかし彼女はユダヤ人であるイエスがサマリア人の自分に頼むことに驚いた。

するとイエスは彼女に「生ける水」について教えるんだ。

「生ける水」とはすなわち聖霊のことさ。

「わたしが与える水を飲む人は、永遠に渇くことがない。

それどころか、わたしが与える水は、

その人の中で泉となって、永遠の命に至る水が湧き出る」。

水をくれなどと話を振っておいて、本題は信仰に関することだった……。

なんとも、うまく話を持って行ったものですこと。

話を聞き、もしかしたらイエスがメシアかもしれないと思うようになった。

そして彼女は町の人々に話を聞いてみるように伝えた。

まあ、話聞くだけやったら無料(ただ)やし?

何事も経験やからな。

……よく聞く、危ないパターンのような。

口八丁手八丁でまるめこまれてしまいましてよ。

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登場人物紹介

【ミカ】(性別:無性 時々 男性)

神様の命令で人々を見守ることになった大天使ミカエル。サタニャエルくんに色々教えてもらう生徒役。ただ何も知らないお馬鹿ではなく、それなりに常識人。特に戦争に関することはなかなか詳しい。無意味な殺戮は嫌うが、戦争そのものは悪と見做さない。ビヨンデッタの作った「ケーキ」にトラウマがある。


(うんちく)

その名は「神に似たるものは誰か」という意味を持つ。ミカエルはMa-Ha-Elと分解され、「偉大なる神」の意味ともされる。天軍の総帥であり、右手に剣を持った姿で描かれる。


聖書において天使の翼に関する記述は無い。その造形はギリシア神話における勝利の女神ニケ(Nike)が由来であると考えられている。


ミカエル、最大の見せ場は新約聖書『ヨハネの黙示録』12である。そこには以下のような記載がある。

「かくて天に戰爭おこれり、ミカエル及びその使たち龍とたたかふ。龍もその使たちも之と戰ひしが、勝つこと能はず、天には、はや其の居る所なかりき。かの大なる龍、すなわち惡魔と呼ばれ、サタンと呼ばれたる全世界をまどはす古き蛇は落され、地に落され、その使たちも共に落されたり。」

おそらくは翼の生えた勝利の女神と、戦争における戦士の姿とが融合され、現代におけるミカエルのイメージを形作ったのであろう。

【サタニャエル】(性別:???)

ミカちゃん一人だと心配なので付いて来た。色んなことに詳しい黒猫。「サタニャエル」を名乗っているが、悪魔サタナエルと同一視されるかは謎。ビヨンデッタから「サマエル」と呼ばれてもおり、そうであれば楽園でイヴを誘惑した蛇であるとも言える。非常に好奇心旺盛で勉強熱心。たまに悪魔っぽいが、基本的には常識的。


(うんちく)

「猫に九生有り」のことわざは、高いところから落ちてもうまく着地してしぶとく生き残る、タフさから来ていると考えられる。何故「九生」なのかは定説は無いが、エジプト神話の猫頭の女神バステトが九つの魂を持っていたことに由来するのではないか、と言われる。そのようにしぶとい猫を殺すには「好奇心」が効果的であるとことわざは言う(「好奇心は猫を殺す」)。つまり人に知恵を与えたサマエルが、その罪によって神の罰を受けることの暗示として、サタニャエルというキャラクタは造られている。


サマエルは「神の悪意」という意味を持つ。12枚の翼を持つことから、堕天使ルシファーとも同一視される。

【ビヨンデッタ】(性別:男性 or 女性)

ミカを「お姉さま」と慕う悪魔の少女。その正体はソロモン72柱序列第1位ともされる魔王ベルゼブブ。ニーチェを好み、強き者が強くある世界こそが最も美しいと考えている。人間を「草」と呼び、その愚鈍さを嘲笑する。


(うんちく)

作中にあるように、ベルゼブブの由来はウガリット神話における豊穣の神バアル・ゼブル。バアルの信仰は旧約聖書において偶像崇拝として忌み嫌われ、度々敵対した。バアル・ゼブルをバアル・ゼブブと読み替えることで、その意味を「気高き主」から「蠅の王」へと貶めた。


「ビヨンデッタ」の名前は幻想小説の父J・カゾットの『悪魔の恋』に由来する。主人公のアルヴァーレは知的好奇心により悪魔ベルゼブブを呼び寄せ、そのベルゼブブは「ビヨンデット」という名の少年として彼に仕えた。やがて「ビヨンデット」は「ビヨンデッタ」という少女となり、アルヴァーレに強く愛を語る。そしてアルヴァーレは苦悩の末にビヨンデッタを愛してしまう。あまりにあっけない結末についてはここで語らない。


ウィリアム・ゴールディングの『蠅の王』は死の象徴として蠅が描かれる。また、理性を凌駕する闘争心は豚の首として表れた。作中でビヨンデッタが豚肉を好んでいるのも、そうした背景による。

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