4.信じる者は救われる

エピソード文字数 1,373文字

信じる者は救われる。

そんで、さらに信じる者は儲かるんや。

言葉遊びと言うか、漢字パズルですわね。

「信者」+「'」→「儲」といった感じの。

なかなか不敬な響きがあるけどね。

嫌いじゃないよ。

人が義であるか否かは、その信仰によって定まると言う。

割礼はあくまで形だけのことで、本当に大事なのは心のありようなのさ。

それをパウロはアブラハムを引き合いにして説明した。

『創世記』第15章5-6節

主は彼を外に連れ出して仰せになった、

「天を仰いでみよ。星を数えられるなら、数えてみよ」。

また彼に仰せになった、

「お前の子孫はあのようになる」。

アブラムは主を信じた。主はそれを彼の義と認められた。


(注:この時はまだ「アブラハム」ではなく「アブラム」とされている)

アブラムは神に義と認められた。

そしてこれは、割礼の契約よりも前のことですわね。

パウロはそこを強調する。

割礼はあくまで契約の徴(しるし)であり、アブラハムを模範とするためだと言う。

『創世記』第17章10-11節

お前たち、およびお前の跡に続く子孫とわたしの間で、

お前たちが守るべき契約は次のとおりである。

すなわち、お前たちの男子はみな、割礼を受けよ。

お前たちは包皮の部分を切り取らなければならない。

これは、わたしとお前たちの間の契約の徴となる。

確かに、割礼よりも信仰が先んじとる。

パウロの言う通りな気ぃしてきたな。

そしてパウロはアブラハムの信仰による義をイエスに結び付ける。

イエスは人々の罪のために死んだ。

そして人々を義とするために復活させられた。

わたしたちが敵であった時でさえ、御子の死を通して神と和解させていただいた。

わたしたちが御子の命によって和解させていただき、救われるのはなおさら。

わたしたちの主イエス・キリストによって、わたしたちの神を誇りとしています。

今や、キリストを通して、和解させていただいたからです。

何が言いたいのやら、さっぱり分かりません。
うー。

分かるような分からんような。

そんなんパウロっちゅうか、キリスト教徒が勝手に言うてるだけかもしれへん。

この言葉を正当たらしめるには、イエスの死と復活が前提となる必要があるね。

イエスの行いは預言書の実現であった。

『イザヤ書』に書かれた「主の僕」の記載を確認してみよう。

『イザヤ書』第53章4-5節

まことに、彼はわたしたちの病を担い、わたしたちの苦しみを背負った。

わたしたちは、彼が神によって打たれ、たたかれ、卑しめられていると考えた。

彼は、わたしたちの背きの故に刺し貫かれ、わたしたちの悪の故に打ち砕かれた。

彼の上に下された懲らしめが、わたしたちに平和をもたらし、

彼の傷によってわたしたちは癒された。

これぞまさしくイエス様のことやな。
パウロが言うように「敵であった時」でも和解が成立するのだとして。

それならば信仰を持つ必要など無いのではなくて?

義であろうが何であろうが、関係ないでしょう。

神との和解が成立したとして、信仰が無ければ罪の内にい続けることになる。

ユダヤでは古くから死者が復活するという思想を持っていた。

そして復活の時に裁かれて、悪人であれば陰府(よみ)行きというわけだ。

洗礼を受け、イエスと共にあれば、復活の時もイエスと共にあるだろう。

そういう考えでもって、信じる者は救われるという話になるんじゃないかな。

あかん……。

頭、痛くなってきた。

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登場人物紹介

【ミカ】(性別:無性 時々 男性)

神様の命令で人々を見守ることになった大天使ミカエル。サタニャエルくんに色々教えてもらう生徒役。ただ何も知らないお馬鹿ではなく、それなりに常識人。特に戦争に関することはなかなか詳しい。無意味な殺戮は嫌うが、戦争そのものは悪と見做さない。ビヨンデッタの作った「ケーキ」にトラウマがある。


(うんちく)

その名は「神に似たるものは誰か」という意味を持つ。ミカエルはMa-Ha-Elと分解され、「偉大なる神」の意味ともされる。天軍の総帥であり、右手に剣を持った姿で描かれる。


聖書において天使の翼に関する記述は無い。その造形はギリシア神話における勝利の女神ニケ(Nike)が由来であると考えられている。


ミカエル、最大の見せ場は新約聖書『ヨハネの黙示録』12である。そこには以下のような記載がある。

「かくて天に戰爭おこれり、ミカエル及びその使たち龍とたたかふ。龍もその使たちも之と戰ひしが、勝つこと能はず、天には、はや其の居る所なかりき。かの大なる龍、すなわち惡魔と呼ばれ、サタンと呼ばれたる全世界をまどはす古き蛇は落され、地に落され、その使たちも共に落されたり。」

おそらくは翼の生えた勝利の女神と、戦争における戦士の姿とが融合され、現代におけるミカエルのイメージを形作ったのであろう。

【サタニャエル】(性別:???)

ミカちゃん一人だと心配なので付いて来た。色んなことに詳しい黒猫。「サタニャエル」を名乗っているが、悪魔サタナエルと同一視されるかは謎。ビヨンデッタから「サマエル」と呼ばれてもおり、そうであれば楽園でイヴを誘惑した蛇であるとも言える。非常に好奇心旺盛で勉強熱心。たまに悪魔っぽいが、基本的には常識的。


(うんちく)

「猫に九生有り」のことわざは、高いところから落ちてもうまく着地してしぶとく生き残る、タフさから来ていると考えられる。何故「九生」なのかは定説は無いが、エジプト神話の猫頭の女神バステトが九つの魂を持っていたことに由来するのではないか、と言われる。そのようにしぶとい猫を殺すには「好奇心」が効果的であるとことわざは言う(「好奇心は猫を殺す」)。つまり人に知恵を与えたサマエルが、その罪によって神の罰を受けることの暗示として、サタニャエルというキャラクタは造られている。


サマエルは「神の悪意」という意味を持つ。12枚の翼を持つことから、堕天使ルシファーとも同一視される。

【ビヨンデッタ】(性別:男性 or 女性)

ミカを「お姉さま」と慕う悪魔の少女。その正体はソロモン72柱序列第1位ともされる魔王ベルゼブブ。ニーチェを好み、強き者が強くある世界こそが最も美しいと考えている。人間を「草」と呼び、その愚鈍さを嘲笑する。


(うんちく)

作中にあるように、ベルゼブブの由来はウガリット神話における豊穣の神バアル・ゼブル。バアルの信仰は旧約聖書において偶像崇拝として忌み嫌われ、度々敵対した。バアル・ゼブルをバアル・ゼブブと読み替えることで、その意味を「気高き主」から「蠅の王」へと貶めた。


「ビヨンデッタ」の名前は幻想小説の父J・カゾットの『悪魔の恋』に由来する。主人公のアルヴァーレは知的好奇心により悪魔ベルゼブブを呼び寄せ、そのベルゼブブは「ビヨンデット」という名の少年として彼に仕えた。やがて「ビヨンデット」は「ビヨンデッタ」という少女となり、アルヴァーレに強く愛を語る。そしてアルヴァーレは苦悩の末にビヨンデッタを愛してしまう。あまりにあっけない結末についてはここで語らない。


ウィリアム・ゴールディングの『蠅の王』は死の象徴として蠅が描かれる。また、理性を凌駕する闘争心は豚の首として表れた。作中でビヨンデッタが豚肉を好んでいるのも、そうした背景による。

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