1.自己言及のパラドックス

文字数 1,174文字

彼らのうちで預言者とみなされていた一人のクレタ人が言っています、

「クレタ人は、常習的な嘘つき、たちの悪い獣、怠け者の大食漢」。

この箇所はとても有名な話だ。

「自己言及のパラドックス」の説明の際に取り上げられるのでね。

哲学者バートランド・ラッセルの論文で有名になったんだとか。

パラドックスの例として「この文は偽である」という一文があったとする。

仮にこの一文が正しいとしても、偽であるのだから、誤った文となる。

逆にこの一文が誤っていたなら、真であるのだから、正しい文となってしまう。

こんな風に自己を含めた言及により生じるパラドックスのことなんだ。

ふむふむ、なるほど。

その「自己言及のパラドックス」がクレタ人の話に結び付く、と。

ここで言われる「預言者」はヤハウェの声を聴く預言者のことではない。

紀元前500年から600年ころにいたとされる伝説的な詩人エピメニデスのことだ。

その彼が残した詩に「クレタ人はいつも嘘つき」と書かれていたと言う。

シリア正教会の神学者、メルヴのイショダードの注釈に詩が残っているらしい。

エピメニデス自身もクレタ人。

そんな彼が「クレタ人はいつも嘘つき」と言えば、自己言及となってしまう。

すると彼の言葉が真であれ偽であれ、パラドックスが生じるということですわね。

そういうことさ。

とは言え、エピメニデス自身はそんなこと考えもしなかっただろう。

言い回しは数学のような厳密さを求めない。

「クレタ人」と言っても、「自分を含めた全クレタ人」ということではない。

そらそうや。

日本人が「日本人は」言うて批判始めても、大抵は自分を勘定に入れへんやろ。

「いつも」言うんも、別に「毎回必ず」とは限らへん。

そのへんを知ってか知らずかごっちゃにする人はようけおる。

傾向の話をしとるのに「全部やない」言うて反論したり。

部分の話をしとるのに「そんな傾向はない」とか言うてみたり。

そもそも会話がお喋りなんか、議論なんか、それも分からんようになっとる。

僕らの会話はもちろん「お喋り」だ。

そこんとこは外さずにいたいね。

ええ、ええ。

厄介事はごめん蒙りますわ。

わたくしどもは悪魔ですので、好き勝手無責任にやらせていただきましょう。

ユダヤ人の作り話や、真理に背いている人々の掟に心を向けないようにさせなさい。

清い人にとっては、すべてが清いのです。

ユダヤ人の作り話って何のことや?
ケンブリッジ大学出版局のケンブリッジ聖書によると、「系図」のことらしい。

アブラハムやダビデの血統であることに魅了されて、延々と系譜を云々したとか。

「教え」には何の意味もないから、「作り話」と吐き捨てたんだと思う。

(Cambridge Bible for Schools and Colleges 参照)

後はいつものお決まりだ。

信仰を持って慎ましく生きよ。

愚かな議論をするな。

互いに愛し合え、ってね。

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登場人物紹介

【ミカ】(性別:無性 時々 男性)

神様の命令で人々を見守ることになった大天使ミカエル。サタニャエルくんに色々教えてもらう生徒役。ただ何も知らないお馬鹿ではなく、それなりに常識人。特に戦争に関することはなかなか詳しい。無意味な殺戮は嫌うが、戦争そのものは悪と見做さない。ビヨンデッタの作った「ケーキ」にトラウマがある。


(うんちく)

その名は「神に似たるものは誰か」という意味を持つ。ミカエルはMa-Ha-Elと分解され、「偉大なる神」の意味ともされる。天軍の総帥であり、右手に剣を持った姿で描かれる。


聖書において天使の翼に関する記述は無い。その造形はギリシア神話における勝利の女神ニケ(Nike)が由来であると考えられている。


ミカエル、最大の見せ場は新約聖書『ヨハネの黙示録』12である。そこには以下のような記載がある。

「かくて天に戰爭おこれり、ミカエル及びその使たち龍とたたかふ。龍もその使たちも之と戰ひしが、勝つこと能はず、天には、はや其の居る所なかりき。かの大なる龍、すなわち惡魔と呼ばれ、サタンと呼ばれたる全世界をまどはす古き蛇は落され、地に落され、その使たちも共に落されたり。」

おそらくは翼の生えた勝利の女神と、戦争における戦士の姿とが融合され、現代におけるミカエルのイメージを形作ったのであろう。

【サタニャエル】(性別:???)

ミカちゃん一人だと心配なので付いて来た。色んなことに詳しい黒猫。「サタニャエル」を名乗っているが、悪魔サタナエルと同一視されるかは謎。ビヨンデッタから「サマエル」と呼ばれてもおり、そうであれば楽園でイヴを誘惑した蛇であるとも言える。非常に好奇心旺盛で勉強熱心。たまに悪魔っぽいが、基本的には常識的。


(うんちく)

「猫に九生有り」のことわざは、高いところから落ちてもうまく着地してしぶとく生き残る、タフさから来ていると考えられる。何故「九生」なのかは定説は無いが、エジプト神話の猫頭の女神バステトが九つの魂を持っていたことに由来するのではないか、と言われる。そのようにしぶとい猫を殺すには「好奇心」が効果的であるとことわざは言う(「好奇心は猫を殺す」)。つまり人に知恵を与えたサマエルが、その罪によって神の罰を受けることの暗示として、サタニャエルというキャラクタは造られている。


サマエルは「神の悪意」という意味を持つ。12枚の翼を持つことから、堕天使ルシファーとも同一視される。

【ビヨンデッタ】(性別:男性 or 女性)

ミカを「お姉さま」と慕う悪魔の少女。その正体はソロモン72柱序列第1位ともされる魔王ベルゼブブ。ニーチェを好み、強き者が強くある世界こそが最も美しいと考えている。人間を「草」と呼び、その愚鈍さを嘲笑する。


(うんちく)

作中にあるように、ベルゼブブの由来はウガリット神話における豊穣の神バアル・ゼブル。バアルの信仰は旧約聖書において偶像崇拝として忌み嫌われ、度々敵対した。バアル・ゼブルをバアル・ゼブブと読み替えることで、その意味を「気高き主」から「蠅の王」へと貶めた。


「ビヨンデッタ」の名前は幻想小説の父J・カゾットの『悪魔の恋』に由来する。主人公のアルヴァーレは知的好奇心により悪魔ベルゼブブを呼び寄せ、そのベルゼブブは「ビヨンデット」という名の少年として彼に仕えた。やがて「ビヨンデット」は「ビヨンデッタ」という少女となり、アルヴァーレに強く愛を語る。そしてアルヴァーレは苦悩の末にビヨンデッタを愛してしまう。あまりにあっけない結末についてはここで語らない。


ウィリアム・ゴールディングの『蠅の王』は死の象徴として蠅が描かれる。また、理性を凌駕する闘争心は豚の首として表れた。作中でビヨンデッタが豚肉を好んでいるのも、そうした背景による。

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