第5話 残虐の侯爵(こうしゃく)
文字数 1,586文字
岩石戦士ヴァロの顔叩き割ったアイリ・ライハラが振り向くと騎士ら全員が呆けたような顔で少女を見つめていた。
「なんだよ!? お前ら文句あんのか!?」
そう言い放ちながらアイリは己の長剣を拾い上げぶんぶん刃振り回しながら馬の方へ肩怒らせて歩いた。
なにが腹立つといえば、不格好な勝ち方をしたことがアイリはゆるせなかった。
子鬼らとオークが逃げてしまい騎士らは見下していた小娘へ頭振り思いだしたように剣を鞘に収めだした。
ムゼッティ教皇の七光りで十字軍総大将に着いたはずの青髪の小娘が馬の首よりも太い岩の棍棒を細枝でも振り回すように扱い岩石戦士を叩き倒した。
鐙に足かけて軽々と鞍に跨がった総大将が振り返りまた怒鳴った。
「お前ら腑抜けんなぁ! まだ序盤じゃん!」
ぷいと顔を背けかっぽらかっぽらとアイリ・ライハラが馬を常歩させ始めると騎士らが慌てて手綱を操った。
その峡谷の有り様を水晶玉で見ていた六災厄が一人──歪みの仮面──ヴァーランペラが唸った。
「如何ですか、あの青髪────努々にも軽んじなるなどなさらぬよう」
水晶玉を反対側から両手を翳し操っていた真っ白のベールで顔を隠している女が魔族の指揮者の一人に警告した。
「────魔女風情が言うではないか」
信じられるものか──この魔女は人間ながら妖魔に肩入れしてきた裏切り者だった。魔族は魔力の雌雄があるだけで信じられるものなどまったくない。信じられる、られないもなかったがとヴァーランペラは目を細めた。
「で、我々はどう出るべきか」
ベールで顔隠した女が紫紺の唇を歪めた。
「それは率いる貴男方の領分。我はあの青髪の心の臓を喰らえれば何でもよいのですよ」
ヴァーランペラは魔王様をのぞき人ほど怖ろしいものはいないと思った。
魔族は気分次第で同族を殺めるが心臓を喰らったりしない。だがこの魔女は幹部級に匹敵する魔力を持っている。それは同族の心臓を喰らい得た力なのかもしれないと六災厄が一人は思った。
「それで、我々に手を貸すのか、貸さないのか────ルースクース・パイトニサム?」
匂いでわかる。
領地に人間が入り込んでいる。
辺境の楯を担うヴァロは何をしているのだと六災厄が一人──残虐の侯爵バザロフは宝玉の杖を岩場に打ちつけた。
死の谷ドゼビローは魔族の領地拡大の最前線。人の侵入を許してはならなかった。
だがもう峡谷に多数の人間が入り込んだ後だ。
バザロフは洞穴から姿現すと、黒のローブを翻し魔導具である杖を振り上げた。
それに呼応するように次々に岩場に赤い双眼が開き始めるとそれらが身を起こし翼伸ばした。
無数の石像鬼はバザロフの上空を円描き飛び始めた。
数匹が降下してくるとローブの上からバザロフの肩をつかみ激しく羽ばたくと残虐の侯爵を持ち上げ飛翔し始めた。
妖魔らは渓谷を流れるように北へ飛び続けた。
やがて馬で南下してくる人間どもが見え始めるとその目前をバザロフは宝玉の杖を振って降下石像鬼へ下りるように命じた。
次々に下り立った魔族らに馬上の人間どもは陣形を整え剣引き抜いた。
石像鬼らに取り囲まれた残虐の侯爵バザロフは名乗りも上げぬ人間どもを下等な猿だと思った。
人間どもは二人の青髪のものを護っているのが丸わかりだった。そのものらにバザロフは名乗りを上げた。
「よく来たな猿どもよ。我は辺境の地を受け持ちし妖魔の六災厄が一人──残虐の侯爵バザロフ候なるぞ────平伏せ」
未成熟な青髪の雌が口上を切り返した。
「お前が二人目の六災厄幹部か」
「二人目だと!? それはどういう意味だ、猿よ?」
そうバザロフは未成熟な青髪の雌に問い返した。
「終焉の六災厄が一人──火刑人のヴェラのように倒されに来たな」
バザロフはローブの内からその青髪を睨み据えタールのような黒い顔に熔岩のような模様を浮かび上がらせ静かに激昂し始めた。
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