第20話 金剛石像

文字数 2,726文字

 のたくる頭上の有毒蛇の不気味さより、振り向いた双眼が赤の先に闇が潜む(かがや)きを放つその光に(にら)み据えられたことの方が怖気(おぞけ)だとイラ・ヤルヴァは思った。

 眼にした瞬間覚悟した。

 私が倒さなければ、アイリ・ライハラが戦わなくてはならなくなる。

 私の命を拾い上げてくれた少女の笑顔が一瞬脳裏に浮かび、迫る化け物に入れ替わった。

 右手に握る(ソード)を前から左肩の後ろに振り上げ、左に(ひね)った上半身にありったけの力を(たくわ)える。

 肩幅で繰り出していた両(あし)のテンポを一瞬縮め、大きく右足を怪物の真横に踏み込んだ。その瞬間蓄えた上半身と腕すべての力を解き放った。

 あのアイリに劣らぬ速さで(やいば)を引き伸ばし引き裂かれた空気の(うな)りを左耳が楽しんだ。


 その矢のような速さの(ソード)がいきなり爆轟と共に動きすべてを盗み取られた。


 その蛇頭が振り上げた左腕の手首近くで(やいば)を受け止めていた。

 それだけではなかった。

 受け止められた(はがね)が一瞬で(くだ)け折れた。

 咄嗟(とっさ)に女暗殺者(アサシン)は折れた(ソード)を放り出しさらに踏み込んで右に身体を倒し伸ばした手で昏倒(こんとう)し倒れた近衛兵の手から(ソード)を奪い取った。そうしてさらに駆け左(あし)(ひね)り右(あし)が地面を捉えた刹那(せつな)、その(あし)に体重の(ほとん)どと移動の方向転換を負わせた。地面を蹴り込むと、一瞬で眼の前に(さら)された蛇頭のうなじに(やいば)(かがや)きを打ち込んだ。


 命中したのは首の後ろに回した右手の甲。


 凄まじい音が走り抜け、広がった一瞬で2枚目の(やいば)が砕け散った。


 なんて(かた)い奴だ!!

 それに素速い!!


 だが手の甲の岩肌の皮膚が削がれダイヤモンドのような輝きが垣間見えた。

 咄嗟(とっさ)にイラ・ヤルヴァは右足を前に蹴り上げ、怪物の両肩から下げるマントの中間を蹴り込んで、跳び退(しりぞ)くと後転しながら近衛兵の(たて)(ソード)を拾い上げた。

 だが奇っ怪な石像のような顔をした魔物は、追いすがるでもない。城内の奥を目指し歩み始めた。そこへ4人の近衛兵が(ソード)を腰だめに構え切っ先を突き出した。

 それを蛇頭はブレるでもなく振り回した片足で兵4人を弾き飛ばした。その1人が女暗殺者(アサシン)(きわ)(かす)るように飛び抜け馬十頭分も先にある水()み場の柱にぶつかりへし折った。

 だがそれ以上怪物は何かするでもなく、また城内の奥へと行き始めた背中をイラ・ヤルヴァは見つめ思った。


 あれは攻撃に即応(そくおう)するが目的を優先してる!


 何が狙いだと足速に背中との間合いを詰めた。

 城門裏の広場が一度狭まり攻め入った兵が一度に抜けられぬ通りの真ん中を蛇頭は悠々(ゆうゆう)と歩いてゆく。

 いけない! 止めないと! わたしが止めないと!

 揺れるマントが急激に迫り、どんなに(かた)かろうと曲がる部分があるのならそこが弱点だと彼女は(ひざ)裏を狙いマントの上から(ソード)を突き込んだ。

 蹴り込んでくる──そう用心していたはずだった。

 構えた(たて)の上から強烈に蹴られ、肺からありったけの息を(しぼ)り取られた。

 イラ・ヤルヴァは、城内奥の広場入口の際にある居館(パレス)の壁に叩きつけられる瞬間、身を守ろうと身体を丸め身構えた。

 激痛が襲いかかると(まぶた)を閉じてその来訪を待ったが、変化がないことに戸惑い薄目を開いた。



 眼の前に広がる(あお)い宝石の草叢(くさむら)に一瞬意味をつかみかねているとその下の2つの瞳に見上げられ、片側を持ち上げた小さな唇が(ささや)いた。

「イルミが誰にでも治療薬使ってくれると思うな」

 女暗殺者(アサシン)は自分より体躯(たいく)の劣る少女の両腕に抱き上げられていることに気づくと、石(だたみ)に尻から落とされ(うめ)き声をこぼした。

 しかめっ(つら)を上げたイラ・ヤルヴァが見たのは、軽く湾曲した(スキャバード)を拾い上げ、突き出たハンドルに右手をかけながら蛇頭の怪物に向かい歩いて行くアイリ・ライハラの後ろ姿だった。

「気をつけなさいアイリ! そいつは岩より硬い! まるでダイヤモンドのように! それに恐ろしく素速い!」

 大きくひと振りして(スキャバード)を抜き飛ばした少女が、細身の(ソード)の切っ先を地面に引き()りながら駆け出した瞬間、女暗殺者(アサシン)は真後ろから見ているのに、アイリの姿が幾重にもブレ始めた直後、いきなり蛇頭の怪物が振り向き振り上げた両腕の前で派手な火花が飛び散り甲高い金属音が広場に木霊(こだま)した。

 その頭上を逆さまに飛び越える少女の姿が寸秒見え、怪物の逆側に飛び下りた刹那(せつな)、凄まじい速さでマントを振り上げそいつが振り向くとその正面で再び大きな火花が飛び散り、イラ・ヤルヴァは鼓膜が痛いほどの金属音を耳にして青ざめた。

 ダメだ! アイリ1人では荷が勝ちすぎる。

 女暗殺者(アサシン)は立ち上がると辺りを見回し、近衛兵の残りが手を出せずに遠巻きでいる現状に覚悟を決めた。

 (ソード)を左右に二振りし、蛇頭の怪物へと走りだした直後、アイリが怪物から離れるといきなり蛇頭の怪物は向きを変え城内の奥へと歩みだした。

「イラ! ウルマス国王とイルミ王女を避難させ混乱から守れ! コイツの狙いは王と王女だ!」

 駆ける脚を緩めイラが躊躇(ちゅうちょ)すると少女がまた怒鳴った。

「わたしの玩具に──手出しするな!」

 おもちゃ!? 唖然となる女暗殺者(アサシン)の前で再びアイリが蛇頭の怪物へ駆け寄り火花散らす攻防が再開され、イラは城内奥の王族の居館(パレス)へ向かい(きびす)を返し駆けだした。

 その背後に尋常でない金属音が跳ね広がって追いすがってきた。その刹那(せつな)、イラ・ヤルヴァは気がついた。


 アイリにはあれが遊びだと言い切れる余裕がある。




 その(あふ)れる自信の源流を(かな)うことなら見てみたいと女暗殺者(アサシン)は願い繰り出す脚に力を込めた。





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登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

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