第19話 わらわら

文字数 2,004文字

 闇から赤い光に誘われ出てきたものらに、女騎士ヘルカ・ホスティラとアイリ・ライハラが真っ先に(ソード)を引き抜いたものの拍子抜けしてしまった。

 立ち上がった身長も人の腰までしかない、赤い目のうさぎに似た物の()が数()後足で立ち上がりキョトンと洞窟(どうくつ)へ入り込んだものらを見つめ耳を揺り動かしていた。その愛らしい顔つきと仕草に敵意はまったく見られない。1羽ごとにその色や模様が違っており見分けがついた。

「アイリ、見てくれに油断するな」

 そう言いながらもヘルカは抜いた(ソード)の構えがいい加減になっている。アイリもどうしたものかと長剣(ロングソード)刃口(きっさき)を下ろしてしまった。

 ヘルカはサイクロプスを倒し手に入れた赤い魔石を腰袋にしまうと女暗殺者(アサシン)のイラ・ヤルヴァが両手に持つ砕けた発光石の淡い光だけになった。

 うさぎに似た魔物は人の近くにまでやってきて、すんすんと匂いを嗅いでいる。その様子を見守っていた4人の(そば)洞窟(どうくつ)の奥から次々に現れて数が40()近くになり、うさぎだらけになってしまった。

「うぅ、取り囲まれた」

 アイリが困ったとそう言い捨て眉尻を下げた。

「この状況で襲って来られたらいいようにされてしまいますよ」

 イラが怖いことをぼそりと(つぶや)く。

「押し分けて行くしかないだろう」

 ヘルカがそう言い切り、後足で立つうさぎらを(かわ)しながら洞窟(どうくつ)奥へと進みだしたので3人もそれに(なら)った。

 4名が歩きだすとうさぎらもぞろぞろとついてき始めた。

 取り囲まれた状態で彼女らが歩いてるとイラが苦笑いを浮かべ3人へ振り向いた。

「歩き辛いです。いっそぜんぶ倒して魔石を頂くのはどうでしょう?」

 アイリはその言葉に顔をしかめた。こんな無抵抗で敵意のない連中を斬り殺すなどできない。イラは時々怖いことを平気で言う、と少女は長い耳を揺り動かすうさぎの顔を見た。

 しかしこいつら襲いもせずになぜついてくる?

 ヘルカと並び歩く発光石を持つイラ・ヤルヴァが(かわ)すのが面倒になりうさぎを押しのけ足早に歩き始めた。そのとたん置き去りされかかったうさぎらがぴょんぴょんと大移動を始めた。

 アイリは鬱陶(うっとう)しくなってきた。

 こんな身動きがとり辛い状況で別な魔物が現れたら、4人とも逃げ場を失ってしまう。そう思いながら3番手を歩くアイリはぴょんぴょんと上下に揺れるうさぎの頭を数え始めるとあっという間に50羽を越えてしまった。

 しばらく歩き続けたが取り囲んだうさぎの一行は相変わらずぴょんぴょんとついてくる。

 洞窟(どうくつ)の幅はどこも広いとは限らない。狭い場所だと押し合いへし合いになる。

「なんかめんどくさい」

 アイリがぼそりと言うとヘルカが半身振り向いた。

「走るか?」

「走る!」

 いきなり女騎士がうさぎを跳ね飛ばし駆け出し慌ててイラ・ヤルヴァが並んで走り出した。それをアイリと若い男騎士が追い始めた。とたんに凄い事になった。

 数十()のうさぎがどどっと跳ねて追いかけ始める。

 走りながらアイリが振り向くとそのうさぎらの勢いに少女は恐ろしいものを感じてしまった。止まればあの足に踏みしだかられる!

 その直後アイリは踏みだした足を滑らせた。

 すってん、と転んだ少女は一瞬にして沢山の足に踏まれ(もみ)みくちゃなり痛さに叫び声を上げた。

「うわぁ! いてぇ! いてててててぇ!」

 通り過ぎた魔獣らの後にボサボサ頭のアイリが倒れて痙攣(けいれん)すると、とどめと言わんばかりに遅れてきた1羽のうさぎが踏み越えて少女は顔面を地面に押しつけられ身動きしなくなった。

 怒涛(どとう)のうさぎらの後に踏み(つぶ)された若い男騎士、ヘルカ・ホスティラそれにイラ・ヤルヴァと次々に倒れ置き去りにされうさぎらは洞窟(どうくつ)の奥に走り去り静かになった。

 しばらくしてアイリが腕を立て上半身を浮かせ顔を上げると、洞窟(どうくつ)の先にイラ・ヤルヴァの持った(ほの)かな明かりが見え、倒れている男騎士とヘルカ・ホスティラの影が判別できた。

「うぅ、ひどい目にあった。やっぱり無害な魔物なんて────」

 身体を起こしかかるアイリは物音が聞こえ動きを止めると、男騎士の倒れている辺りに立っている幾つかの影が見えた。その影に引き()られ倒れた男騎士の影が壁へ引っ張られてゆく。

 アイリは跳び起きると、男騎士の方へ駆け出した。

 イラ・ヤルヴァの(ほの)かな明かりにシルエットとなって見える幾つかの動く影が壁に溶け込み、そこに倒れたままの男騎士も引き()られ吸い込まれた。

 その先で今度は(うめ)き声を出し微かに動くヘルカ・ホスティラが何かに引き()られ始め暴れ出した。

「何だお前ら! 放せ、放さんか!」

 その声が女騎士のシルエットと共に壁に消えてゆく。

 その先で(ほの)かな光を振り()いているイラ・ヤルヴァが起き上がったのでアイリはそこまで走り彼女の腕を引っ張り女騎士が消えた壁まで駆け戻った。


 何もないと思った壁に、アイリが(わず)かに頭を下げれば入り込める横穴があった。



 その真っ暗な先からヘルカ・ホスティラの(わめ)き声が響いてきた。





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登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

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