第15話 暴君とお呼び

文字数 2,451文字

「裁判長! (わたくし)イルミ・ランタサルはそのヘッレヴィ・キュトラなるものを、無実のものを魔女として神聖なる裁判に引き立てた誤認捕縛(ほばく)、名誉毀損(きそん)、の嫌疑、この(おおやけ)の場で公正明大に取り調べ行う事を火急的速やかに申し出ます!」

 押し殺した声で裁判長へ告げたイルミ・ランタサルの直訴(じきそ)に成り行きを見守っていた裁判長は応えた。

「認めます。これより異端審問官ヘッレヴィ・キュトラのアイリ・ライハラに対する誤認逮捕、並びに同人に対する名誉毀損(めいよきそん)の法廷取り調べを行う」

 その発言に(あご)を落としたヘッレヴィ・キュトラは裁判長へ振り向いて(つぶや)いた。

「そ、そんな────」

 それらを見聞きしていたアイリ・ライハラはミイラ取りがミイラにされちまったとくるんくるんの滑舌(かつぜつ)に驚いた。

「裁判長、それでは(わたくし)が臨時検察官を兼任(けんにん)いたします。よろしいですね!」

 イルミ王妃(おうひ)が有無を言わせぬ勢いでそう宣言すると裁判長が(うなづ)いたので彼女はやる気満々で仕切り始めた。

「まず! ヘッレヴィ・キュトラ! あなたは一兵士の直訴(じきそ)をもってアイリ・ライハラを捕縛し拷問にかけ魔女裁判に引き立てた。間違いありませんね!」

 すぐに異端審問官が裁判長に振り向いて発言した。

「裁判長! 異議あり! 一兵士の直訴(じきそ)の後十分な調査を行いました!」

「異議を認めます」

 キュトラ審問官の異議を裁判長が認め、アイリ・ライハラはハラハラし始めたが、イルミ王妃(おうひ)は意に(かい)さず攻め落としにかかった。

「では、ヘッレヴィ・キュトラ! 十分な調査というが、何をして十分と判断したか!?」

「十分は十分であり──(わたくし)の判断に(もと)づいて────(わたくし)が十分と認めました」

 横を振り向いた少女はくるんくるんが腰に当てた指を仕切りに怪しく(うごめ)かせているのを見て、すでに異端審問官は王妃(おうひ)の術中にあると思った。攻め落とす魔法陣(マジックサークル)が見える様な気がしてくる。

「ほう!? では、あなたの判断に基づいた十分はどんな十分ですか?」

直訴(じきそ)の後、騎士2人、近衛兵5人に聞き取りを行い当時の状況を確たるものとして──」

 ヘッレヴィ・キュトラの説明の途中、待ってたとばかりにイルミ王妃(おうひ)が声を上げた。


「裁判長、異議あり! 闘技場(アリーナ)にいたデアチ国兵士1千、騎士40以上がいながらに、(わず)か7名の意見のみで状況を(つか)んだとするヘッレヴィ・キュトラの手抜き! 職務に傲慢(ごうまん)と言って差し支えありません!」


「異議を認めます」

 異端審問官が(あご)を落とし裁判長へ振り向き唇を震わせた。

「質問を変えます。ヘッレヴィ・キュトラ、大陸1悪辣(あくらつ)と知られる魔女の名を述べて下さい」

 キュトラ審問官は王妃(おうひ)の顔色を(うかが)い用心深く答えた。

「キルシです」

「では宮廷魔術師として包帯だらけの娘を(やと)い入れた時に名を確認しましたか?」

 流れの先を読みとったのかキュトラ異端審問官は言葉に詰まり()が開いた。

「確認し──ました」



「聞こえません! もっと大きな声で!!!」



 イルミ王妃(おうひ)に怒鳴られ異端審問官が(うつむ)いたまま大声で答えた。

「確認しましたとも! ファーストネームはミルヤミ────ファミリーネームはキルシ」

 イルミ・ランタサルが咳払いし静かに話しだした。

「裁判長、大陸1悪辣(あくらつ)な魔女の通り名は(みな)の知るところ偶然にもキルシです。その世の中に害なす希代の魔女キルシとて元は人の子。我がノーブル国はその魔女を探し出し駆逐するために生家(せいか)すら突き止めておりました。その名は────」

 そうなのかと横を向きアイリ・ライハラはどきどきしながらくるんくるんを見つめた。



「────ミルヤミ・キルシ! デアチ国宮廷魔術師と同姓同名!」



 少女はふと気づき変だと思った。

 あの黒爪の魔女が石像の魔神を引き連れ攻め入った時に俺がせっかく魔女を追い詰めかかるとそれをくるんくるんが(ランス)でポカスカ叩いて足止めした。アイリは視線を下ろし王妃(おうひ)の片手を見つめ顔を引き()らせた。

 まるで甲虫が(えさ)を取り込む触手! この世のものとは思えぬ奇っ怪で複雑素早い動かし方で悪意を刻んでる。



 この女! 口からでまかせを言ってる!



 ノーブル国がキルシを倒そうとしていたなんて嘘っぱちだ! くるんくるんは突っ込まれれば簡単に割れる薄氷の上で踊っている! 口先だけのホラで異端審問官を屈伏(くっぷく)させようと────アイリはヘッレヴィ・キュトラが(あわ)れに思えてきた。

「あのぉ────イルミ──さん」

 唇吊り上げる王妃(おうひ)へ少女が恐るおそる小さい声をかけた。刹那(せつな)、イルミ・ランタサルが横目で(にら)み下ろしアイリは背筋に冷たいものが駆け上がってきた。

「よけいな事を言いだしたら(めし)なしで(ろう)へ戻すわよ」

「なんでもありませんです」

 前へ向き直ったカチンコチンの少女は隣立つ女が暴君だと思った。下手をすると首を()ねられたなんとか(・・・・)3世王より厄介(やっかい)だぞと感じて、ノーブル国の200倍以上と()われる国民の行く末が心配になった。

「さて、ヘッレヴィ・キュトラ。そなたがアイリ・ライハラを誤認捕縛(ほばく)したなどと(わたくし)は思っておりません。そなたは命じられ、(そそのか)され意図を持って少女を捕らえ死刑に持ち込もうとした────」

 えぇ!? アイリ・ライハラはイルミ・ランタサルとヘッレヴィ・キュトラを交互に見つめた。

「そ、そんな事はありえぬ! 断じてありえぬ!」

 抗弁する女異端審問官の必死さが逆に誰かに命じられたのだと少女には思えた。

(われ)慈悲深(じひぶか)王妃(おうひ)────」

 えっ!? 何を真逆な事を! くるんくるんお前唇腫れ上がるぞとアイリ・ライハラは苦笑いを浮かべ横目でイルミ・ランタサルを見上げた。

「──誰から命じられ少女を魔女嫌疑(けんぎ)で捕らえたか白状すれば、恩情を持ってして減刑するよう口添えしようぞ」

「白状できるわけがない! 白状するものか!」

 うっ! こいつ阿呆だぁ、とアイリは眼が点になった。白を切れば誰にもわからないものを開き直った。



「では命じた本人を捕らえたのでここへ」



 捕らえた!? 昨日の今日で捕らえた!? どうやってとアイリ・ライハラがオロオロする先で追い込まれた状況に異端審問官ヘッレヴィ・キュトラが真っ青になってしまった。





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登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

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