第8話 若き呪い

文字数 1,967文字

 広大な大地イズイ大陸には広く長い砂漠がある。その北は西の蛮族国イルブイに食い込み大陸南のイルベ連合へL字のように湾曲したイリブイ砂漠だ。

 ノーブル出身のアイリ・ライハラがリディリィ・リオガ王立騎士団の6名と共に北の武国デアチ国を攻め落としデアチの剣竜騎士団を率いて(わず)か3日で西の蛮族国イルブイを倒した。

 その砂漠を抜けるには馬を使っても丸2日かかる。

 日中は燦々(さんさん)たる日射しに灼かれ、陽が沈むと凍えるような冷え込みに襲われていた。

「アイリ、今夜はここら辺で夜営しましょう」

 女剣士ウルスラ・ヴァルティアを名乗るテレーゼ・マカイは一行の(おさ)に提案した。騎士団長は振り返り歳嵩(としかさ)の騎士オイヴァ・ティッカネンに声をかけた。

「オイヴァ、夜営しよう。交代で2名を歩哨(ほしょう)に」

 オイヴァが39騎の騎士らに指示を出し名々(めいめい)が馬から下り陣形を作りアイリは砂に座り込むと甲冑(アーマー)の上半身を脱ぎおろし胸当(ブレスト・プレート)を枕に寝っ転がった。そのすぐ横にウルスラが陣取り、アイリを挟んで反対側にオイヴァが座り込んだ。

「なあウルスラ、お前(はえ)の王がお前の姉の復活を申し出た時にどうして心動かされなかったんだ?」

 アイリに問われウルスラはしばし考え込みしばらくして口を開いた。

「この頃、デアチでの在りし日の姉の有り(よう)を考えるようになったんです。私に多くの影響を与えていた姉の生き様が正しかったのか、距離をおいた今、眼の曇りが取れた気がするんです」

 その言葉を聞きアイリはテレーゼ・マカイとして初めて彼女に出会った日を思いだした。イルミ・ランタサル一行は武国デアチへとあと少しの荒れ地でマカイの姉妹率いる40騎の部隊と遭遇した。

 開いた口から出る呪いの叫び声で(ソード)さえも砕く強敵だった。

 自分が正しい。そう思う双方のぶつかり合いでアイリ・ライハラは大切な友イラ・ヤルヴァを失った。あの時の胸に穴開いたような思いと同じものを一瞬とはいえアイリはテレーゼの姉テレーザに負わせた。

 人の道に反した生き様のマカイの姉妹と言えども肉親への愛情はあったのだろうとアイリは思う。

 だがそのテレーゼ・マカイを黄泉の国から連れ帰ったアイリはそれが間違いではなかったことを今、信じた。

 もしもデアチ国の剣竜騎士団にテレーゼの身元が知られても、もう大丈夫のような気がした。

 どのみち苦悩の河(アケローン)を生き戻ったことは噂で広まっていた。戻したのはテレーゼ・マカイばかりでない。あの日、闘技場(アリーナ)の元老院の長サロモン・ラリ・サルコマーの目前で生首を(さら)したテレーゼ・マカイが生き返ったとてもう誰も不思議がりはしないだろう。

「そうですか。ウルスラ殿のお姉様はお亡くなりになられたのですか──ご冥福をお祈りします」

 テレーゼ復活の事情を知らぬとはいえオイヴァがウルスラに気遣った。

 アイリはふと苦悩の河(アケローン)を渡りきり黄泉の奥から母を見つけ連れ帰りたいと思った。だけれどもそんなことをすればさらに誰それを生き返らせてくれという(やから)が増えてどうにも首が回らなくなるだろう。

 アイリは人生経験の深いウルスラとオイヴァの見識に(たず)ねた。

「ウルスラ、オイヴァ──魔女のキルシって少女の成りで何百年も生きてるんだろうけれど、肉親のことなんて忘れちゃってるだろうか?」

 テレーゼが含み笑いをこぼした。

「アイリ、魔女に両親の墓でも見せて改心させるつもりなんですか?」

 歳嵩(としかさ)のオイヴァがすぐに異を唱えた。

「それは無理でしょう。何でも聞くところによりますとあの悪辣(あくらつ)の魔女はあの姿のころ永遠の若さを手に入れるために悪魔に両親を捧げたとのこと。墓も残っておりますまい」

 それを聞いて星空を見つめているアイリは顔を(ひず)ませた。

 あの時、闘技場(アリーナ)で包帯だらけのキルシの頭を穿(うが)ったが、確実に首を落とすべきだったとアイリは後悔した。

 そんな酷い奴でも死ねば黄泉が受け入れてくれる。だが煉獄(れんごく)で罪の重さに対して受ける責め苦は並大抵のものじゃないんだとアイリは想像した。もしかしたら地獄の魔物に延々と引き裂かれたりして。

 アイリ率いる40騎の征伐(せいばつ)隊の誰があの魔女のとどめを刺すかはわからないが、死なせる前に反省を(うなが)す言葉をかけないと、キルシは獣以下として地獄に落ちる。

 それじゃあ、キルシの被害を受けた人たちがあんまりだと騎士団長は思った。

 焚き火と食事の用意をする剣竜騎士団の騎士らの中にアーウェルサ・パイトニサム()の魔女のキルシの血をひくものがいようとはアイリ・ライハラやテレーゼ・マカイらは思いもしなかった。

 そのものは燃え盛る焚き火で鍋に入れた全員分のスープを温めながら炎の反対側で寝そべる若き騎士団長へ寸秒視線を向けいつ後ろからスクラマサクス(:一般的な西洋剣よりやや短めの剣)を打ち込むべきか用心深く機会を(うかが)っていた。


 名をアレクサンテリ・パイトニサムという黒い爪の騎士だった。





ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み