第14話 心火

文字数 1,798文字

 落雷に弾かれ岩にぶつかる寸前まで意識が飛んでいた。

 落石の大岩に叩きつけられミルヤミ・キルシは気を取り戻した。

 瓦礫(がれき)に滑り落ち自分が山道で放った雷撃魔法の残穢(ざんえ)にやられたのだと魔女は目を白黒させた。

 だが雷撃魔法の後に別な攻撃魔法を詠唱(えいしょう)する()があった。雷撃魔法の名残りにしてはずいぶんと時間が経ちすぎてるとキルシは座り込んで呆然とした眼差しで地面にくすぶる自分が出した炎に照らされる少女の(しかばね)ねを見つめた。

 よもやアイリ・ライハラが放ったのかと思ったが、(しかばね)と化した少女はピクリとも動かない。

 やはり自分の雷撃魔法の残った1発を自分が食らってしまったのだとキルシは眉根寄せた。

 少女着るチェインメイルの背が焼け焦げていた。

 金属の着衣を通し雷は地面に流れたようだ。

 雷が落ちてくる直前に(かわ)さなければ即死だったと我ながら強力な効果に魔女は鳥肌立った。

 さてアイリ・ライハラの手下の剣士どもの(とど)めを刺しに行こうとキルシは立ち上がり違和感に視線を振り上げた。

 天空の数多(あまた)の星を(さえぎ)る山のシルエットが少女の遺体さき正面にあった。

 正面に?

 正面に山がなぜある!?

 山脈は左手にあったはずだ。

 左へ顔をめぐらし視線を上げると連なる山脈のシルエットがある。

 なら正面のこの山はなんだ!?



 その頂きに届かぬ下に開いた群青の双眼!!!







「嘘よ、嘘だわ、こんなこと嘘っぱちだわ────」

 (つぶや)いたものの魅入られた(ごと)く動けないことに裏の魔女ミルヤミ・キルシは震え始めた。

 目の前の巨大なシルエットが2つ(まなこ)ごと下がりだし地面にゆらゆらと立ち上る炎の明かりの照らしだした6頭立ての馬車(キャリッジ)すらひと呑みできそうな大きく真っ青な口が事切れた少女を(くわ)えこみ闇に溶け込むように消えた刹那(せつな)、固まった(よわい)579歳の魔女がその有り得ない名を(つぶや)いた。


「ノッチス──ルッチス────ベ・ネ・ト・ス────」


 神の眷属(けんぞく)がどうして舞い戻ってくる!? 天のものは天に、地のものは地に、(われ)乖離(かいり)の術式に逆らい戻ってくるなど有り得なかった。

 アイリ・ライハラ────お前の守護は引き()がしたのだ。

 花びらをむしり取るように、皮膚を裂くように、供物(くもつ)を奪い取るように、泣き叫ぶ母親から赤子を奪うように!

「いやまてよ────闇に見えたのは(あお)い眼と、怪物の口────あれはただの魔物が人の(しかばね)(さら)いにきただけ────」

 都合よく現実をねじ曲げようとする(おのれ)の浅はかさが痛いほどわかっていて魔女ミルヤミ・キルシは呼吸するのも辛いほど心血を送る臓腑(ぞうふ)が早鐘のように打ちつけていることに気づいた。

 あの夜、山奥で目にした赤銅色の大蛇──ユルルングとやりあっていた蒼い竜。

 その開いた大きな口が真っ赤ではなく海原の底のような(あお)に染まっていたのを今でも思いだせるのは、あまりにもその印象が強烈で何百年過ぎてさえ夢見叫び声を上げてしまうほどの(おぞ)ましさゆえ。

 サタンほども虫ず走る蝿の王ベルゼビュートを目にしたときよりも酷く(おび)えた理由。

 人が目にすることなぞ(かな)わぬどこまでも神々(こうごう)しい正当な(ソード)を目にした驚愕(きょうがく)



 今し方、アイリ・ライハラを(くわ)(さら)ったのは、神の(つるぎ)なのか!?



 瓦礫(がれき)(ひざ)落とし(あえ)いでいるのは逢ってはならないものに(あらが)った(おのれ)の運命の行く末が見えたせいだと認めぬ愚かさ。

 (ふちころ)から取り出した真っ赤な魔石1つ放り出し唱えた詠唱(えいしょう)に呼応し瓦礫(がれき)が急激に盛り上がり象ほどもある狂戦士(ガウレム)を護りにつける。

 それでも(ひざ)(そば)瓦礫(がれき)鷲掴(わしづか)みその(やいば)のように鋭利なものの手の中の痛みで袋小路を否定しようとした。

 アイリ・ライハラの死体は魔物が供物(くもつ)にしたのだ。

 高野(デザート)迷宮(ダンジョン)によくいる手合いだ。

 せいぜい居館(パレス)ほどの赤竜ぐらい──狂戦士(ガウレム)の敵ではなく。


「ふははははは──────っ」


 (うつむ)いたまま空元気(からげんき)の笑い声を漏らしそれが続かぬと息呑んだ刹那(せつな)、地鳴りのような揺れに魔女ミルヤミ・キルシは地面についた両手を痙攣(けいれん)するように胸元に引き寄せ(おのれ)を守るように抱きしめた。

 ゆっくりと上げた視線に見えたのはわずかな魔法で灯した小さな炎の向こうに下ろされた爬虫類の巨大な(たる)数個ほどもある1つの爪。

 その鉤爪(かぎづめ)が強靭な護り狂戦士(ガウレム)容易(たやす)く踏みしだき砕いていた。



「こんなやつを──なんとかできるなんて────」



 (おび)え口にした寸秒その鱗覆(うろこおお)う城の主塔(キープ)よりも数段に太い脚に脈打つように藍鱗(あいりん)が一気に駆け下り裏の魔女ミルヤミ・キルシは受け止めきれぬ怒りだと感じた。





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登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

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