第25話 へへへへへ
文字数 2,456文字
苛つく原因があの青髪のお気に入りがいないせいだとはプライドが認めない。
あまりにも当たり散らされ絡まれるのを恐れ騎士らどころか身の回りを世話する下人達も寄りつかないことにさらに鱗逆さまになる。
玉座でイルミ・ランタサル王妃が顔を上げると視線を合わせぬように出入口傍らに立つ侍女ヘリヤが眼についた。
「ヘリヤ──」
「お許し下さい王妃様ぁ」
待ちかまえていたみたく即答するな! とイルミは苦笑いを浮かべた。
「まだ何も命じていませんよ」
「失礼いたしました王妃様ぁ」
「アイリは何をしてるでしょうね。苦難に遭ってなければよいのですが」
あれは王妃様が奸計で野に放ったのではなかったのかと侍女が小首傾げ少し考え込んで返事をした。
「大丈夫ですよ王妃様ぁ。だってあの子、逃げられないときは開き直りますもの」
イルミは眼が点になった。まあ従者らしい視点なのか。いや確かにあの子は追い込まれると開き直るわと過去の事を思いだしてニヤツくとイルミは心軽くなった。
いきなり扉が開き騎士が転がり込み出入口傍らのヘリヤが飛び上がって驚いた。
「何事ですか!?」
王妃に問われ顔を上げたのは祖国ノーブル国の元騎士団長リクハルド・ラハナトスだった。
「ランタサル王妃様! 大変です!! 十字軍が攻めてきました!!!」
じゅ、十字軍がぁ!? イルミ・ランタサルは思わず腰を浮かし動きが固まってしまった。
あぁ! アイリ・ライハラの魔女裁判で偽教皇を使い裁判をうやむやにしたのを本物の教皇様がお怒りになったのだ!
「り、リクハルド────貴方が軍勢の前に立ち教皇を名乗ったことを謝罪し自害なさい! でないと奥方に私との関係を言い触らしますよ!」
言われたことに老雄は眼を瞬き食いついた。
「お、お止め下さい王妃様ぁ! いつ我が王妃様とそんな抜き差しならぬ仲になったのですか! あれは、お、王妃様が命じられ嫌々芝居を打ったのですよ! それを首を括れなどとはあまりものお言葉」
ああ、つまらん思った通りの反応だと王妃は俯くと笑い声を上げた。
「そんなことを我が命じるわけないじゃないですか────」
元騎士団長が安堵のため息を溢すと、待ってたとばかりにイルミ・ランタサルが押し殺した声で命じた。
「兵1万、全騎士を召集。十字軍を迎え撃ちます」
王妃が狂った。よりにもよって十字軍という大陸最大の兵力に、いくらデアチ国が軍国といえど敵うわけがない! リクハルド・ラハナトスは空気求めるようみ口をパクパクさせ言葉詰まり、イルミは苛ついて急かした。
「なんですか!? もの思うところあるなら遠慮なくおっしゃい! でないと奥方に────」
「お、王妃様ぁぁぁ、十字軍は推定で10万はいるかと────」
イルミ・ランタサルはおもむろに片手を顔の前に出し指を折り始めた。
「お、王妃様ぁ! お戯れはお止め下さい。指で比較できませぬ!」
「貴方の両手指をお貸しリクハルド!」
唖然と見つめる古くからの騎士はイルミ・ランタサルの下げた方の腕の指が強ばっていることに気づき道化擬きの言動は余裕がないのだと思った。その寸秒王妃は笑い声を上げ付け加えた。
「冗談です────冗談よ」
その笑顔が引き攣ってると元リディリィ・リオガ騎士団長は王妃へ事実を突きつけた。
「イルミ・ランタサル──様。冗談での現実逃避はお止め下さい。十字軍は城都外壁の正門前まで来ておるのですよ」
じょ、城都外壁正門! 目と鼻の先じゃない!
開かれる正門を前に即席召集の騎士40と兵士800を引き連れたイルミ・ランタサルは城壁を取り囲むように隙間なく左右広がる膨大な数の兵士────下っ端の兵じゃない!
き、騎士に取り囲まれている!
その中央が分かれ始め、高く掲げげらた十字架や36人の人足に担がれた天幕付きの教皇御輿が現れ揺られ座っているものの突き刺さる視線にイルミ・ランタサルは顔から血の気が引いた。
猊下!
顔を直視できずイルミ・ランタサルは落とし橋の手前で地に片膝をつき頭垂れ言葉を待った。
「ノーブル国ランタサル家の王女よ。久しぶりですね。12年も前ですから覚えていないでしょうけれど」
4歳のとき!? まだ法王が代替わりする以前だわとイルミ・ランタサルは思いだしていた。うぅ、あの頃、見知らぬ教会で知らぬ年上の何人もを泣かせたことがある────が、それと同時に今し方眼にした教皇御輿の傍らに立つものの顔を鮮明に思いだした。
アイリ・ライハラ!!!
イルミ・ランタサル王妃が顔を振り上げると少女と視線絡み合い相手が苦笑いを浮かべた。その腰には業物の長剣鞘が下がり教皇の傍でありながら丸腰でないという意味がイルミの心に突き刺さった。
ミイラ取りがミイラに!?
少女が教皇の手に下ったのかと王妃は奥歯を噛みしめた。
魔女嫌疑を仕組んだものを炙り出す算段が音を立て意識の中で崩れ落ちてゆくのを王妃は止められずにいた。
いいや、そんなことなんてどうでもよい。
アイリ・ライハラを手放してしまった悔しさにイルミ・ランタサルは怖気が這い上がってきた。
そんな思いも知らずといった面もちで少女が唖然とする王妃の方へすたすたと歩いて来ると片手で頭掻きながら照れ笑いを浮かべた。
「ただいま、イルミ。大人しくしてたか?」
「ただいま────? ただいまって言ったわよね!? それじゃあ、何で猊下まで連れて来たの!?」
「いやぁ、逃げ出せずにさぁ。十字軍を任されちゃって」
そうなの十字軍を任されたの────────えぇええ!?
でへへへへと照れ笑いする小娘がたちの悪い冗談を言ってる理由がわからずイルミ・ランタサルは少女の肩に手をかけ合わせ微笑んだ。
「えへへへへ──意味わかんないんですよアイリ」
「十字軍26万の騎士兵士の総大将」
自分指さすアイリ・ライハラの人さし指を摘まみイルミ・ランタサルは横に振り教皇御輿に座ってる奴に向けるとヨハネ・オリンピア・ムゼッティが顔の前でパタパタと手を振って否定したので呟いた。
「ぬかすかぁ、泣かすぞぉ」
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