第21話 柳緑花紅

文字数 1,691文字

────どうした?────

────何を躊躇(ちゅうちょ)している────

 ほんとならキルシの触手に囚われた時点で、引き裂かれていたはず。

 それが、巻きついた触手の群れはすぐさま離れまるで球を作るように取り囲み距離をおいて(うごめ)いている。

「わからない。ミルヤミ・キルシは私を喉から手が出るほど喰らいたいはず」

────魔女はサバトで悪魔と結びつく────

────闇のものは光り避けさ迷う────

 (ひざ)(かか)え丸まったアイリは(ひざ)から顔を上げ(つぶや)いた。

「だから私に触れられないと?」


────さよう。陰のものは陰にある────


 アイリが組み合わせた指解き、片手を触手(うごめ)く球形の内壁へと伸ばした。

 その伸ばした指先を避けるように球形の壁が(いびつ)に外へ遠のいた。

 それでもキルシは私を捕らえた。触れること(かな)わぬと知らなかったのだろうか。いいや狡知(こうち)長けた魔女がそのことを知らぬわけがない。

「どうして私は下に落ちて下側で(うごめ)く触手に触れないのはなぜ?」

────浮いてるのは魔女の力とせめぎ合っているからだ────

 ミルヤミ・キルシは相反する。

 私が光りの世界で安心するようにキルシは闇に安寧(あんねい)求める。



 だけどあの黒爪(くろつめ)は──私を渇望(かつぼう)──している。



 そこに真理があるとアイリは思った。

「でも、まずここから出ないと」

 そうアイリが(つぶや)くと守護聖霊が交換条件を持ちかけた。

────魔女の囲いを破ろう。その代わり────

「なに?」

 アイリ・ライハラは告げた青竜の申し出を受け入れた。



 刹那(せつな)、少女の髪と甲冑(アーマー)(あふ)れんばかりの様々な群青の光りを放ち始め取り囲む触手に突き刺さり引き裂いた。





 目前の(こぶし)より大きな石が(あお)を通り越し白に見えだしたことにうつ伏せで自由奪われたヒルダ・ヌルメラは(まぶ)しすぎて眼を細めた。

 直後、眼の前に(あお)鉄靴(サバトン)(かかと)が見えたのと同時に蛮族の女総大将は自由になり瓦礫(がれき)に両手着いて上半身を起こし見上げた前に仁王立ちするアイリ・ライハラの後ろ姿があった。

「ご無事でござったか、アイリ殿ぉおおお」

 ヒルダが安堵(あんど)を口にした直後、アイリの髪と甲冑(アーマー)耀(かがや)きは静まり辺りの闇が押し返してきた。

「大丈夫か、ヒルダ!?」

「なんのこれしき────頑丈(がんじょう)が取り柄でござるよ」

 ヒルダ・ヌルメラは落ち着きはらった声で応えながら立ち上がり、手足に絡まった触手の切れ端を()がし投げ捨て半月刀(シャムシール)を落としていることに気づき(あわ)てて拾い上げた。

山羊(パサン)親子は逃げたのか?」

 辺りを少し見回した少女に問われヒルダは顔を引き()らせた。それどころではなかったのだ。魔のものに喰われる寸前だったのだ。山羊(パサン)は闇に(まぎ)れ逃げたのだろうと思った。少なくともまた触手に捕らえられたところは見てない。

 いいや、暗すぎてそこまでわからなかった。

「どこかへ行ってしまったでござる。それよりアイリ殿、あの怪物をどうするでござるか!?」



 いきなり眼の前のアイリ・ライハラが長剣(ロングソード)を腰の(スキャバード)から引き抜いた。



()(きざ)み、裏の魔女を引き()りだす」

 引き()りだす!? あの汚物の(かたまり)のような化け物に手を差し入れるのかとヒルダは眼を丸くした。

 アイリが両手で長剣(ロングソード)を構えると正面奥の闇から数本の太い触手が這い寄ってきて照らしだす淡い(あお)の光の手前で(うごめ)くだけでそれ以上近づかないことに、ヒルダはアイリの背に身を寄せ周囲の闇を見回した。

 いたる(ところ)から触手が隙あらば攻めてこようと闇の(きわ)でうねっていた。

 ふとヒルダは自分がアイリの後ろに立つことで影が広がりそこを触手が忍び寄ってきているのではと半身振り向くと半馬身の近さまで3本の触手が寄ってきていた。

 ヒルダ・ヌルメラは焦ってアイリ・ライハラの左側へ逃げると少女の放つ(あお)い光りが背後に広がり忍び寄っていた触手らが急激に引いて逃げだした。

 女総大将はふと気づいた。

 恩師にぴったりとついて行けば、あの小屋ほどもある臓腑の(かたまり)は襲ってくるどころか、闇に逃げ去るのではないか。

 だがアイリ・ライハラはあの怪物を()(きざ)み中にいる魔女を引っ張り出すと言っている。



 アイリはどうにかやって怪物に詰め寄ろうとしてるのだと気づいたヒルダ・ヌルメラはぴったりと付いて行くべきか離れるべきかと迷い始めた。





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登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

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