第26話 あんなことやそんなこと

文字数 2,203文字


 イルミ・ランタサルの寝室前のリビングでアイリ・ライハラはソファに脚を伸ばしクッションを枕にくつろいでいた。イルミ王女の警固を任されていても何かあれば即応できるとだらだら過ごす。

 少女は退屈(しの)ぎに倒してきたいろんな奴の事を思いだしていた。

 日中に倒したあの硬いくせに動きの速い岩の化け物は、そこそこ強かったな。だがもっと強かった怪物はいたぞ。

 サイクロプスなんか面倒だったな。速いくせに恐ろしく力があり、しかもあの厚い皮膚はなかなか剣が通らない。

 あれこれ少女が考えているソファの背もたれの反対側にある観音開きのドアの片側がそっと開き始めると、1人の女が忍び足で入り込んできた。

 森の奥で出会った美女がいきなりオーグレスに化けて噛みついてきたときは(おどろ)いたぞ。

 ソファの背もたれ越しにいきなり奇っ怪な笑みを浮かべながら若い女が顔を出し、アイリは驚いて転げ落ちた。

「御師匠──退屈してるでしょう。お相手に」

 イラ・ヤルヴァの笑みから妖しさが消え普通の笑顔になった。

「びっくりしたぁ! オーグレスかと思ったぞ」

 カーペットに身体を起こしながら少女が言うと、女暗殺者(アサシン)がソファを回り込み腰を下ろしながら声を上げ笑った。

「御師匠ったら、オーグレスって森に住むと云われる人喰い鬼じゃないですか。空想の産物ですよ」

 立ち上がってアイリは腰に片手を当て、右手の人差し指を顔の前で左右に振った。

「空想だって!? とんでもないぞ。2年前に1体倒したら、わらわらと森の奥から棍棒(こんぼう)握ったオーガまで出てきて倒すのに苦労したんだ」

「オーガ!? オーグレスの(おす)!? 師匠、私をからかいになって」

「からかう? 13体もオーガ倒したんだからな」

 念押ししてアイリがソファにドンと座るとイラがすり寄り少女は逃げた。

「アイリ、そんな化け物のことより、あれ(・・)どうやったんですか?」

「あれ?」

「いやいや、そうじゃなくて──あの離れていても命中する斬撃(ざんげき)ですよ」

 うっ、また剣技のことを根掘り葉掘りと聞くつもりだとアイリは引いてしまいすっとぼけることにした。

「お前、見てなかったの? 相手のそばまで駆けて行って一斬り二斬りぶんぶんと」

「面白い冗談ですね、御師匠」

 女暗殺者(アサシン)がニコニコしながら握り(こぶし)を顔の前に持ち上げた。

「あっ、あれはな! 私が子供の時に親父が遠くにおやつを置いて近寄らずに食べてみろと──」

 イラの顳顬(こめかみ)に青筋が浮かぶのを見てアイリは馬糞を踏んづけたと焦り開き直ることにした。

「イラ・ヤルヴァ──我の剣技真髄(しんずい)を知りたくば、我の元で修行に(はげ)むがよい」

「はい! どんな苦行も、あんなことや、そんなことまで!」

 あんなことや(・・・・・・)そんなこと(・・・・・)ってなんだよ!? 女暗殺者(アサシン)が両手の(こぶし)を胸の前で握りしめ瞳を耀かせるのを見つめアイリは墓穴を掘った気がした。

「しかしイラ、あんたどうして殺し屋なんて始めたんだよ。結構強いからどこの国でも近衛兵や、いいや騎士にだってなれるだろう」

 一瞬イラ・ヤルヴァは押し黙り視線を下げた。

「恩義が──拾って頂き住む場所と食事と安定した暮らしの中で育てられた恩義があるからです」

 うぅ、聞くんじゃない。聞いたらずっと引き()られるぞ! そう思いアイリは右手のひらをイラに向け話しを止めようとした。

「5歳の時に両親を野盗に殺され、私は荷馬車の下に隠れて助かったのですが、それからさ迷っているところを──」

 少女の眼が座っているのに気づきイラは話を中断した。

「すみません。暗い話で。拾って頂いた荘園(しょうえん)主にあんなことやそんなことをさせられて──」

 うぅ、まさかイラ・ヤルヴァが荘園(しょうえん)主の(なぐさ)み物にされてきたとはアイリは思わなかった。これはなんとかフォローしなくてはと彼女は焦った。

「そ、それは辛い思いをしてきて大変だった。ここではお前にそんなことを誰もさせないから」

 女暗殺者(アサシン)が露骨に怪訝(けげん)な表情を浮かべアイリは何をまずったのかとさらに焦った。

「辛い思い? 荘園(しょうえん)主は私を着飾らせては本当の娘のように大切にしてくれて、もう食べられないというほど美味しいものを毎日──ですが?」

 アイリはイラ・ヤルヴァから顔を背けると眉根を寄せた。

 わからん! この女、わかんねぇ! 何が屈折して殺し屋なんぞになるんだぁ!? そのまんま荘園(しょうえん)主のご令嬢でいれば良かったじゃねぇか!

 その時、遠くで叫び声が聞こえ、アイリとイラはイルミ王女の居間の出入り口へ振り向いた。

「何でしょう、アイリ?」

「男の断末魔だったなぁ。イラ、私は王女の警固から抜けられない。悪いけれど見てきてくれないか」

 アイリが頼むと嬉々としてイラ・ヤルヴァは立ち上がった。



 その瞬間、遠くでまた男の叫び声が聞こえアイリはソファに立て掛けている自分の長剣(ロングソード)を引き寄せた。





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登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

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