第14話 応酬(おうしゅう)

文字数 2,170文字

 まるで威圧するミイラ。

 甲冑(アーマー)の上に包帯ぐるぐる巻きでも名乗り出た声で女騎士ヘルカ・ホスティラだとアイリ・ライハラは一発で見抜いたがそのあまりもの不気味さに引いてしまった。

 こ、こいつ! 魔女裁判で何をやらかすつもりなんだ!?

「あぁ君、怪我をしておるのかね? 名乗りたまえ」

 傍聴人らの前に出た女騎士は右手を振り上げヘッレヴィ・キュトラ異端審問官を指さし、青ざめたキュトラ異端審問官も後退(あとず)さった。

(われ)が誰かわかるまい! こうも包帯ぐるぐる巻きだとさすがに異端審問官でも中身が誰か判別がつかぬようだな! しかりしこうして(:したがって)────」


「高見座で絶命した元老院長サロモン・ラリ・サルコマーの(かたわ)らにいた包帯だらけの小娘が誰かしも知るまい!」


 指さされたヘッレヴィ・キュトラは、包帯巻きの少女と聞き思いだした。あれは新しい宮廷魔術師のミルヤミ・キルシ! そ、それがどうしたの!? と異端審問官は思いそれを聞いていたアイリはヘルカの言おうとしている包帯巻きのものが高見座にいた小娘だと思った。

 あの元老院長に焼き殺せと命じられチビっていたのは魔女だとわかっていた。あの裏の何とか(・・・・・)という魔女。


「ヘッレヴィ・キュトラ! 異端審問官でありながら大国デアチの中枢に魔女を受け入れた貴公に魔女訴追を行う資格なき! 万事醜悪! 反吐(へど)が出るわ!」


 少女がヘルカの言いまわしに唖然とした表情で見つめていると女異端審問官が包帯魔神を指さし言い返した。

「な、何を抜かすか、き、貴様! (わたくし)がいつ王宮に魔女を受け入れたなどと!」

「ふ、は、は、は、はっ」

 女騎士が高笑いし少女は次に何を言いだすのかとハラハラするとヘッレヴィ・キュトラがまた後退(あとず)さった。

 被告人席にいる少女が意味が分からず異端審問官を見つめると、キュトラ異端審問官がヘルカ・ホスティラへではなく少女を見つめている事に気づいた。

 わ、わたし何もやってないんですけれど────。

 アイリがキョロキョロすると横の弁護人席に座るイルミ・ランタサルが右手を突きだしており、握りしめた何かが前に垂れ下がっている。


「ヘッレヴィ・キュトラ異端審問官、貴君は元老院長の(そば)に仕える宮廷魔術師が大陸一悪辣(あくらつ)な魔女──キルシ──だと見抜けなかったでしょう」


 魔女の名を耳にして傍聴人らからざわめきが広がった。

「────た、確かにあの包帯巻きの娘は宮廷魔術師だが────だが──あいつが────」

 急にヘッレヴィ・キュトラの口上が怪しくなった。

「これが何に見える! あの元老院長の前に倒れていた包帯巻きのキルシの胸の皮膚よ! よくご覧なさいな! こんな悪魔との(ちぎ)り、人目に(さら)せず怪我を口実に隠し宮廷に潜り込んだ────」

 アイリ・ライハラは身を乗り出しイルミが片手で握るしなびた皮膚を見て青ざめた。

 理解出来ない魔法陣の焼き印がはっきりと刻まれており周囲に血糊(ちのり)が乾きこびりついている。

 そんなものあの魔女から誰が()ぎ取ったんだよ!? そいつ(たた)られるぞ! そう思い少女は(あわ)てて椅子をずらし王妃(おうひ)の差しだす手から離れた。


「ヘッレヴィ・キュトラ! 王妃(おうひ)権限により貴女(あなた)の様な能力なしは即刻解任します!」


 アイリはふと皮膚を()がしたのがヘルカ・ホスィテラなのかと思った。包帯の下は甲冑(アーマー)じゃなくもしかしたら呪いで全身()れ上がっているとか────!?

「た、たとえ王妃(おうひ)様でも、わ、(わたくし)を任命するのは教会、す、枢機卿(すうききょう)に──解任権も彼にしか────」



「それではお前は宮廷の要職に大陸一悪辣(あくらつ)な魔女キルシを入れた責任が枢機卿(すうききょう)にあると公言するのですね!」



 立ち上がったイルミ・ランタサルがなおも魔女の皮膚を突きつけ押し殺した声で言い切った。アイリは頼もしいとは思ったが、それって詭弁(きべん)じゃねえのかと見ていて────くるんくるんが腰に当てた片手指を怪しく(うごめ)かせているのに気づき横顔を見上げた。


 紅をひいた唇を吊り上げている。


 こいつ口先で異端審問官を丸め込むつもりだぁ!

「そ、そんなつもりは──(わたくし)にはなく────」

 ヘッレヴィ・キュトラがしどろもどろで暑くもないのに顔にどっと冷や汗を浮かべ顔を引き()らせている。

「教会には責任はなく────(わたくし)の進退で(おさ)めて頂けるなら──(わたくし)は異端審問官の職を下ります──」

 震える唇で告げる異端審問官の進退(うかが)いを耳にして、え、じゃあ魔女嫌疑も帳消し!? とアイリ・ライハラの顔が明るくなった。

「──だが、そこの新たな騎士団長が妖術で空を駆けたのは事実で、兵からの直訴(じきそ)を握りつぶす事は別な話で」

 うわぁ、こいついつまで引き()るつもりだよとアイリは青ざめ苦笑いを浮かべた。

「裁判長! (わたくし)イルミ・ランタサルはそのヘッレヴィ・キュトラなるものを、無実のものを魔女として神聖なる裁判に引き立てた誤認捕縛(ほばく)、名誉毀損(きそん)、の嫌疑、この(おおやけ)の場で公正明大に取り調べ行う事を火急的速やかに申し出ます!」



 アイリ・ライハラは理解した。くるんくるんは俺を助けたかったんじゃないわ。

 奸計(かんけい)働くものの末路を知らしめるためにヘッレヴィ・キュトラ異端審問官を血祭りに上げたいだけ────────ち、ちがう。


 こいつ! 王妃(おうひ)の座の鬱憤(うっぷん)晴らししてるだけだぁ!




 王妃(おうひ)イルミ・ランタサルが突きだした魔女の皮膚握る指まで怪しく(うごめ)かせているのをアイリ・ライハラは見てしまった。





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登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

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