第15話 対等

文字数 2,307文字

 (かすみ)がかった意識が急にハッキリとして耳に入る人の話し声と気配に薄目を開くと見知らぬ天幕が広がっていた。

 思考がはっきりとしアイリ・ライハラは目覚めると右手を握りしめられていることに気がついた。顔を向けるとイルミ王女が微笑んだ。

 その手を振りほどきアイリは跳び起きると豪勢なベッドに胡座(あぐら)をかいていた。咄嗟(とっさ)に自分の肌着をめくり脇腹に視線を落とすとあるはずの刺し傷が(あと)もなかった。

「もう、心配ないのよ」

あんた(・・・)の寝室に暗殺者(アサシン)が入って来て──」

 そう少女が問うと咳払いが聞こえその方へ振り向くとベッドの反対側に見知った顔があった。

「アイリ・ライハラ、よく王女の命を身を(てい)して守ってくれた」

 (よろい)姿でなく紫のタバード(:中世のポンチョに似た紋章入りの着衣の一種)姿のリクハルド・ラハナトス騎士団長と眼が合いアイリは慌てて肌着を下ろした。そうして王女に顔を戻すと自分の怪我のことを尋ねた。

「わたし、あの暗殺者(アサシン)衝立(ついたて)越しに刺されたのに──」

 少女の疑問にとても嬉しそうな面もちのイルミ王女は簡単に説明した。

「我がディルシアクト城には、色々と珍しいものがあるの。勇者達冒険者が未踏の地より持ち帰った秘宝の一つに、(ほとん)どの傷を癒やす薬があってそれを使ったのよ」

 安心したアイリはすぐにもう一つの心配を思いだし、騎士団長の方へ振り向いた。

暗殺者(アサシン)は!? 逃げ延びているの?」

 少女の質問にラハナトス騎士団長は一瞬得意気な面もちを浮かべ顔を引き締めた。

「心配いらぬ。そちが言い逃れのできぬ証拠をイルミ王女に伝えてくれたので、城内のすべてのものを検分し、1人隠しようのない傷を負ったものを捕らえた」

「案内して!」

 その知らせにアイリは一言騎士団長へ頼むとベッドを滑り下り、横に置いてある台の上に畳まれた自分の濃緑色の服を着込んだ。そうして身支度を整えて壁に立てかけられた細身の剣をつかんだ。それを見ていた王女が不安げに尋ねた。

「アイリ、どうするの?」

「イルミ、あなたは来ない方がいい。これから手荒な方法で殺し屋を締め上げて依頼主を吐かせるから」

 困惑げな表情の王女に代わりラハナトス騎士団長が答えた。

「よろしい! その心意気。来たまえアイリ!」

 アイリは騎士団長へ(うなづ)き、王女に振り向いて左手を向けて指を妖しく(うごめ)かせてみせると、王女が驚きの表情を浮かべそれが苦笑いに変わった。

 少女はラハナトス騎士団長に付き従い居館(パレス)の通路から別な居館(パレス)に渡り歩き、大理石の続いていた通路が、荒い煉瓦(れんが)敷きのものに変わるとそこが高貴なものが()き来する通路でないと知った。

 そうして螺旋(らせん)階段を下りて(スピア)を手にした衛兵の番する重厚な木戸の前に出た。

 ラハナトス騎士団長の顔を見ただけで衛兵は腰のベルトに下げた鍵束(かぎたば)を取り外し1つの鍵を選び木戸の鍵穴に入れ重い金属音を立て錠を外すと、(みずか)ら扉を開き松明(たいまつ)の少ない冷え切った通路を先導し進んだ。

 左右には鉄格子(てつごうし)で塞がれた(ろう)が並び、その暗闇に幾つもの人の気配を感じながら、アイリは最後を歩いた。

 ここには犯罪者だけでなく異端審問により死刑を言い渡され刑を待つものや、魔女裁判で真正だと下されたもの、(いくさ)で捕らえられた敵国の騎士や兵もいるだろうとアイリは心穏やかではなかった。

 5つの松明(たいまつ)をくぐり、たどり着いた奥の(ろう)の際で衛兵が立ち止まると、ラハナトス騎士団長がアイリに顔を向け(あご)でこの(ぼう)だと無言で告げた。

 鉄格子(てつごうし)の先の闇から突き刺さる敵意を少女は感じ取った。

「開けて、わたしが中に入る」

 アイリの申し出に衛兵は騎士団長の顔色を(うかが)い彼が(うなづ)くと鍵束(かぎたば)から鍵を選び鉄格子(てつごうし)端の(くぐ)り戸に近づき中にいるものに高圧な口調で命じた。

「扉から離れ(ろう)の奥角に向いて(ひざまづ)け。従わぬなら(ろう)に逃げ場なきほどの(わら)を放り込み火を放つぞ!」

 返事はなく鉄格子(てつごうし)向こうの暗闇で人の気配が遠ざかった。

 鉄格子(てつごうし)の扉が開かれると、少女は頭をかがめ中へ入り衛兵に頼んだ。

「わたしが捕らわれの身になっても決して開けないで。それと腰に差すミセリコルデ(:トドメをさす短剣)とスクラマサクス(:一般的な西洋剣よりやや短めの剣)を貸して」

 衛兵は騎士団長に顔を向け指示を(あお)ぎ、彼が(うなづ)くと2本の剣をスキャバード──(さや)とシース(:短剣用の(さや))から引き抜き少女にハンドルを向け手渡し扉を閉じた。

 閉じ込められ少女は一呼吸間をおいて(ろう)の奥で背を向け(ひざまづ)いている何ものかに声をかけた。

「わたしが刺した肩が(うず)く?」

 返答はなかったが、敵意に好奇心が混じったのをアイリは感じた。

「衛兵、松明(たいまつ)鉄格子(てつごうし)の前に持ってきて」

 アイリがそう頼むとすぐに揺れる灯りが(ろう)を照らした。

 奥に(ひざまず)いているものの姿を見てアイリは(わず)かに驚いた。

 背中までの髪を垂らす、麻布のケープ姿の若い女だった。

 アイリはその女の真横にスクラマサクスを放り出した。剣が派手な金属音を立てても女は微動だにしなかった。だがしっかりとした声で言い返した。

「剣を握ったら、それを理由に叛逆(はんぎゃく)罪で殺すんだろ」

 その冷ややかな言葉に少女は軽く笑い声を上げた。

「あはははっ、あんた達暗殺者(アサシン)はそのようにものを考えるんだ」

 アイリの言い分に初めてその捕らわれ(びと)(わず)かに顔を向け横目で少女を見ようとした。その好奇心膨らむ女にアイリは説明した。





「決着をつけに来たんだ。お前が勝てばアイリ・ライハラの名において無罪放免でディルシアクト城から出してやる。わたしが勝てばお前の(やと)い主の名を吐いてもらう」

「信じられんさ」

「どうして? お前の肩のハンディとわたしが同じ立場に立っても信じない?」




 そう告げた刹那(せつな)、アイリ・ライハラは治ったばかりの(おのれ)の脇腹にミセリコルデを突き刺した。





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登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

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