第17話 真名
文字数 1,749文字
吊し上げるそいつの顔を下から睨みつけほくそ笑んで血を流す唇を僅かに開いて呟いた。
「ステップ・レス」
髪の青さが爆発するように増してエステル・ナルヒ擬きの目に突き立ちそいつが顔を引き攣らせ脅しにかかった。
「何も────でき──まい────小娘──」
そう告げた直後、第6騎士に化けたものは見てる視界がぐらつき傾いてゆく光景に顔を強ばらせた。
大理石に倒れ込んでエステル・ナルヒ擬きはまだ小娘の片足首をつかんでいることに気づき何が起きたのだとその手を見つめると肘から下が切れ落ちており小娘の立ち上がる後ろ姿が目にとまった。
その両手に青く光り溢れさせる長剣を握りしめ刃口を大理石の床に引き摺っていた。
第6騎士に化けている女が己の脚を見ると膝から下が切れ転がっており振り向きもせず小娘が吐き捨てた。
「それくらいどおってこと────ないんだろぉ。立てよぉ」
それを聞いてエステル・ナルヒ擬きは忍び笑いを洩らし小娘に告げた。
「きさまぁ────何も──の────だぁ?」
アイリ・ライハラは鼻で笑いゆっくりと振り向き応えた。
「鍛冶職人クラウス・ライハラの1人娘アイリ・ライハラだよ」
それを聞いて片手両脚を斬り落とされた女のその切り口からタールの如き黒いものが溢れだし伸びると瞬く間に元の手足が戻った。そうしてゆっくりと立ち上がるとアイリ・ライハラに横顔を向けた。
「ただもの──じゃあ────ない──その剣は────それを持ってる──のは────」
アイリは右手の長剣を振り上げ刃を見つめ呟いた。
「これ、俺んじゃねぇしぃ」
アイリがとぼけると第6騎士に化けている女が軽く笑った。
「手に────することが──できるだけ────で」
それを聞いてアイリ・ライハラは半身振り向いて左手に握っていた青く光る剣をひょいと化け物のような女に投げ渡し、それをつかんでしまったエステル・ナルヒ擬きは握った部分から青白い電光が吹き出し腕を蔓の様に荒れ狂い遡り始めその引き裂く痛みに叫び声を上げ投げ捨てた。
「ただの魔物ならそんな風にならねぇ。エステルが蘇らせようとしてたのが魔族よりも邪悪な誰かさんだからだぁよぉ」
「そこまで────知ってる──生かして────帰さない──すべて────吸い尽くして────」
その脅しにアイリ・ライハラは半身向けた横顔で両膝を落とし座り込んでうつ伏せになる女騎士ヘルカ・ホスティラを見やり無言のまま視線そらし第6騎士エステル・ナルヒの成りを真似ている紛い物そいつに背を向けたまま静かに切り返した。
「それをそっくり、熨斗付けて返すぜぇ」
アイリが左手の指を開くと床で転がり輝く長剣が消えて手元に刃が伸びて青い光りを放ちだした。
手にするこの2振りの重さ感じない長剣がどこから出てきたなんて知らないと思った。ただ刃が────────。
引き裂く相手を求め手の中で暴れ出しそうな感覚にしっかりとグリップを握りしめた。
それだけではなかった。リミットの完全解放。それが齎す身体の奥から噴き出してくる力が細胞の1つひとつを崩し組み換えてしまう感覚に困惑していた。
鋭すぎるほど敏感になった皮膚が、背後で闇の化け物が両手から悟られぬように黒い長剣を伸ばすのを感じていた。
斬られても死なず。自由に武具を作りだせる────文字通り神にも等しい力の前にデアチ国の優秀な騎士ら辺境調査隊は赤子のように打ち負かされたんだろう。
エステル・ナルヒに邪心を植え込み、新たに吸収する力持つものを誘い込んでは己のものとし、この最北の地でやがては大陸を、その後には大海原の先の世界を取り込み1つになるのを狙っていたのだと知ってることにアイリ・ライハラは僅かに驚いた。
そう知ってるんだ。
人が楽園で禁断の果実に手を伸ばすようにそそのかしたこいつを昔から気にくわなかったのだと爆発するような怒りがこみ上げてきた────。
────聞くがよい。根元の邪悪よ。
風すら巻き上げぬ猛速で背後から斬りかかってきたそいつの2振りの刃をゆっくりと振り向き上げた左手1口の長剣の刃で群青に輝くうねるリボンのように残像を引き伸ばし同時に受け止めそいつにアイリ・ライハラは叫んだ。
「ノッチス・ルッチス・ベネトス──神の聖剣それが私の真名だ!!」
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