第15話 血迷い

文字数 1,748文字

 ぶつぶつと(つぶや)き続けていたかと思うといきなり口で効果音を放ちバラ(むち)を振り回す。

「ひゅん、ひゅん、ぺしっ、ぺしっ」

 操馬台(コーチ)手綱(たづな)握る女騎士ヘルカ・ホスティラは横に座らせているアイリ・ライハラの奇っ怪な様子に青ざめていた。

 この娘を壊したのは(われ)のせいだ。ああ、どうしようか。イルミ王女になんと(わび)びよう。王女様の落胆(らくたん)大きければこの娘を(われ)が一生面倒みると申し出るのもやぶさかでない。

 いきなり少女が立ち上がり、ヘルカは手綱(たづな)を放り出し両腕を振り上げ両目を裂けんばかりに大きく開き隣のアイリを見上げた。

 少女が前を(むち)持たぬ手で指さしていた。

 女騎士は恐るおそる顔を向けると2頭立ての右の馬が歩みながら糞をぼとぼとと落とし始めた。

「馬糞! ばふん! でっけぇ馬糞!」

 ヘルカは(あご)を落とし横目で馬の尻へ腕を伸ばしけたけた笑うアイリを見つめ、こいつもしかして壊れた振りして(われ)(たばか)っているのかと一瞬思った。

「けらけらけら、けぇっ──」

 ふと少女が笑い声を変な止め方でやめてしまい座り込むとまたぶつぶつ言い始め、それを横目で見ながら女騎士は手を伸ばし手綱(たづな)手繰(たぐ)り寄せ思った。

 血迷ったものを何度も見たことがあるが、いつもやはり一貫性がなくこのように意味不明の言動を繰り返していた。

「アイリ、貴殿(きでん)の心痛察するに余りあるが、もう少し大人しくしていてくれない──」

 言い掛けてる女騎士へ急に振り向いた少女は九尾鞭(きゅうびむち)でその鼻面(はなっつら)を叩いた。


「ぺし」


 女騎士は鼻先を赤くしたまま泣き顔になった。

 あああぁ、だめだ! やっぱり本物──だぁ。

 突然に前行くイルミ・ランタサル達の荷馬車が止まり、ヘルカは(あわ)てて手綱(たづな)を引き馬を止めた。

 前の荷馬車操馬台(コーチ)からイルミ王女が下りると後ろへ振り向き声をかけた。

「少し休みましょう。ヘリヤ、お茶の用意を」

 荷台後部に座る侍女(じじょ)に頼み女騎士達の荷馬車へとイルミ王女が馬用の(むち)をぶらぶらさせ歩いてきた。


 操馬台(コーチ)の横に来た王女がいきなり馬用の(むち)を振り上げ少女を(たた)こうとした。それをアイリ・ライハラはバラ(むち)で辛うじて受けとめた。


「腕を上げましたねアイリ」

 そう言って王女が笑うとアイリもけたけたと笑い声を上げ、それを見ていたヘルカ・ホスティラはとてもじゃないが言い出せないと泣きっ(つら)になった。

 だがいずれ王女様の知るところとなり、今度はイルミ王女の落胆(らくたん)に右往左往するぐらいなら早めに──今、言うべきだと女騎士は思った。

 その苦悩も知らずといった(てい)で少女が操馬台(コーチ)を飛び下り荷台の方へ行きごそごそし始めた。

「王女様、あの、その、実は────」

 腰に両手を当てたイルミ・ランタサルが操馬台(コーチ)の上で歯切れ悪く言いだした第3騎士をじっと見上げ口を開いた。

「そうですか、ヘルカ! あなたもやっと(とつ)ぐ決心をしたのですね!」

 ぐっさりと言葉の刺さった女騎士は顔を紅くし口答えした。

「男と結婚なんてするかぁ!」

 ひょいと馬用(むち)を振り上げ先鞭(せんべん)でヘルカを指し示し王女が指摘した。

「あらぁ!? ヘルカ、女同士の結婚なんて教会が認めませんよ。司祭様がさぞお困りになります。その場を見たいですけれども」

 あんたも壊れてるんかい、と言いたかったがヘルカは言葉呑み込み大事なことを切りだした。

「実は王女様、アイ────」



「お止め下さい、アイリ殿!!」



 突然、荷台の後方からクスター・マケラの悲痛な声が聞こえヘルカ・ホスティラは操馬台(コーチ)から飛び下り後ろへ大股で急いだ。

 荷馬車に(なわ)()かれる急拵(きゅいごしら)えの台車の荷に少女が(おのれ)長剣(ロングソード)を突き立てては抜きまた突き立て、それを止めようと3人の男騎士が困惑していた。

 女騎士はアイリの後ろへ行くなり腕力にものを言わせ小娘を羽交い締めにして台車から引き()がすと少女が(わめ)いた。

「放せヘルカ! こいつらを殺してやるんだ!」

 ヘルカ・ホスティラが説き伏せようと口を開くと横からイルミ・ランタサルがアイリ・ライハラへ静かに告げた。



「アイリ、忘れたのですか? お前が2人に手をかけたではないですか」



 ふと少女が(ほう)けた表情になり(ソード)を手放し落とすとそれをイルミ・ランタサルは拾い上げ男騎士達に命じた。


「このものが見つけぬ場所に隠しておしまい」



 女騎士ヘルカ・ホスティラは操馬台(コーチ)へと少女を連れて行きながら王女が気がついていると確信した。





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登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

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