第23話 ノーブルの乙女(おとめ)

文字数 2,583文字

 教会に通うようになって27年。

 教皇(きょうこう)の主座につき早5年。

 背教の(ささや)きや誘惑の(つまづ)きをはねつけ、それでも神の降臨をじかに目にすることは(かな)わず生涯に何の希望が残されていようか。

 急伸の弱小国率いる魔導の騎士を摘めるうちに消してしまうべきと司教団からの進言に耳を貸し魔女嫌疑で死刑に処するはずの小娘が──今────目の前で両側に広げるは話に聞く(まご)う事なき天上人(てんじょうびと)の証し。



 アイリ・ライハラと名乗る死をも恐れぬものの広げる白銀の翼に目眩(めまい)を感じた聖ヨハネ・オリンピア・ムゼッティはよろめき隣立つ司教の腕をつかみ飛びかかる意識に必死で()えた。





 教皇らの取り乱しぶりにわけがわからずにいたアイリはなぜなんだと小声で(たず)ねようと横にいる元異端審問官ヘッレヴィ・キュトラへ振り向いた瞬間、相手が両手振り上げドン引きしているのを眼にし、寸描すーっと人さし指で首筋を逆なでされ理由を理解した。



 後ろだぁ!



 がばっと振り返った少女は肩につかまって浮遊するイラ・ヤルヴァを眼にして声を荒げた。

「てっ、てめぇ! 何しに来やがったぁ!?」

 怒鳴りながら着てるキトン(:古代ギリシャの衣装の一種)の胸ぐらつかもうと伸ばした少女の手をひょいと(かわ)して元暗殺者(アサシン)が、にたぁ────と唇を吊り上げた。

「お久ぁ──やだなぁ御師匠様、遊びに来たんですよ。あ・そ・び・に!」

「な、何が遊びにだぁ!」

 アイリは左肩つかむイラ・ヤルヴァの腕を払おうと手を振り回しそれを頭の上に光(かがや)く輪を浮かべる女はひょいひょいと(かわ)し離れ頭上の証しを指さした。

「御師匠様、見てみてぇ、この耀(かがや)き。ついに正規天使の座につけたんですよ!」

 アイリはその以前よりも耀(かがや)く光の輪を眼にして、(およ)がせた視線が元暗殺者(アサシン)の肩後ろから広がる大きな白銀の翼へと向けられ背後の居館(パレス)階上にいる教皇(きょうこう)らへと止まった。


 ま、まずい!!


 ここにいる連中、この姿のイラ・ヤルヴァを目にしてパニックになるぞ!

「しっ、しっ! さっさと天国に帰りやがれ!」

「つれないなぁ御師匠様。うふふっ。天使を邪険(じゃけん)にすると天罰が下りますよ!」

 一生懸命追い払おうとする少女を尻目にふらふらと(かわ)す元暗殺者(アサシン)はにた────ぁと嫌らしい笑みを浮かべた。





「げ、猊下(げいか)──(わたくし)は、めっ、目がおかしくなったのでしょうか!? あの娘の後ろから現れた会話交わしてる御方が、てっ、てっ────天使に見えるので()が!」

 教皇(きょうこう)に腕つかまれた横に立つ司教が困惑と興奮のあまりに(たず)ね舌を咬んだ。

 司教に問われ、ヨハネ・オリンピア・ムゼッティは(おのれ)見てるものが幻惑(げんわく)や気の迷いではないことを(さと)ると、司教らを振り払って室内に駆け出した。

 破るように扉を押し開け、彼女は階段を目指すと法衣の裾を踏み転げ落ちた。

 それでも階下で腰をさすりながら起き上がった教皇(きょうこう)は髪振り乱し片足を引き()りながら正面玄関へと急いだ。

 あの天上人(てんじょうびと)が消える前に、天空に帰られる前に、その御手(みて)に触れることが(かな)えば、残りの人生のすべてをほんとうに(・・・・・)信仰(しんこう)(ささ)げてもいい!

 しかし──しかしだぁ────天上人(てんじょうびと)とため口を──『てぇめぇ!』だと? いやぁ(しもべ)のように(あしら)うあのアイリ・ライハラとは何ものなのだ!?

 ぜいぜいと荒い呼吸で玄関扉を押し開いた教皇(きょうこう)は動揺する兵士らに怒鳴りながらぶつかった。

「ええい! どけ! どかぬか! (われ)の命に道を開けよ!!」

 驚き顔の兵が広がるとその先に口汚く(ののし)る少女の上に天上人(てんじょうびと)がまだおりヨハネ・オリンピア・ムゼッティは安堵(あんど)の表情を浮かべその元へ急いだ。





「おらぁ! お前がここにいるだけで、下手すると死人が多く出るんだぞ!」

 アイリ・ライハラに言われふらふら浮かぶイラ・ヤルヴァは顔の前で手を振って否定した。

「そんなことないですぅ。私を見た人は(みな)ハッピー! ひと月は幸せ一杯ですよぉ」

 アイリは唖然となった。何が(みな)ハッピーだぁ! ここはカラサテ教の総本山なんだぞ! 猫に大木級の木天蓼(またたび)を放りだすようなものだ。狂気乱舞どころか正気を失うじゃねぇか! 暴動になる!!



「天使様! 天使様!! どうか(わたくし)の元へお願いいたします」



 悲痛な声にアイリとイラ・ヤルヴァが振り向くと先ほどまで居館(パレス)3階のテラスから居丈高(いたけだか)に見下ろしていたはずの教皇(きょうこう)がすぐ近くで両膝(りょうひざ)を地面につき両手を元暗殺者(アサシン)の方へ差し伸べていた。

 少女は嫌な予感に鷲掴(わしづか)みにされす────っと降りてゆく元暗殺者(アサシン)の足をつかみ引き落とそうとしたが、イラはあっさり蹴り飛ばした。

 ひねくれた天使がヨハネ・オリンピア・ムゼッティの前に降り地に限りなくつま先が迫るとアイリ・ライハラが背中に跳びつき翼を羽交い締めにした。教皇(きょうこう)は少女のその暴挙に目を丸くし驚いたが天上人(てんじょうびと)が意に介さずにいることに(こうべ)垂れ地に額を押しつけ(たず)ねた。

「天使様、御身(おんみ)を拝見できますこと至上の喜び。どうかいたらない(しもべ)をお許し下さいまし」

 そう言うなり教皇(きょうこう)(わず)かに額上げイラ・ヤルヴァへとにじり寄ろうとし天上人(てんじょうびと)はすっと離れた。

(われ)に触れようとは千年早い」

 堕天使(もど)きに言われオリンピアは恐れ多いと再び地に額つけ否定したが少女はそんなにも触れているではないかと差に困惑した。

「めっ、滅相もございません! ただ(わたくし)(しもべ)としてあなた様がお姿を(みな)に示します理由を知りたく──」



 イラ・ヤルヴァは澄まし顔で慇懃(いんぎん)に応えた。



「我が主君、ノーブルの乙女(おとめ)アイリ・ライハラはメシア(救世主)なり────」



 いきなり後頭部に跳び蹴りを喰らいイラ・ヤルヴァがオリンピアを巻き込んでひっくり返った。

 て、天使様に、けぇ、蹴りを入れた!?

 あまりのもの非に驚き(あわ)教皇(きょうこう)は身体起こし天上人(てんじょうびと)に恐るおそる手を差し伸べ、地面に腕ついて上半身起こす元暗殺者(アサシン)の背後で少女が怒鳴った。

「やいイラ・ヤルヴァ! てめぇ! どういう了見だぁ!? お、俺を勝手に救世主(メシア)にするな!」

 (わめ)くアイリへ顔を横へ向け流し目で見つめた元盟友は少女が見える方の片唇を上げてみせ(そば)にいる教皇(きょうこう)へ澄んだ声で命じた。



「十字軍すべてを我が主君の下に」



 教皇(きょうこう)ヨハネ・オリンピア・ムゼッティが再び(こうべ)下げ周囲の人々に聞こえる明確な声で応えた。



御意(ぎょい)。今をもちまして十字軍26万の兵すべてメシア・ノーブルの乙女(おとめ)アイリ・ライハラの下に」



「ひえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえぇっ!!!」

 鍛冶屋の一人娘が裏返った声で叫び、両腕片足を振り上げ顔を引き()らせた。





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登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

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