第1話 おうちに帰りたい

文字数 2,603文字





「このおっさんが、ほんとに────なの?」


 胡散臭(うさんくさ)い顔でアイリ・ライハラが尋ねるとついて来たデアチ国の第5位以下の騎士数人が声をそろえ応えた。

「はい、あの方が騎士団長マティアス・サンカラです」


 きったない甲冑(アーマー)を枕にチェインメイル姿のお腹のでたおっさんが騎士居館(パレス)の長椅子に横になってイビキをかいている。


 とてもこいつが黒の騎士やマカイのシーデ姉妹よりも上位騎士だと思えない少女はそのサンカラ騎士団長の寝っ転がる長椅子へ行くと椅子の脚を蹴ろうとして片足を引いた。

 いきなりイビキが止んで寝言の様にサンカラが(つぶや)いた。


「めんどくせぇ────」


 引いた足を止めたままアイリは顔を引き()らせた。

 油断ならねぇ!



 デアチ国ヴィルタネン国王が首を取られまだ3日。

 イルミ・ランタサルは従えるノーブル国の家臣(かしん)もおらず単独でデアチ国の国政にあたる海千山千のものらを締めにかかっていた。

 王女を放りだしノーブル国に帰る事も(かな)わずアイリ・ライハラはデアチ国の騎士と近衛兵を(まと)めよとイルミ王女に頼まれ、(いきお)いでノーブル国の騎士団長になってしまった少女は途方に暮れた。

 一様、元騎士団長のリクハルド・ラハナトスと右肩を包帯巻にした女騎士ヘルカ・ホスティラがついて回ってくれるが、なぜか口を差し挟みたがらない。

 少女は(おのれ)よりもずっと大人ばかりを相手に何もかも自分で決めなければならなかった。


 中でもこの寝っ転がるおっさん!


 リクハルド・ラハナトスが初日に唯一助言してくれた。2国の統合騎士団長を務める少女に威厳と規律を持ってデアチ国騎士団を統制しなさいと教えてくれた。

 ノーブル国の騎士36人に対し軍事国デアチの騎士はその6倍以上──230人もいるのにどうするんだぁ!

 通常、従属国(じゅうぞくこく)となった国の騎士、兵らは統治する宗主国(そうしゅこく)のものらより(くらい)が劣る。

 だがノーブル国の騎士達は自分らの騎士団長が代わったどころか、デアチ国がノーブル国の統制下になった事すらまだ知らない。

 一緒に来た騎士2人が馬を飛ばし故郷へ報せに向かっているので知れ渡るのも時間の問題だったが、アイリは自分が騎士団長になったと知られたらそっちでもきっとひと悶着(もんちゃく)あると覚悟した。

 イルミ・ランタサルの戴冠式(たいかんしき)に来なかった唯一の騎士──この横になってまたいびきを立て始めたおっさんを眼にして、アイリはとても反旗を(ひるがえ)すような反骨の騎士には思えなかった。

 あれやこれや抱え込んで身動き取れぬようになる前にこのおっさんは片付けておくかと少女は声をかけた。


「マティアス────マティアス・サンカラ!」


 ぐおっ、と吸い込んだイビキが止まり目を覚ましたかとアイリが思った矢先に、ぐがぁぁぁぁと前よりも大きなイビキをかき始めた。

 少女は今度こそ椅子を蹴り跳ばそうと右足を後ろに引き上げた。


「めんどくさぁ────ぁ」


 いきなりイビキを止めサンカラが寝言のように(つぶや)きまたイビキを始めた。

 苦笑いを浮かべアイリは(つぶや)いた。

「こ、こいつ、起きてるんじゃねぇのか?」


 アイリは(ソード)の後端──ポメルでおっさんをグリグリしてやろうと静かに長剣(ロングソード)を引き抜いた。その寸秒、またイビキが鳴り止んだ。


「あぁ────いやだぁいやだぁ────」


 アイリは(ソード)を持ったまま両腕を振り上げおっさんを見下ろし唇を(ひず)ませた。その見下ろす先でおっさんが寝返り背を向けイビキをかき始めた。

 くぅうう、こいつぜってぃ寝たふりだ! と少女は開き直った。


「おい! マティアス・サンカラ! 起きろ!! 命令だぁ!!」


 大声でアイリが命じるといきなりおっさんが上半身を起こし長椅子に座ったまま背姿でわき腹をボリボリ掻き始め少女について来たデアチ国の騎士らが怯えたように後退(あとず)さった。

「サンカラ!」

 アイリが名を呼ぶとサンカラが眠たげな顔を振り向けた。

「あんた──だれだぁ?」


 このおっさんムカつく。それが言い方のせいか、面倒くさそうにした態度のせいかアイリはムッとしてしまった。

「私はアイリ・ライハラ。新しい────!」

 うおっ! 話しの途中でサンカラがそっぽを向いてしまった。

 アイリは思わず(ソード)を握っていない平手でおっさんの頭横を叩いた。


 ひょい。


 おっさんが前屈みになり足下の紙くずを拾い上げ少女は振り回した手が空を切りバランスを(くず)しおっさんの背に顔をぶつかりそうになった。


 サンカラはいきなり尻をずらしテーブル端のくず(かご)にポイッと紙くずを放り捨てた。

 アイリ・ライハラは長テーブルに顔から突っ込みテーブルをひっくり返した。


「お前さん、なーにやっとるかぁ?」


 テーブルに絡まった少女は身体を(ねじ)りおっさんを(にら)みつけ思った。

 こいつわざとやってるぞ! ぜっていわざとだぁ!

 アイリは長椅子に乗っかった両足を引き思いっきり蹴り飛ばした。


 ひょい。


 (よろい)をつかんだおっさんの立ち上がる姿に少女が唖然となり蹴り飛んでゆく長椅子に押し切られ見ていた騎士らが押し倒され騒ぎになり始めた。

 こ、こいつ! とんでもないおやじだぞ!

 顔を引き()らせたアイリは両腕を振り出し反動で跳び上がり立つと、さっさと立ち去ろうとするサンカラを引き止めようと肩に手をかけ────ようとして、いきなりその手を下げおっさんの左手首をつかもうとした。

 いきなりサンカラは右に向きを変えひっくり返った騎士らを回り込み歩いて行き、空をつかんだアイリは茫然と口を開いた。


 触れねぇ! 1度も触れねぇ! 素早いわけじゃないのに指1本触れる事ができねぇ────!


 倒された騎士らの横に来てマティアス・サンカラは無様に長椅子に絡まる騎士らを見て問いかけた。

「お前ら何やっとるか? なさけねぇ────」


 いきなりおっさんは振り向いて少女に(たず)ねた。



「ところでぇ────お前さん、なぁにもんださぁ?」


 さっき名乗ったじゃんか! わざとおちょくっている。こいつ騎士団長の位を手放したくなくて、はぐらかしているんだぁ! ────とアイリ・ライハラは眼を点にしたまま怒鳴った。


「新しい騎士団長のアイリ・ライハラだ!」



 おっさんが疲れきった顔でしばらく少女を見つめ(つぶや)いた。



「好きにしたら、え──がな」



 す! 好きにしたら──え────がな!?

 アイリはひっくり返ったデアチ国の騎士らの後ろで元騎士団長リクハルド・ラハナトスと女騎士ヘルカ・ホスティラが腹を抱え笑いを押し殺してるのを気づき思った。




 おうちに帰りたい────。





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登場人物紹介

 アイリ・ライハラ

珍しい群青の髪をした15歳の美少女剣士。竹を割ったようなストレートな性格で周囲を振り回し続ける。

 イルミ・ランタサル

16歳にして策士策謀の類い希なるノーブル国変化球王女。アイリにくるんくるんだの馬糞などと言われ続ける。

 ヘルカ・ホスティラ

20歳のリディリィ・リオガ王立騎士団第3位女騎士。騎士道まっしぐらの堅物。他の登場人物から脳筋とよく呼ばれる。

 イラ・ヤルヴァ

21歳の女暗殺者(アサシン)。頭のネジが1つ、2つ外れている以外は義理堅い女。父親はドの付く変態であんなことやそんな事ばかりされて育つ。

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